Chapter0-4 コスモリアンの王
大混乱に陥ったコスモリアン達に対し、母船から直接緊急のアラートが届けられた。
全てのコロニーを警報の音色が揺さぶる。種の存続を脅かす者の目覚めを伝えるその音が発せられたのは、実に数十年ぶりのことであった。
彼らにとって残念なことに、一部の者達を除けばトレヴァースという存在が意識の上から薄れてしまったことは否めなかった。もちろん定期的に目覚める存在について彼らは忘れたことは無かったはずである。しかし時が経ち戦争や封印よりも後に生まれた者達が多くになるにつれ、封印が今日破られるという発想を持つ者は減っていたのだ。この頃になると、惑星の支配者となり平穏の中で暮らす者たちにとって常に死を意識したまま過ごすことに耐えられない者も少なくなかったのである。
その一方でトレヴァースはと言えば、封印されている間もその意識を絶えず保ち続けていた。
彼は封印される度にコスモリアンたちの技術をその身でもって学習し、動けなくなった自分を外から観測するコスモリアン達に気付かれぬよう、彼らのテクノロジーを己の内に取り込んでいた。進歩に努めるコスモリアン達の一方で、トレヴァース自身も成長を続けていたのである。
そして彼はある時の封印において細胞レベルにまで分解した己の体の一部を封印の外に逃がすことに成功すると、それを分裂、再生させてそこかしこへと潜伏させた。潜伏した細胞は人知れず増殖し、復讐の芽として長い年月をかけてコスモリアンの支配する地球全土へと広がった。もはやそれはコスモリアン達のコロニーに蔓延するにとどまらず、彼らの体内にさえ寄生し、接触による媒介をもって地球上のみならず衛星軌道上の施設にさえ入り込んでいったのである。
同時多発的に発生した大爆発の調査結果としてそれらの事実をコスモリアンが掴む頃には、もはや手遅れであった。封印から解き放たれたトレヴァースの攻撃は苛烈を極め、各地のコスモリアン達は蹂躙されその悉くを焼き払われた。
警報の発令から数日と経たぬうちに、この惑星上においてコスモリアン達の姿はほとんどが消え失せ、ついには一つのコロニーを最後に残すのみとなった。
そこはコスモリアンにとっての栄華と繁栄を象徴する聖域であり、最後の希望だった。要塞とも形容すべきそれはかつてコスモリアンがこの星に降り立った母船をベースとしたもので、古来より彼らの王が住まう場所でもある。コロニーは街としての姿から強固な城のようなフォルムへと変容していき、さらに移動用の脚部が生えるといった歪な姿をみせる。その巨体はトレヴァースの引き起こした爆発をもってしてもその運用を妨げられることはなかった。
コスモリアンによって築き上げられた上物が消え、すっかり見晴らしの良くなった大陸の中央部で最後の戦いが始まった。
コスモリアン達の最後の砦は、側面から生える巨大な脚でもって大地を蹴り、昼夜を問わず移動を続けている。
この移動要塞は一晩で大陸を渡り切れるほどの歩幅を持っていた。しかし、それもトレヴァースが世界を駆ける速度には到底敵わなかった。
雲に紛れ、空高く飛行を続けていたトレヴァースは最後の仕上げとばかりに、コロニーに向かって急降下を始める。ここまで数えきれないほどのコスモリアンを屠ってきた彼は、無表情に攻撃態勢をとった。
トレヴァースが厚い雲を抜け出したのと同じころ、その視線の先で、コスモリアンのコロニーがその歩みを止めた。彼は表情を変えぬまま、コロニーの様子を注視した。
直後、トレヴァースの視界に映ったのは、数えきれないほどの閃光であった。
移動要塞に取り付けられた無数の光学兵器から放たれるレーザーが、大地と空を大きく裂いた。もはや戦後のことなど考えぬその攻撃は、辺りに有毒な物質をまき散らしながら全方位に向けて放たれる全くの回避を許さぬ超兵器であり、当然のようにトレヴァースの姿を補足し、直撃を果たした。
彼らの砲門はコロニーそのものを絶え間なく揺らし、それは大地を割るほどの地震となった。
トレヴァースはこの時、彼らのコロニーが逃走を試みていたのではなく備わった能力が十全に発揮できる土地を目指していたのだと気付く。
トレヴァースの体が青白く光ったのは、彼らの攻撃とほとんど同時の出来事であった。
体に沿うように青白い光の膜が生まれ、彼に向かって照射されるレーザーは全てその膜の中へと吸い込まれていく。そうかと思えば今度は一際強い光が膜の中に生まれ、トレヴァースの体を球状に囲むように広がっていった。全身を覆うバリアーのようなその光は小さな放電をした。
コスモリアンのコロニーより照射されるどの光線よりも強い出力を持つ攻撃が彼の身から放たれたのは、その直後であった。トレヴァースは手始めとばかりに相手の攻撃を吸収し、それを増幅した後に反射させたのだ。
また一方。辺りの熱量からその反撃を予測していたのか、コロニーはそれよりもわずかに早く次の行動を開始していた。巨体を囲むように小さな無数のきらめきが生じ、トレヴァースの放った光線はそれに当たると、角度を変えて辺りに飛散する。たった一筋の光線は無数の光に分裂し、移動要塞の周囲を広範囲にわたって破壊した。
轟音が辺りに響く。コロニー本体への直撃を避けることはできたものの、飛散したレーザーは側面から生えるいくつかの脚部を貫き、それを融解していった。大きくバランスを崩したコロニーが大地にめり込んでいく。
次いで、その身を大きく傾かせながらさらに多くの砲台が姿を現し、大量のミサイルが放たれた。空を埋め尽くすほどの光線と砲弾。トレヴァースはこれら悉くをいとも簡単に躱し、自らも大量の砲弾を放つことでこれに対応した。
彼の脚や背が開きそこから様々な武装が姿を現すと、それらは一斉に起動していった。元来の圧倒的な能力に加えてコスモリアンのテクノロジーすら取り込んだトレヴァースにとって、移動要塞と化したコロニーの攻撃も全く問題にもならぬものであり、コロニーの分厚い外壁は瞬く間に消滅し、その内側にあった母船とみられる建造物の装甲も次々と破壊されていった。
鈍く輝く装甲が砕け、その下から現れたのはコロニー内部と一体化したコスモリアンの王の姿であった。
その異様な姿をトレヴァースは思わず凝視する。それはある意味で彼が初めてひるんだ様子と言えるかもしれなかった。相手はこれまでに見てきたどのコスモリアンとも比べ物にならぬほどの山のような巨体であったのだ。露出している上体だけを見ても、ざっと百メートルは下らないだろうと思われた。
コスモリアンの王は忌々し気にトレヴァースを睨みつけると、その体を大きく揺らして咆哮する。
それに応えるように、トレヴァースは一直線に巨体へ向かって飛び込み、攻撃を加えていった。
この日最大の衝撃波を生んだ戦いの決着はすぐについた。
コスモリアンの最後の一人である王が声をあげて身悶えすると、その体がぼろぼろと崩れ背中から地面に向かって倒れていったのだ。
トレヴァースはその姿をじっと見下ろしていた。
この時、息も絶え絶えといった様子の王からは、どこか笑みを浮かべているような印象を持った。
何かを狙っているのか。
警戒したトレヴァースは王にとどめを刺さんと武器を構え、エネルギーを蓄え始める。
瞬きするほどの間をもたず、次の瞬間には相手の巨体を一息に包み消滅させることのできる一撃が繰り出されるはずであった。しかし、ここへきてトレヴァースは己の内側に何か大きな違和感を覚え、攻撃を中断させてしまった。軽微なエラーの発生を伝える文字列がひっそりとトレヴァースの視界の端に浮かんでいる。彼はその正体を突き止めるために武装へのチャージを解除させなくてはならなかったのだ。
トレヴァースの様子を見たコスモリアンの王が汚く口の端を歪め、笑う。彼より発せられる振動が辺りの空気を激しく揺さぶった。
「――聞け、厄災の者よ」
低く唸るような声が、かつて人類の使っていた言葉を発する。
「貴様の体に起きていることを教えてやる」
コスモリアンの王は苦しそうに上体を起こしてトレヴァースに語り掛ける。
その様子はどこか虚勢を張るようでもあり、誇らしげなようでもあった。
次回更新は2月2日 午前2時ごろの予定です。
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/脳内企画@demiplannner