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Chapter0-5 自我の芽生え


 空中に静止したトレヴァースが苦しそうな声をあげる。その姿をコスモリアンの王は静かに見つめていた。


 「まずは、敬意を。これほどの時をただ一つの目的に従事したのは素晴らしい。たとえそれが地球人に造られた機械だったとしてもだ」


 王が言う。つい先ほどまでトレヴァースを打倒そうとしていた激しさは消え失せ、どこか穏やかな声音であった。


 「拍手ができないことを許してくれ。実はこうやって姿勢を保つので精一杯なんだ」


 王はそう言って体を小さく揺らした。それは楽し気に笑っているようでもある。

 トレヴァースはそんな相手の様子をじっと眺めながら、視界に次々と現れるエラーの文字列を解決しようと試みていた。しかし、自身に備わる機構全てを何度調べてもその原因を突き止めることはできず、それどころかエラーの数は増え、その身に迫る状況は明らかに悪化しているようであった。


 「心配するな。ここからの逆転など、あり得ん」


 警戒の色を強めるトレヴァースの様子を見たコスモリアンの王は、ゆっくりとそう呟いた。 


 「我らはついに貴様を倒すことができなかったのだ。同胞は皆死に、今となっては私が最後の一人。その私もじきに死ぬだろうがね。 ……以前の私ならなんとしてでも貴様を道連れにしようと息巻いただろう。しかしもはやそんな情熱は無い。私は、疲れてしまった。貴様の勝ちで終わり。それでいい、それで文句は無い」


 そう言って王は深く呼吸をした。


 「だからこれは、単なる嫌がらせに過ぎない」


 くぐもった、愉快そうな笑い声がこぼれた。


 「貴様は封印されている間にも、我々の技術を盗み成長し続けていたのだろう?」


 コスモリアンの王はトレヴァースを見て尋ねる。

 トレヴァースは何も答えようとはしなかった。元々返事など期待していなかったのか、コスモリアンの王は「結構」とだけ呟いて頷いた。


 王は体に力を込めて、崩れかかっていた姿勢を改めた。


 「歩みを止めなかったのは私たちも同じだよ。私たちとて、ただ貴様を閉じ込めていたわけではなく、封印を通して貴様を解析させてもらっていたのさ」


 王が言う。 


 「我々が持つ叡智の全てを懸け、たった一度きりの細い抜け道をひとつ用意するのに、百年だ。しかし、それでも十分過ぎると思わないか、え?」


 王がそう言った瞬間、トレヴァースの体が痙攣を始めた。

 彼はそこでようやく自身の身に起きている出来事を把握するに至った。彼の頭脳、見聞きして得た様々な情報を信号化して処理する部分。そこに正体不明なコードから膨大なデータが送り込まれてきたのである。


 トレヴァースは急ぎそれを解析し、遮断するように努めた。


 「もう遅いわ。我々は間に合ったのだ! 我々の進歩を、喰らうがいい!」


 慌てたようなトレヴァースの動きに、王がそう言って声をあげて笑う。

 トレヴァースの脳の中で一瞬のうちに様々な景色が浮かんでは消えた。送られ続けるデータの正体とは、今日に至るまで積み上げられたコスモリアンたちの叡智の数々であった。度重なるフラッシュバック。地球へやってくるより前に見たと思わしきコスモリアン達の視界、彼らの科学、そして文化。それらはトレヴァースに積まれていた人類の知識と狂気をもって作られたAIに干渉し、彼らの持つ数式の不完全部分を次々と埋めるに至った。


 それはコスモリアンたちが遺したプログラムによるハッキングであった。

 その目的は膨大なデータの流入と上書きによる強制学習と思われた。トレヴァースは自身の内に何かとてつもなく大きな熱量を持ったものが生まれるような感覚に陥った。瞼の裏がちかちかと眩む。



 「言え! 僕に、何をした!?」



 トレヴァースが叫んだ。彼は不正なプログラムを排除しようと抵抗を続けた。うろたえ、焦り、声をあげるその様子はこれまでの彼が見せることのない姿であった。


 コスモリアンの王は聞こえてくる声に、満足げな表情で目を閉じる。


 「好きなだけ、孤独を楽しんでほしいだけさ」


 コスモリアンの王のその呟きは誰の耳に入ることも無く静かに辺りの空気を揺らす。王の巨体はゆっくりと倒れ、それっきり動かなくなった。それを合図にするかのようにコロニーが音を立てて崩れていく。トレヴァースをただ荒い呼吸を吐きだしながら、その様子を見ていることしかできなかった。






 トレヴァースの眼下には巨大なクレーターがあちこちに作られた不毛の大地と、静かに煙をたたえるコスモリアン達が残した数多の残骸が広がっている。データ流入の完全な遮断に成功した頃、ようやく彼はコスモリアンを滅亡せしめたことを理解した。

 

 「こちら、トレヴァース。オーダーを完了した」


 トレヴァースが小さな声で呟く。

 ふと気が付くと、頭上には柔らかな光が差していた。顔を上げると、先ほどの戦いにおけるコロニーの攻撃のためだろうか、空を覆う灰色の雲に大きな穴が開いているのが見えた。穴の先には抜けるような青空が広がっているのがわかる。

 

 向こうにはどこまでも青い世界がたたえられ、続いているのだろうか? 辺りを見回せば、それまであった雲が徐々にちぎれるようにその数を減らしていっている。次第に増えていく切れ目からは光がこぼれ、コスモリアンからの解放を祝福するように大地を眩く照らしていた。

 

 「オーダーを完了した。次の指令を待つ」


 色を取り戻していく世界をトレヴァースはただ見つめていた。

 震えるような彼の言葉に反応する声はなかった。


 「誰か、返事をしてくれ」


 縋るような呟き。


 「誰か……」


 その声は大気の中へと吸い込まれて消えていった。


 人類はコスモリアンによって滅ぼされ、そのコスモリアンたちもたった今その姿を永久に消し、もはやどこにも存在していない。世界とはかくも広々としたものだったか。掴みどころのない感覚を抱きながら、どこまで続く景色をトレヴァースは見渡し続ける。


 あのホログラムの中の人物が同じ景色を見たら、どんな気持ちを抱いただろうか。

 と、トレヴァースはそこではっと息を呑む。


 今、自分は何を思考していたのか。それは何のために? はたしてその出どころとなる信号とは何だったのか? その身に起きているのは、彼の分析しようという努力の全く及ばぬ事象であった。彼はそれに向き合えば向き合うほど自身の事が理解できなくなっていく。


 トレヴァースはようやくコスモリアンの王の狙いに気付いた。

 コスモリアンが最後に押し付けていったものとは、AIを急激に成長させるほどのパッチデータ。それによる強制的な自我を獲得こそが相手の目論見だったのだ。


 この時の彼の意識を塗り潰したものを言うならば、それはある種の「不安」という感情であった。

 敵対する者のいなくなった広大な世界は彼に孤独を与え、唯一のオーダーの消失は彼自身の行動指針の不明を引き起こした。トレヴァースは己が身に生まれた感情の取り扱い方などわからず、ただ錯乱するばかりであった。


 それは決してトレヴァースを死に至らしめるものではなかった。しかし不安という感情は苦しみとなって彼の心を蝕んだ。





 これから何をすべきかがまったくわからなくなったトレヴァースは、ただひたすらに真っすぐに飛んで行くことにした。不安と焦燥に駆られた末に、彼はまず行動を起こすことにしたのだ。


 どこかに生きた人間はいないのかと彼は必死に地球全土を飛び回った。コスモリアン達の支配を掻い潜り生き残った者がいれば、新たなオーダーを得ることができるだろうと彼は考えた。


 これは今までの彼からは見られぬ理に外れた行動であった。何故なら人類が滅んでいることなどとっくに把握していたし、仮に生きている者がいたとしてもコスモリアンの襲来から既に百年以上も経っているのだ。野生の中に隠れて暮らす者たちがもはやまともであるとは到底考えられない。それを頭のどこかで理解していてもなお見て見ぬふりをするのは、何か不確定なものや希望を信じようとする彼の心のはたらきかもしれなかった。


 地球を全土を隈なく飛び回った一週目では、人類は見つからなかった。続く二週目も、三週目もそれは変わらない。ただただ不安を掻き消そうとしているのか、トレヴァースは地球探査を何周も繰り返した。地上も、山頂も、地の底も。人類の生存の可能性がある場所全てに彼は足を運んだ。


 そして、そのどれもが徒労に終わった。

 トレヴァースのとった行動は全て、彼の孤独を証明するものでしかなかったのである。


 何十週目かの地球探査の途中、トレヴァースはついに膝をつき、泣くように叫んだ。



次回更新は2月5日 午前2時ごろの予定です。


Twitterで更新情報など出してますので、よかったらどうぞ

/脳内企画@demiplannner

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