Chapter2-4 発進
探査船下部の格納庫では、パイロットを迎え入れた船外任務用の小型調査ポッドが、次々に船体をロックしていた機構を切り離し、滑るように宇宙空間へと飛び出していた。丸みを帯びた調査ポッドが一機、二機と探査船のあちこちから発進し、辺りは発射装置が稼働する際の轟音に包まれる。格納庫の中で横一列に整列していたポッドはその数を順調に減らしていった。
他の調査ポッドが放つ揺れを全身に感じながら、クエリは操縦席に取り付けられたパネルを軽やかに叩き、射出に至るまでの最終チェックを進めていた。彼の操作により、次々と船体各所の状態がスクリーンに映し出されていく。はやる気持ちからつい目が滑ってしまいそうになるが、クエリは意識的に己を落ち着かせながら、丁寧に一つ一つ確認していった。
「よーし…よし、焦るんじゃない……」
クエリはそう呟いて、乾ききっていた唇を無意識に舌で舐めた。
まさか自分がこんなに緊張するような性質だったとは。舌先の感覚を通して彼は改めて自分を客観視すると、思わずその滑稽さが可笑しくなり、少しだけ笑ってしまった。
息を吐いたことで気が緩んだのだろうか。
パネルを打っていたクエリの脳裏に、探査船が惑星ウィータンを発った日の様子が不意に浮かび上がった。
大勢の仲間達に見守られながら、轟音と煙をまき散らして探査船はウィータン航空宇宙局の発射場を飛び出した。船は速度をあげて上昇し、軽々とウィータンの引力圏を後にしてみせた。ウィータンという惑星の地下で生まれ育ち、恒星と惑星のおとぎ話に憧れて目指した世界に、クエリは探査船の乗組員としてその日到達したのだ。遠ざかっていく母星を眺めた時の感動を彼は自然に思い出すことができた。
一連の出来事を振り返ってみて思うのは、あれは巨大な探査船に守られていたから楽しむことのできた景色なのだろうか、ということであった。
現在のクエリは探査船に乗った大勢の中の一人ではなく、単身で調査ポッドに乗り込み、ウィータン人が決して生きることのできない世界に飛び出そうとしている。きっとどんな生き物であろうと支配することのできないほど広大で、そして容赦の無い世界にたった一人で挑まなくてはならない。
はたして自分は一人になったとき、どんな気持ちを抱くのだろうか?
今までにない感動か。それとも、あらゆるものから解放された、自由か。
いや、孤独か。何一つ手だってに負えない無力さか。
と、そこでクエリは座席の背もたれに勢いよく体を投げ、深く腰掛けたような姿勢で調査ポッド前面のスクリーンを通して外の景色を眺めた。視線の先には探査船の側面に取り付けられた大きな出口が映り、その向こうには真っ黒い空間がどこまでも続く様が覗いていた。
結局のところ自分は初の船外任務ということで緊張しているのだろう。
自分がどんな気持ちになるかなどその時になってみなければわかるはずもなく、今考えてもきっと意味のないことである。
考えることに疲れたクエリは自身の内で整理のつかない感情について諦めることにした。
どうせあと数分もしないうちに答えは出るのだ。全てを置いてそう考えてみれば、クエリの緊張は案外簡単にほぐれてしまうものであった。
ふう、とクエリは長いため息をつく。
彼の視線は遠くで輝く星々に向けられていた。
自分がどんな気持ちを抱くかよりも、ずっと気になっていたことがあったと彼は思い出した。目を向ける先で輝いているあの星ひとつひとつがウィータンを優に超す大きさを持ち、その内部は想像もつかぬような現象で満ちているのだ。そこにはどんな景色があるだろう。生命を宿すものはあるだろうか。
早く行って、確かめてみなくては。
クエリがずっと持ち続けている欲求を前にして、初任務の緊張など些細過ぎる事柄であった。しばらくして全てのチェックを終えると、クエリを収容した調査ポッドを乗せた足場はモーター音とともにゆっくりと動き出し、そのまま探査船外部に向けて開かれた出口に繋がるレールへと接続される。
足場とレールが結合する振動が船体に伝わる。
それから一拍ほどの間を置いた後、大きな破裂音がした。
クエリの耳に音が届くのと同時に強く後ろに引っ張られる感覚が彼を襲う。
体は強い力に押さえつけられるように座席に深く沈み、スクリーンに映るあらゆる景色が後方に流されていく。
低い唸り声と大きな揺れに包まれ、調査ポッドは猛スピードで探査船の外に投げ出された。
前面のスクリーンが真っ暗になる。
格納庫を完全に抜けきったのだと理解したクエリはすぐさまパネルを叩き始め、それから体中に力を込めて椅子から起き上がり、彼は取り付けられたレバーを押し込んだ。
クエリの動作と同時に調査ポッドに取り付けられたスラスターが作動し、船体はがくんと大きな揺れを起こす。
重くのしかかる負荷に耐えながらクエリは操縦を続け、軌道をついに安定させた。
いつしか先ほどまでの轟音は収まり、揺れもごく小さなものへと変わっていた。
それは射出からわずか一分にも満たない間に、クエリ単身での発射シークエンスが全て終了したことを示していた。
闇の中を進む調査ポッドの中でクエリは黙ったまま外の景色を眺めていた。
「ああ、なるほど。
僕はこんな気持ちになったんだ」
すっかり落ち着いた船内でクエリは呟く。
後回しにした疑問の答えは、呆気ないほど簡単に明かされていた。
そもそもクエリは未だどこにも到達などしていなかったのだ。
彼が目指していたのは全く別の世界であり、それは今彼を遠くから見下ろすあの星々を指しており、つまり宇宙はそこへ至る通過点でしかないのである。
「ああ、くそ、楽しくなってきたなあ」
くっく、と。クエリは調査ポッドの操縦席で一人、思わず笑みをこぼしてしまった。
彼の視界に映る膨大な星々は、きっとこれから先どれだけの時間をかけても回りきることはできないだろう。クエリにはそれはとても魅力的なことのように思えた。
目指すものが尽きることはない。その事実は彼の人生から退屈を永久的に捨て去ることを保証してみせたのだった。
さてどこから手をつけようか。
はたして任務の中で自分はいったいどんなものを見つけられるのだろうか。
クエリはそんなことを考えながらレバーを入れ、調査ポッドのスラスターを噴射させた。
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次回更新は5月5日午前2時ごろの予定です。
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/脳内企画@demiplannner




