Chapter0-6 居るべき場所
雨が穏やかに苔むした大地を打つ。曇り空から落ちる水滴は土の下へ静かに染み消えていった。濡れた岩がうずくまるように積み上げられ、その足下で一つの影が動くと、ぬかるみの上で砂利が音を立てた。
トレヴァースは岩に手を添えるようにして佇んでいた。彼は空を見上げて、どこか遠くへ視線をやった。少し離れた場所では時折雲の隙間から斜めに陽光が射し込み、辺りの植物を白く輝かせている。次第に雲はその数を減らしていき、空には晴れ間が広がりつつあった。
雨はじきに止みそうだ。トレヴァースはそんなことを思った。
天候に関わらず空を眺めることは、彼の日課となっていた。そのうつろいがあらゆるものに作用し、世界の様相へと波及していく様子を見るのが彼は何とも言えず、好きだった。まるで全ての事象の起点がこの空から始まっているような気がして、あまりにも美しく、彼の心をとらえてやまなかったのだ。
あれから二年の月日が経った。コスモリアンは地球上とそれに連なる領域から完全に姿を消し、彼らによって汚染された世界はようやく浄化への第一歩を踏み出そうとしていた。空からの放射性降下物はその数を大きく減らし、太陽がその姿を地上に覗かせる時間も増えつつあった。
最後のコスモリアンを倒した日から、トレヴァースは今も生き残った人類を探し続けている。彼は備わる能力の全てを使ってあらゆる場所を飛び回り、潜り、歩き通した。その旅は彼に非常に高精度な地球地図もたらした。惑星の正確な直径と体積、核部分から大気圏にいたるまでありとあらゆる場所へ辿り着くことのできる道筋、地域別の詳細な温度パターン。往時の学者たちがどれだけの時間と予算、そして熱意をもってしてもこれだけの情報を得ることはできなかったに違いない。もっとも、それらはトレヴァースにとって何ら価値の無いデータでしかなかったが。
結局地球の全てを解明しつくした結果得られたのは、地球上、地球内において人類は完全に不在であるということの証明だけであり、トレヴァースの孤独が癒されることは無かった。地球探査を始めてからの毎日は彼にとってまさに地獄のような日々であり、人類を探すという行動は、人類が地球上に存在する可能性を一つ一つ丁寧に潰していくこととも同義であったのだ。
一方、彼は多くの遺跡を見つけることにも成功し、その中で非常に興味深い記録を手に入れていた。
それはコスモリアンがこの星に襲来したばかりの頃、一部の人間たちが宇宙に逃げ延びたらしいという内容であった。
百年以上前のごく断片的な記録であったが、それは人類の絶滅に対する不確定要素として、トレヴァースの心を辛うじて繋ぎとめた。
トレヴァースは空を見上げたまま、静かに深く息を吸い込む。雨の勢いは失せ、今ではわずかに湿った空気が揺れるばかりであった。
取り入れた空気中の成分を解析しながら、トレヴァースはここ数日で世界はまた元の姿に近づいていることを感じとった。人間はいなくなり、彼らの世界は崩れ、その遺跡さえも無くなりつつある。そして今、世界からはコスモリアンの痕跡も失われようとしているのだ。
目を閉じてみれば、脳裏に孤独といった感情がその気配をもたげる。だがそれはいつか感じたような不安と似ているようで、どこか違うようにも思えた。
もはやこの星に支配者などいなかった。元々そんなものが必要なかったかのように、気にも留めていなかったかのように、惑星は途絶えることなくその時間を過ごしている。
今ここに至り、己の居場所など無いのだとトレヴァースは悟った。そして彼自身もこの星にある何もかもを必要としていなかった。
望むものは、きっとあの空の向こうにある。
トレヴァースは見上げるように向けていた視線を下ろし、後ろを振り返って歩き出した。
彼が進む先には荒々しい山脈がその身を横たえている。その山壁の間にはぼろぼろになったドーム状の建物が一つ建っていた。視線を横にずらせば、すぐ近くに大量の瓦礫が積み上げられているのが見える。それらのほとんどはコスモリアンが残して言った大量の機械部品であり、中にはあの移動要塞から剥がしたと思われる巨大なパーツもあった。
トレヴァースが目指すのは瓦礫が積み上げられている方向。
彼が向かう先のその中心には、小さな一機のロケットが堂々とした姿勢で佇んでいた。
プロローグ的なChapter0はここまで。次話からChapter1へと進みます。
次回更新は2月6日午前2時ごろの予定です。
Twitterで更新情報など出してますので、よかったらどうぞ!
/脳内企画@demiplannner