Chapter0-3 抗う者たち
コスモリアン達が地球に住む人類を根こそぎ駆逐して完全な支配を達成した日。
荒れ果てた大地を我が物顔で歩く彼らの前に、既に滅ぼしたはずの人類とそっくり同じ姿をした何かが現れた。
対話のそぶりなど見せず、ただ粛々とコスモリアンに襲いかかるその男の様子は、さながら人類を攻撃したコスモリアンの再現のようでもあった。
この存在に対してコスモリアン達もただ呆気に取られていたわけではなかった。しかし、彼らがいくら抵抗しようともその男に膝をつかせることはできなかったのである。たった数時間のうちに男は各地に展開されたコスモリアンの基地をことごとく襲撃し、これを破壊しつくした。コスモリアンの総司令部が異常に気付く頃には、一つの大陸中の部隊と既に連絡が取れないという状況であった。
事態を重く見たコスモリアンたちはこの存在の居場所を突き止めるやいなや、これを打ち倒すために母船から数千人規模の増援を決定した。しかしどれだけの火力をもってしても被害を食い止めることはできず、彼らの得た戦果は災厄ともいえる存在の姿と、それのもつトレヴァースという識別名のみ。戦場から生きて帰還することができたのはたったの数名という有様であった。
帰還兵のひどく痛めつけられたその姿とあちこちを抉るようにつけられた傷は、トレヴァースが敢えて彼らを生きたまま帰したのだということを物語り、コスモリアン達にその存在を強く刻み込むこととなった。
仲間のうめき声にコスモリアン達は激しく憤り、遂にはトレヴァースに対し全軍をあげての攻撃を計画した。これまでの戦いで相手は兵一人の能力では到底叶わない圧倒的な力を持った存在だということを彼らは嫌というほど学び、そのためこれを比べ物にならぬ物量ですり潰そうとしたのである。
黒く汚れた雲から、地上に向けて放射能を含んだ雨が絶え間なく降り続いていた。
どこからか吹いた突風が立ち並ぶ柱石を削り、さらにその中の一つを崩して辺りに大量の土砂をまき散らす。
生き物のいなくなった荒涼とした大地に一人佇むトレヴァースは、続々と集結していくコスモリアンをじっと見つめていた。彼の立っている場所とコスモリアンの軍勢との間にはまだかなりの距離があると思われた。トレヴァースが観察を続ける間にコスモリアンは大地を埋め尽くすほど規模の軍団を展開させた。
先に仕掛けたのはコスモリアンの側であった。トレヴァースの上空遥か彼方に浮かんだ武装衛星が熱を持ち、真下に向かって超高密度の閃光を照射した。雨雲を割って地表に届いたその光はトレヴァースを中心とした大爆発を引き起こし、雨粒を蒸発させ、広範囲に熱線を放つ。
着弾を確認した観測手が合図を出すと、コスモリアン達の装備に一斉に光が灯り、怒号と共に全軍がトレヴァースに向けて前進を開始した。
コスモリアン達が操縦する背の高い戦車の砲塔が輝き出し、辺りに小さなスパークが起きた。そこに蓄えられたエネルギーは光の弾となりトレヴァースが立っていた地点に向けて発射される。横方向に向かって展開した戦車隊からは数えきれないほどの砲撃が繰り出された。太陽が姿を隠して久しい地上は往時以上の明るさに包まれた。
飛んでいく光弾の下を走るのは、コスモリアンの強化歩兵隊。種の敵を直接この手で仕留めるという栄誉を胸に彼らは我先にと荒野を駆けていった。
鼻息荒く大地を蹴るコスモリアン。そのすぐ横を一筋の光が通り過ぎたかと思えば、近くを走っていた仲間の一人が甲高い悲鳴をあげた。自陣から放たれた光弾ではない。何故ならそれは自分たちが向かっている方向からこちらを迎えるように飛ばされたものであったからだ。
歩兵たちは次々と倒れていく仲間を振り返りもせずに走り続ける。そう簡単に標的が沈黙しないであろうなどということは、彼らも覚悟していた。生きて次の朝を迎えるつもりなど既に無く、己の命にあとどれほどの猶予が残っているかはわからない。しかし一人で逝ってやるつもりもなかった。
前方より飛ばされる即死の攻撃を掻い潜ったコスモリアン達は、武器を構え、辿り着くことのできなかった者達への祈りと共に引き金を引いた。
最早生還の望みの無い殺し間で、一人のコスモリアンが砂煙の奥にいるトレヴァースの姿を見た。熱線と砲弾により体を激しく損傷させたその相手の様子はコスモリアンに希望を抱かせる。しかし、彼が勇気付けられたのはほんの一瞬であった。
武器の照準を合わせるコスモリアンが、大粒の雨で遮られる視界の中で見たのは、みるみるうちに傷が塞がっていくトレヴァースの姿。こちらに気付きじっと見つめる視線と、青い輝きを宿した瞳。コスモリアンは光に射抜かれ、その意識はそこで永遠に刈り取られた。
瞬く間に壊滅した強化歩兵隊の波。どれだけ傷つけようと損傷を与えようとただ再生を繰り返すトレヴァースを、到底倒し切ることなどできないと悟ったコスモリアンたちは控えていた別のプランへと移行した。
それは彼の者の身動きをとれなくし、生きたまま封印してしまおうというものだった。
驚異的な自己修復能力を持つトレヴァースに対して、この手段はコスモリアン達の意図通りの成果を上げる初のアプローチであった。
展開した軍団の大部分が蒸発し、彼らの抱える英雄的存在の決死の犠牲をもってしてついにトレヴァースはその身を封印されてしまったのだ。
生き残ったコスモリアンたちは歓喜に沸いた。
荒野での戦いは一つの大陸の大部分を消滅させ、彼らの勝利に終わる。
闘争の末に星の支配権を勝ち取ったコスモリアンはこれから訪れる平穏と栄華に胸を躍らせた。母船は大地に降り立ち、地上にはコスモリアン達のコロニーが徐々に形成されていった。コスモリアン達ははるか遠くの世界へ旅立った仲間の安息を祈り、新たな命が生まれることを喜び合った。
そんな穏やかな時間は、トレヴァースが封印を破り復活するまでの数年間にわたって続いた。封印に用いた手段は急ごしらえではあったものの、その状況に置いて限りなく最善の手法であることは確かであった。しかしそれをもってしてもトレヴァースの意識と自由を完全に奪うことはできなかったのである。
激闘の記憶薄れぬコスモリアン達は目覚めた災厄と再び対峙し、その封印を試みた。
溶けることのない氷、超重力の棺桶、ありとあらゆる方法を試し、そのうちのいくつかはトレヴァースを動けなくすることに成功した。しかし何度封印をしようとも、数年から数十年の間隔でトレヴァースは必ず復活するのであった。
一方で封印の間にコスモリアン達は着実に地球にその根を広げていった。彼らは一部では地球の資源や旧人類の文化の痕跡を取り入れるなどして、より種として洗練されたものへと歩みを進めた。その背景としてかつての地球人が作り出したあの災厄を解析せんとする意図が少なからずあったことは間違いないだろう。トレヴァースとの闘いはコスモリアン自身の持つ技術力の進歩を大いに促したのである。
いつか奴を倒し切れるほどの力を。それは地球の支配者となったコスモリアンの至上命題となった。
繰り返される復活と封印。そうして荒野の大地でなされた最初の封印から百年を超す年月が経った。
トレヴァースにとって何十回目かの目覚めを果たしたその日、地球全土に広がったコスモリアンのコロニーが全く同時に閃光に包まれ、大爆発を起こした。
彼の者に課せられたオーダーは、何度封印されようとも、ただの一度も止まることなく続けられていたのである。
何も喋ってませんが、この物語の主人公はトレヴァースです。
次回更新は2月1日 午前2時ごろの予定です。
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/脳内企画@demiplannner




