Chapter2-3 船外任務
母星の時刻を示す時計が正午を指した頃、探査船は黒く広大な空間を滑るようにして進んでいた。
時折取り付けられたスラスターを噴射させ、船体は姿勢を調整、そして減速などを繰り返している。
それらの動きによって震えるほどの空気は無く、従ってそこに何の音も流れはしなかった。
船は慣性のまま静かに移動を続けている。
進む先の星空は妖しげな紫色の霞がかかり、そのさらに奥にはいびつな形をした岩石の塊が見えていた。
それはウィータンから最も近い小惑星帯の「淵」に位置する小惑星であり、船体と比べてかなりの大きさをもつそれは、側面を恒星の光に照らされ、その表面を闇の中で幽玄に浮かび上がらせていた。
小惑星帯という名前に反し、進行方向の景色を一目見ただけではただ小惑星がぽつりと浮かんでいるだけのようにしか見えなかった。
これは宇宙規模で小惑星の密集している帯域であっても、小惑星同士の隙間は一生命体の目線で見た場合かなりの間隔となってしまうためである。
それぞれの小惑星は座標の近しいものであっても数千、数万キロメートルもの距離をもっており、隙間なく一帯に敷き詰められているというわけではなかったのだ。
よって今この時に置いて探査船の操縦や制御を担当するセクションでは、安堵の溜息をつく者の姿をちらほらと見かけることができたはずである。
彼らにとっては調査の基準地点となる小惑星を割り出し、捕捉した地点まで無事に進むという任務こそが山場の一つと言っても過言ではなかったのだ。
宇宙のどこかに存在するであろう祖先たちの痕跡を見つけ出すという、ウィータン航空宇宙局司令部より命を受けた惑星外調査任務の第一段階が始まろうとしていた。
惑星ウィータンで見つけた数百年前の軍事拠点に残っていた通信記録は、当時惑星の外に彼らの仲間が存在していたことをほのめかし、そして通信記録からかろうじて復元した相手の座標群のうちの一つは、この小惑星帯がある座標を示していた。
そこで大規模な惑星外探索の実験を兼ねて、ウィータン航空宇宙局の面々は手始めにこの小惑星帯に調査隊を派遣することにした。
広い宇宙を闇雲に探し回ることは現実的ではないことから、彼らは電波を用いての広域探索を行うという手法をとった。
惑星内部で発見した軍事拠点等々の遺構から、そこで使われている素材などを採取、分析したデータベースを用意し、それらと符合する反応を探すというわけである。
船外活動用のポッドを用いて調査員が直接探し回るよりも遥かに効率良くデータの収集ができるこの方法だが、ただその一方で、解消しきれぬ問題が無いわけでもなかった。
というのも、例えば小惑星の裏側など電波の発射地点からその内容を検知することのできない部分がどうしても出てきてしまうのである。
また、小惑星帯では小惑星間の隙間に細かな塵や粒子といったものがあちこちに存在し、それらを越えて満遍なく電波を行き渡らせることができるか、また反射して探索船までデータを送り返すことができるかといった懸念もあった。
これらの諸問題を解決しなくてはならないということになり、その結果用意されたのが、特注の反射装置の設置というものであった。
発射地点から離れて拡散するにつれ減衰してしまう電波をより効率よく先へ送り届けるほか、反射してきた電波をより正確に受信し、状態を整えてまた探査船に向けて放つなど、いわゆる中継器の役割を持つ装置をまず調査隊各員により配置していこうというわけである。
反射装置配置のミッションにアサインされた者達は既に準備を済ませ、探査船内のエアロック前に集合していた。
エアロックは複数個所あり、それぞれがミッションのおおまかな担当領域によってグループ分けされている。
船外活動用スーツを着込み顔を合わせたメンバー同士は談笑しつつミッションの開始時刻を待った。
これより彼らは反射装置を積んだ小型船に乗り込み、探査船を離れて各自指定された座標を目指さなくてはならない。
彼らの頭部を覆うヘルメットの銀色のヴァイザーの奥には、緊張と興奮の入り混じったような表情があった。
やがてしばらくすると、ヘルメットの無線通信装置が起動し、司令部からの合図がよこされる。
エアロックが解放され、調査員達は次々と小型船に向かっていった。
エアロック前に集まっていた調査員の中にはクエリの姿もあった。
彼は息を一度長く吐いて体に力を入れ直し、それから他の者達の後を追うように足を踏み出した。
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次回更新は4月20日午前2時ごろの予定です。
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/脳内企画@demiplannner




