Chapter0-2 遺された災厄
つるつるとした滑らかな素材が外壁を構成するその縦穴は、複数の地点同士を繋ぐチューブのようであった。真っすぐ縦に伸びていたかと思えば、途中で急に方向を転換し、複雑に入り組んだ迷路のような軌道を形成している。どこまで行っても終わりは見えず、先ほどまでいた部屋がとても深い場所にあったことを感じさせた。曲がりくねった道をしばらく進むと、チューブはまた縦に真っすぐと伸びる領域に差し掛かった。
縦穴をひたすら上に向かって進むトレヴァースの目に小さな光点が映り、そこからの光は徐々に大きくなっていく。その正体は外界へと繋がる穴の終点であり、恐らく外から見れば地下空間へと進入するための唯一の入り口なのだろうと思われた。穴の向こうには灰色の雲が敷き詰められた空が見えている。トレヴァースは体に力を入れて進む速度を上げ、一息にその穴を抜けた。
風を切る音と共に、地上から数百メートルの高い位置にトレヴァースは飛び出した。冷えた空気が彼の体に吹き付ける。彼はスピードを落とし、やがて何もない空中で静止した。
手を伸ばせば雲を掴むことさえできそうな高さで、トレヴァースは辺りをゆっくりと見渡した。険しい山脈の荒れた表面が灰色の雲の下でどこまでも連なっている。眼下へと視線を下ろせば、今しがた通って来たチューブの入り口が、岩肌に隠れるように設けられているのが見えた。
どこまで行こうとも、見えてくるのは死の世界ばかりであった。
トレヴァースは山脈をなぞるように飛行を続けたが、見えてくるのは放射能を含んだ灰に埋もれた地面と、ひどく破壊され尽くした街ばかり。時折、遠く空と大地の境界面では、複数の閃光が稲妻のように駆け巡るのが見えた。
トレヴァースに内蔵された装置がとある生体反応を検知したのはその時であった。体内を駆け巡る信号は彼に検知した反応の居所や数を伝える。それを確認するやいなやトレヴァースは体をひねり、南に向かって飛び出した。
遥か彼方の地表面に見えるのは複数の人影。二本の脚で歩きながら、腕には何か大きな銃器のようなものを抱えている。しかしその体格は人間を二回りほども大きくしたような姿をしており、彼らは一様に機械仕掛けのスーツのようなものに身を包んでいた。
それは地上に展開する、コスモリアンの一団であった。
飛行していたトレヴァースは隊列を組んで歩くコスモリアンに向かって高度を下げ、その目の前から二十メートルほどの場所に着地した。落下の衝撃で地面が大きく抉られ、砂煙が舞う。
列の先頭にいたコスモリアンが上空からやってきた存在に気が付いて声をあげた。周囲にいた者達はそれに呼応し、身構えるような姿勢を取る。隊列は歩みを止めて、前方の様子を窺った。
砂煙が風に流され、徐々に晴れていくと、コスモリアンたちの前にトレヴァースが一人立ちはだかるような形となった。その姿を確認したコスモリアンたちは面食らったように首を傾げる。彼らの目の前に現れたのが、最近とみに見かけなくなった、この星の支配者を気取っていた生き物と同じ姿をしていたためだ。
まだ生き残りがいたのか? コスモリアンの一人がそんな意味の声を発した。
自身に向けられた見下すような視線を気にせず、トレヴァースはコスモリアンの一団に視線を向けたまま、右足を一歩前へ踏み出す。すると足が地面に着くかつかないかのところで、コスモリアンたちは手に持っていた重火器で一斉に攻撃を始めた。
轟音と共に撃ち込まれた銃弾が地面を削り、トレヴァースの姿が見えなくなるほどの岩や砂利が辺りに弾け飛ぶ。
攻撃はコスモリアンの一人が合図を出すまで続けられた。
銃声が止み、コスモリアンたちは口の端を歪め、薄く笑みを浮かべながら目の前の土煙を眺めた。
しかしその愉快気な表情が続いたのは、煙の中からトレヴァースが平然と歩き出てくるのを見るまでであった。
傷の一つも作らぬままトレヴァースは静かに歩き続けていたのだ。
次の瞬間。
一際大きな体躯のコスモリアンが現れ、トレヴァースの肩を掴み、もう片方の腕で勢いよく殴り抜いた。巨体から繰り出されたその攻撃は、掴んでいたトレヴァースの肩とそこに連なる腕の部分だけを残し、それ以外の部分を遥か彼方へちぎり飛ばした。
声を上げる間もなく、トレヴァースは体液をまき散らしながら吹き飛ばされていく。その様子を見たコスモリアンたちは皆声をあげて笑った。トレヴァースを殴りつけたコスモリアンは隊列の方を振り返り、もいだ腕を仲間に見せて得意気な顔をしている。
大柄なコスモリアンがトレヴァースの腕をひらひらと振り回し、それを適当に脇へ捨てようとした時、その背後でもぞもぞと動く肉塊があった。
「だいたいわかったよ」
そう呟いたのはトレヴァースだった。その声はコスモリアンたちの耳にも届き、彼らは驚愕した様子でトレヴァースの方を振り返った。
「君たちが使う武器も――」
地面から立ち上がったトレヴァースが片方だけ残った腕を開く。ひしゃげた弾丸が大量に手のひらからこぼれ落ちた。
「――君たちの体のつくりも」
トレヴァースの体にこびりついていた体液がどこかへと引いていく。それと同時に、衝撃で破壊され尽くしていたかのように見えた彼の骨格が元の正常な形へと戻っていく。
コスモリアンたちの視線の先では平然とした姿のトレヴァースが立っている。ただ一つ違うのは、コスモリアンによってちぎられた彼の肩から先だけは失われたままということのみであった。肝心のコスモリアンたちは、みるみるうちに再生していくトレヴァースの様子を呆気に取られて眺めていることしかできなかった。
「オーダーを実行する」
トレヴァースがたった一言呟くと、コスモリアンが掴んでいたトレヴァースの腕が輝き、辺りに閃光をまき散らし始める。その光に触れたコスモリアンの体は激しい熱を持ち融解していった。
真っ赤になって溶けていく仲間の様子をみた他のコスモリアンたちはパニックになり、その場から逃げようと走り出す。
コスモリアンたちが一斉にトレヴァースに背を向けたのと、辺りが光に包まれるのはほとんど同時であった。
トレヴァースのちぎれた腕を中心に光は瞬く間に広がっていき、近くに展開していたコスモリアンの大群は一人残らず全て蒸発した。
次回更新は1月31日の午前2時ごろを予定しています。
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