Chapter1-1 宇宙へ続く足跡
雨が止み、辺り一面に暖かな光が降り注ぎ始めた頃、トレヴァースの乗り込んだロケットは今まさに飛び発とうとしていた。
トレヴァースは操縦席に腰を落ち着けながら、スクリーンに映る問い合わせに応えていく。彼は慣れた手つきで取り付けられたスイッチを操作し、各所機関の連係を整えていった。傷ひとつない指が軽やかにパネルを叩くのに合わせ、小気味よい音がコックピットに響いた。
よくよく見てみれば、彼の視界に入る装置はもとより、そのロケット全体がどこか歪な形をしていた。
継ぎ目の美しさから一目見ただけではわからないが、壁に取り付けられた装置などを細かいパーツごとに見ていけば、境界で表面の色が微妙に異なっていたり、一部には何か鋭利な刃物で断たれたような断面を持つものもあって、これが多数の瓦礫や遺物を組み合わせて作られたトレヴァース手製のものだということがわかるはずである。
ここで用いられているパーツのほとんどは、コスモリアンたちが遺していった飛行機やなんらかの装置の残骸だった。
もし、どうして既に完成されたロケットを使わないのかと問われれば、トレヴァースは気まずそうな表情で顔を逸らしたに違いない。
コスモリアンたちの世界を蹂躙したトレヴァースは彼らのコロニーの悉くを吹き飛ばしたが、その際に飛行機や戦闘機といった類のものも一つ残らず壊滅させてしまっていたのだ。
「まったく、少しくらいは見逃しておけばよかったかな……」
トレヴァースは手を動かしながらぶつぶつと悪態をついた。
彼が一言発するごとに、装置は正しく動作していることを示すランプを点していく。
コスモリアン達によって作られた航空装置をコスモリアン以外の存在が操作するのは、これが初めてではなかった。というのも、百年以上もの昔、人類も彼と同じように異星人の技術に触れていたというのである。トレヴァースがそのことを知ったのはつい最近のことで、それは地球全土を駆け回る旅の中で手に入れた断片的な情報を繋ぎ合わせた結果得られた記録からであった。
彼は人類の痕跡を辿る中でごくまれに人類の日記やメモといった類のものを見つけることがあった。もちろん紙や本のようなものは見つかったとしてもその大部分を消失してしまっていたが、瓦礫や土に埋もれるなどして原形を留めていた一部の発掘品に関しては、トレヴァースに備わった解析やパターンの補完機能を走査させれば復元をすることができた。電子端末に記録された文献などはチップ一枚さえ残っていればいくらでもサルベージしてみせることができたのだ。
トレヴァースはそうやって人類の遺した文章や言葉を発掘するたびに、自身に搭載された莫大な容量を持つストレージの中に保管していった。いくつかの文章の中に共通した出来事に対する記述があるということに彼が気付いたのは、旅が進み抱えるテキストデータ量がその単位を変えて積みあがっていった頃であった。
天に上る光を見た、とそんな記述が複数の場所で書かれている。
どれも同じ日付で、文脈やその他の記録と照らし合わせてみればそれが起きたタイミングもおおよそ同じ時間の頃であるということがわかった。その文章はある小さな遺跡とその周辺一帯から出土した遺物に多く見られた。
多くの証言を基にしてにまとめるのならば、その日大地に降り立つコスモリアンと逆行するようにそれは空の彼方に向かって消えていったのだという。
これは遺跡がまだ人間の住む町だった頃、恐らくそこにいた人々が見た景色であろうとトレヴァースは考えた。
日記には数日後にコスモリアン達の基地が大爆発を起こしたとも書かれており、光の正体と結びつけるような向きも見られた。もっとも、これらの日記はどれもその数ページ後には白紙になっていたので、それより先のことは何もわからなかったが。
トレヴァースはこの光の正体を気にして、文献の出土した地域へと再び向かった。この頃にはもう彼は地球全土を回りつくし、もはや人類を探すということに関して地球上の行く当てなどとうに尽きてしまっていた。藁にもすがるような思いであったことは間違いない。
光が見えたとされる方角、そして遺跡のあった場所から見えるであろう位置までトレヴァースはやってきた。
彼は上空から地上に向けて広範囲にわたるレーザーを放った。その光は大地を貫通し、辺りにある物体の輪郭や質量といった情報を検知してトレヴァースへと送る。これによってわかったのは、ちょうど今彼がいる場所にコスモリアン達の基地の痕跡が残っているということであった。
地面に降りて深く辺りを観察すると、わずかにではあるが基地の残骸を発見することができた。それは彼が目覚めるよりも前に人類によって破壊されたものであり、トレヴァースの把握していなかったものであった。
念入りに辺り一帯を掘り返し、いくつかの装置が出土する。恐らくそれはコスモリアン達の記録端末であった。内部にアクセスしてみれば、トレヴァースの予感はすぐに当たっていたのだとわかる。
端末の中で眠っていたデータを復元してみると、そこから基地の通信記録が見つかった。
トレヴァースは記録を隅から隅まで開き調べていった。
そうしているうちにデータの中を走らせていた彼の意識はある部分で立ち止まる。彼の意識を引いたのは、人類が宇宙船を奪ったという記録であった。
わずか十人にも満たない地球人が基地へと忍び込み、内部でひどく暴れまわったようだ。基地の宇宙船を奪い逃走した侵入者らをコスモリアンたちはあと少しのところまで追いつめたものの、結局は取り逃してしまったという。
人間達の操縦する宇宙船は地球近くにあるワームホールの中へ消えていった。生きて戻ることはないだろう、と記録の備考欄に付け足されていた。
ワームホールとは、今もなお宇宙に開いたままの亜空間へと繋がる門のようなものであり、コスモリアン達が地球にやってくるために使った深い漆黒をたたえた穴であった。その内部は空間そのものがひどく荒れ狂い、コスモリアンですらそこを通って元の場所に戻ることをしなかったような有様である。
コスモリアン達が宇宙船の追跡を諦めたのは、船の行先がワームホールの内部だったからであろう。そして後の記録は取るに足らないものであった。しかしこの宇宙船のゆく末にはせる感情はトレヴァースにとって忘れ難いものとなった。
地球の外へと生き延びた人類がいる。その可能性はトレヴァースの心を勇気付けたのだ。
次回更新は2月7日午前2時ごろの予定です。
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/脳内企画@demiplannner