朝から騒がしいけどそんなの気にしない
翌日、勝負の時間が刻々と近づいてくる……あと数時間もすれば、やりたくもないクラス代表の、それを決めるための勝負をしないといけないのか。
「はぁー……」
「どうしたユーくん、顔暗いぜ! 具合悪い!?」
「誰かさんのおかげでな」
いっそのこと仮病でも使ってしまおうか。……いやダメだな。あの金髪ドリルのことだ、ならオレの体調が万全のときに日を改めて、とか言い出しかねない。
クラス代表への執着はあるくせに、正々堂々とその座を勝ち取りたい……曲がったことが嫌いそうな性格だもんな。よって、辞退も無理そう。逃げ道はない。
やはりここは、わざと負けて納得してもらうしかないか。
「いやぁ楽しみだなぁ勝負。オレっちユーくんの応援するからな!」
「推薦した本人に応援されなきゃそれこそ辞退するわ」
たった一日で、やけになついたなこいつ。まあ顔あわせた瞬間から馴れ馴れしかったけど。人間でも魔族でも、身近に一人はこういううっとうしい奴がいるもんだな。
「まあいいや、考えても仕方ない。行くか学校に……」
「……おはよう」
この先のことは学校に行ってから、あの金髪ドリルと会ってから……そう決めて玄関の扉を開けるとそこには、朝日に輝く銀髪を揺らす、ファウルがいた。ちんまい。のでこちらを見上げる形だ。
目を擦るが、彼女はそこにいる。どうやら夢ではないらしい。
「あぁ、ファーちゃんじゃん! なになに、わざわざ迎えに来てくれたの!?」
オレの後ろから、シャーベリアが顔を出す。ふむ、オレの見ている幻覚でもない、と。てかうるさい。耳元で大声を出すな。
「ん……せっかくだから、一緒に、行こうかなって」
「一緒にって……ここは学園管理下の寮、学園はすぐそこだぞ? わざわざ待ち合わせる距離でもないだろ」
「……」
迎えに来てくれたのはありがたいが、目的の学園はすぐそこだ……ファウルが男子寮のオレの部屋の前まで来ることで、ファウルにとってはむしろ遠回りにすらなってしまう。
だから、わざわざ遠回りしてまで来ることないと伝えたのだが……なんだ、その不服そうな顔は。なぜ頬を膨らませる。なぜにらむ。
「はぁーわかってないなぁユーくんは。ファーちゃんがわざわざ遠回りしてまで来てくれた理由……わからないのかい!?」
うざいな、こいつ。いちいち髪を撫でるなうっとうしいな。
なぜ遠回りしてまで、か……そこまで言われて察せないほど、オレも鈍感ではない。
「悪かったよ、とも……友達と、一緒に行きたかったんだよな」
魔族のことを友達と言うのはなんか嫌だが、今は仕方あるまい……この瞬間だけだ。
「違うよこのにぶちん! ったくダメダメにぶにぶ……いいかい、こんな朝早くから異性の部屋まで来てくれる理由。それは、ファーちゃんがオレっちのことをす……」
「うん……友達と、登校。夢だった」
「……す、すこんぶ!」
「……?」
おおう、これで「別に友達じゃない」なんて言われたら自意識過剰な上に魔族を友達呼びしたダブルパンチで恥ずか死ぬところだった。ちゃんと友達認定してくれてたか。
で、このバカはいったいどうしたんだ。すこんぶなんて叫んで。両手で顔を隠しているが、耳まで真っ赤だぞ。
「勘違い甚だしいつらい……」
なにをぶつぶつ言っているんだ。
ちなみにこの男子寮だが、いくつかの部屋はそれぞれ直接外に繋がっている。言ってみれば、アパートみたいなもんだ。なので、ファウルのような女子でも普通に来れる。
逆に女子寮は構造が違う。建物の中に部屋が何個もある……言ってみれば、ホテルだな。建物の中には行ってから、それぞれの部屋に行かなければ目的地にたどり着けない。なので、男子は簡単に侵入できない。
「ま、それは置いといて。悪かったなファウル、なんか待たせちまったみたいで」
そう、玄関先にすでにファウルはいた……ということは、それだけ早い時間からファウルは玄関先に待機していたということになる。いつ出てくるかもわからないのに。それに、オレたちの方が先に出ていた可能性だってあるのだ。
なんなら、連絡してくれれば……あ、連絡先知らなかったわ。
「大丈夫……待つのも、退屈じゃなかった。一人じゃ、ないし」
「ん?」
返ってきたファウルの言葉に、疑問。一人じゃ、ないだと?見たところ、ファウル一人しかいないんだが……
まさか霊的なあれじゃないよな!?
「確かに退屈ではなかったですけど、なぜわたくしがこんな男を待たなければいけませんの!?」
……聞こえてきたこの、声。それに、開ききった扉の端からわずかに見える金髪の髪の毛。まさか……
「エリザ・カロストロン!?」
「……ごきげんよう、ユークドレッド・ボンボールド」
玄関の扉の向こう側に隠れるようにしていたそいつは、姿を現す。なんで、今日の勝負相手の金髪ドリルがここにいるんだ!?
「な、なな……朝から宣戦布告かお前ぇ!」
「ち、違いますわよ! わたくしはただ……」
オレから見たら宣戦布告以外のなにものでもないんだが……どうやら、違うらしい。恥じらうように顔を赤くし、もじもじしながら……ファウルを見ている。
「……私の、ルームメート。だから一緒」
「……へぇ」
エリザ・カロストロンがここにいる理由……それは、ファウルのルームメートだからという、ある意味一番シンプルなものであった。
しかし、一緒にいるとは……すでに仲良くなった、ってことか?
「まったく、なぜわたくしが貴方なんかを待たねばいけないんですの!」
「おーい、オレっちもいるよー?」
「なんだよ、嫌なら一人で先に行けばよかっただろ」
エリザ・カロストロンの怒りも当然っちゃあ当然だが……そんなにオレのことが嫌なら、わざわざファウルと待たずに一人で先に学園に行ってしまえばよかったんだ。
それを指摘すると、再び顔を赤くしたエリザ・カロストロンは、いつもの大声が嘘のようなか細い声で、こう言った。
「だ、だって……お、お友達、と、登校、したかったん、ですもの……」
「……」
それを聞いて、確信した……こいつ、友達いないんだな!
「な、なんですのその顔は! だってファーちゃんが貴方が出てくるまで行かないと言うから……!」
「いや、聞いてないし。それより……ファー、ちゃん?」
「……!」
聞いてもいないことをしゃべってくれるこいつは、見ているだけで面白い。しかも、聞き捨てならない言葉……いや名前まで、こいつは口走った。
ファーちゃん……それが指す魔族は、オレの知る限り一人しかいない。しかもそれが、この場で使われたということは……
「まさかファウルと、あだ名で呼びあう仲に?」
「な、ななっ……そんなこと、あるわけ……!」
「そうだよ。ね、エリちゃん」
「ノォオオオ!!」
赤くなった顔を隠すようにして手で顔を覆い、叫ぶエリちゃん……じゃなくてエリザ・カロストロン。へぇ、友達と登校したいとかその日のうちにあだ名で呼びあうとか、結構かわいいとこあるんだなぁ。
「なんですのその顔はぁ!!」
「いーやなんでもぉ?」
「なぁなぁファーちゃんって、もしかしてオレのつけたあだ名気に入ってくれてんの?」
「……実はかなり。ぶい」
あぁ、朝から騒がしい……!
けど、案外こういうのも悪くないのかもしれないな。




