Chapter1-10 静かな着陸
二人を乗せた調査船パイソンがウィータンの大気圏へと突入を開始すると、船体全体が軋むような音を立て始め、それと同時に激しい揺れが座席に着いていたトレヴァースを襲った。
しばらく経ってパイソンがウィータンの空に敷き詰められた分厚い雲を抜けると、船内前方のスクリーンにはどこまでも広がる荒涼としたウィータンの大地の姿が映し出された。
表情一つ変えずにトレヴァースはスクリーンに顔を向けた。むき出しの地面がどこまでも続き、視線を遠くにやれば険しい山脈が連なっているのが見える。一方で別の方角にはウィータンの海が、そしてまた別の方角には緑豊かな領域と、山脈から大量の水が注がれる広大な湖が確認できた。
その景色からまずトレヴァースが感じたのは、人工物の少なさであった。一目見た限りではまるで人の手の入らぬ未開の惑星のように見えるほどであった。
「よう、頭を打ったりはしていないか?基地が見えてきたぜ」
トレヴァースが考えていたことを知ってか知らずか、ちょうど同じタイミングでエイジャックスが言った。彼はトレヴァースの方を振り返りながらスクリーンを指さした。
トレヴァースは指が向けられた方に視線をやって目を凝らしてみると、大地の一部を切り拓くようにして区画分けされた地域が見えた。周りの環境から明らかに浮いているその場所は、何かの意図をもって整備された場所だということがすぐにわかった。
「忠告のおかげでどこもぶつけてはいないよ。ふむ、あれがこの船の最終目的地というわけだな。…しかし、基地というにはやけに殺風景じゃないか」
「なに、地上に露出しているのは船の発着や惑星外との通信に必要な最低限のものだけでしかないのさ。実は基地の本体は全て地下にあるんだ」
エイジャックスは言った。
「どうも俺達は地下暮らしが長過ぎたらしくてな。地上で暮らす準備はまだそれほど整っているわけじゃあなかったのさ。まあ、それでもここ数年でだいぶ適応しつつあるがね」
「なるほど、道理で」
トレヴァースは合点がいった様子で頷く。
「ところで、管制からの連絡は?」
「まっ…たく無いな! ――仕方がない。適当に空いているところを見つけて着陸しよう」
エイジャックスは諦めたようにため息を吐くと、手元の装置に手を伸ばした。彼はいくつかのボタンやトリガーといったものを操作して、猛スピードで降下していくパイソンの微調整を繰り返す。パイソンはみるみるうちに高度を下げていき、やがて一際大きな衝撃とともにその身を基地の滑走路に落ち着けることに成功した。
「ふーっ……。ようこそ、ウィータンへ」
エイジャックスが言った。慣性のままゆったりと滑走路を流れていく景色を見ながら、彼は操縦席に座ったまま長く息を吐いた。
下船の手順を進めてパイソンから降り立った二人を迎える者はいなかった。何もかもが異例な状況らしく、エイジャックスはかれこれずっと眉を顰めたまま首を捻っている。
「なんだぁ…? おい、本当に誰もいないのか?」
滑走路を見渡ながらエイジャックスは言った。
トレヴァースもその横できょろきょろと辺りを見回している。
「エイジャックス。あそこを見るんだ。どうやら灯りは着いているようだぞ」
トレヴァースは滑走路のすぐ近くにあった建物を指さして言った。取り付けられた窓の中から人工的な明かりが漏れているのがわかった。それを見たエイジャックスも、トレヴァースに同意するように頷いた。
「この基地から全く人がいなくなるなんて、とても考えられないな。管制が機能しなくなったら調査船で宇宙へ出た連中は皆干上がってしまう」
「だけれど、実際にコトは起きているみたいだね」
「つまり、何か想定を超える出来事が起きているんだろう。それも悪い方向に。何か手がかりがないか探してみよう」
エイジャックスはトレヴァースに向かって頼み込むように言い、二人が船を離れて歩き出した。しかし数歩進んだところでトレヴァースが立ち止まった。
「待つんだ、エイジャックス。誰かが近くにいるぞ」
「なんだって? どこだ」
「恐らくこの基地のそば…そう遠くはなさそうだ。レーダーが君と同じようなシルエットの反応を検知したよ。一人分だけだがね」
トレヴァースは右手をこめかに添え、視線だけを辺りに走らせた。彼は自身に内蔵されたセンサーが検知した内容を解析し、より詳細な情報を得ようとしていた。
「生き物のシルエットとは別に、妙な熱源があるな…」
「熱源?」
「ああ、正体まではわからないがね。しかしだいたいの場所はわかった。行ってみよう」
そうしてトレヴァースとエイジャックスは基地の敷地内を駆けていった。
次回更新は2月19日午前2時ごろの予定です。
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/脳内企画@demiplannner




