Chapter2-12 宇宙船の正体
ウィータン航空宇宙局の敷地は、その大部分が飛行機や宇宙船の離着陸に必要な広大な発着場として利用されている。トレヴァースとクロラの二人は、彼らが日常的に利用している研究施設や生活空間のある本棟からやや離れた場所にある管制塔を越えて、発着場そばの格納庫に辿り着いた。
「彼は本当にここに?」
格納庫の中に並ぶ整備中の機体を見上げてトレヴァースが言う。
隣にいたクロラは中の様子を窺ったまま頷いた。
「必ずいるはずよ。ええ、間に合っていれば」
「もし間に合わなかった場合は?」
「あの馬鹿はもうこの星にはいないでしょうね。その時は私達の負け。
──エイジャックス!」
クロラはそう言って格納庫の奥へ向かって歩き始める。
名前を呼ぶ彼女の声が広い格納庫の中でよく響いた。
「今日はまだ、宇宙行きの船が出ていないことはわかっているわ。
さっさと出てきなさい。エイジャックス」
クロラが言う。
しかしそれに応えるような声が上がることはなかった。
「エイジャックス、私は間に合ったわ。
勘付かれたらあなたの負け。そういう決まりじゃなかったの?」
返事は無い。クロラは呆れたように溜息をついた。
「クロラ」
トレヴァースは苛立ちを滲ませる背中に向かって声をかけて歩み寄った。
「右奥にあるコンテナの裏が怪しい」
トレヴァースがそう言うと、クロラはそこで初めてトレヴァースの方を振り返った。
「…コンテナの裏?」
「手前から二つ目の陰。
今度はちゃんとセンサーを使ったよ」
最初は訝しむような顔のクロラだったが、トレヴァースの一言でその表情は和らいだ。
彼女は頷いてトレヴァースに感謝を示すと、格納庫の奥をまた振り向く。
「エイジャックス。聞こえなかったのかもしれないから、もう一度だけ言うわ。
勘付かれたらあなたの負け。私達にはそういう決まりがあったはずよね?」
クロラは薄い灰色をしたコンテナを睨みつける。
「こっちにはトレヴァースがいる。
あなたはその意味を理解すべきだと思うわ」
まっすぐに伸びる彼女の声が響いた。
クロラは腕を組んだままコンテナから視線を外さず、それに倣うようにトレヴァースも同じ方向を眺める。
少し間を置いて、コンテナの裏から物音がした。
ブーツが床を蹴る乾いた足音を立ててエイジャックスが姿を現す。
両手を挙げているのは、観念したということを示すジェスチャーであろうか。
彼はばつの悪そうな顔でクロラの方へと歩いた。
「エイジャックス」
不良生徒を叱りつける前のような低い声音でクロラが言う。
名前を呼ばれたエイジャックスは、「やあ」とだけ短く答えた。
「俺に何か用事でも?」
エイジャックスが肩をすくめて言う。
「私じゃなくて、トレヴァースがね。
あなたを探していたから手伝ってあげたの。
──あなたの方こそ、どうしてこんな場所に?」
「あー…たまたま通りかかっただけ。
ここのところ部屋にこもりっきりだったから」
エイジャックスは言った。
「俺のことを探してたって?」
エイジャックスはクロラから顔を逸らし、トレヴァースの方を向いて言う。
彼はトレヴァースにだけ見えるように表情を変え、必死に助けを求めているようだった。
エイジャックスから無言の訴えを受けたトレヴァースは、困惑しきった様子で目の前にいるウィータン人の男女を見やった。
今この場でどんなことを話せばいいのだろうか? トレヴァースは考える。
自分はトレヴァースを見つけられれば良かったのであって、目的は既に果たしたとも言える。しかしクロラの様子を見るに、ここでエイジャックスに声をかけた場合、クロラを刺激してしまうことにもなるだろう。そうなってしまってはこの状況が悪化し、どういう落としどころを迎えるのかもわからなくなってしまいそうだった。
トレヴァースがそんなことを考えているうちにクロラが再び口を開く。
「たまたま通りかかっただけなら、そのスーツは何?」
「洗濯物が溜まっていてね」
エイジャックスは両手を広げ、自分の着ていた服を眺めながら言った。
彼が着込んでいるのは惑星外へ向かう探査船のパイロット用スーツであった。
話にならない、とばかりにクロラは溜息をつく。
「エイジャックス。私があなたに期待したのはこんなことじゃない」
クロラが言う。
「あなたの下には大勢の職員がいる。
彼らを導いていく者としての自覚をもってちょうだい」
諭すような声でクロラが言った。
それは怒りを抑えるようなふうでもあった。
それを察したのか、いつの間にかエイジャックスはトレヴァースの方からクロラの方を向き、黙って目を合わせている。
「…悪かった。ごめん」
エイジャックスが言う。
クロラはしばらく何かを考えるようにエイジャックスを睨んでから、首を振って、エイジャックスに背を向けて歩き出した。
「クロラのように謎を解き明かす者になりたかったんだ。
…姉さんも、そうさせるために俺を取り立てたんじゃなかったのか?」
クロラの背中に向かってエイジャックスが言う。
「そんなことをあなたに求めた覚えはない」
クロラは立ち止まって振り返り、きっぱりと言い放つ。
そうして彼女はエイジャックスから視線を外し、近くにいたトレヴァースを一瞥して格納庫を出ていった。
クロラが去っていった後、エイジャックスは近くのコンテナにもたれかかり、しかめ面で自分の頭を掻いた。
「あまり、仲が良いいというわけではみたいだね」
トレヴァースはエイジャックスの傍に近づきながら言った。
エイジャックスは疲れたように肩を下ろして頷いた。
「俺を探していたって?」
エイジャックスが尋ねる。
「探査船からの報告をお前はどう解釈する? トレヴァース」
「今回見つかった宇宙船がコスモリアンによって造られたものというのは、送られてきた画像を見る限り間違いないだろうね」
「なるほど」
「ただ……」
「ただ?」
「あの宇宙船に乗っていたのは、恐らく地球人達だ」
「なんだって?」
エイジャックスは眉を顰めて彼の方を振り返る。
「あの船の正体はつまり、人類が地球を脱出する際にコスモリアンから盗んだものなのさ」
トレヴァースが言うと、エイジャックスはコンテナから身を起こし、思案する顔で口元に手をやった。
「大破した、地球人の宇宙船か。
あまり穏やかな物語じゃなさそうだな。え?」
エイジャックスはトレヴァースを気遣うように顔を向けて言った。
「僕の部屋で話をしよう。資料をいくつかまとめてある」
「ああ、頼むよ」
二人は格納庫を後にした。
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次回更新は7月18日午前2時ごろの予定です。
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