Chapter1-8 外宇宙からの客人
まずエイジャックスの口から語られたのは、彼が宇宙空間で作業をしていた際に見た出来事についてであった。
かつて遠い宇宙から現れてウィータン人を支配した存在は、支配を受けていた当時のウィータン人達の抵抗によって星の外へ追いやられたという。その結果としてウィータンという星が地上において生き物が暮らていくに適さないほどの破壊と汚染にまみれてしまったというのは、先にトレヴァースが聞いた通りである。そうしてウィータン人が再び空を取り戻した現代のこと。彼らの見た地上の景色の中には先祖の痕跡などほとんど残っていなかった。
まだ地上の探索も半ばといったところではあるが、失われた歴史を紐解こうとする彼らが並行して目を付けたのがウィータンという星の外周上に浮かぶ小惑星や衛星といった類であった。壊滅的な被害を受けた惑星の内部と違い、宇宙空間では風化もなくそこにいた者達の痕跡が残り続けているのではないかと彼らは考えたのである。
エイジャックスは宇宙探査のミッションを受けてウィータンにいくらか近い場所を漂っている小惑星帯の調査を進めていた。そして彼を乗せた調査船パイソンに備わるレーダーが、周辺とは異なる材質をもった障害物の反応を検知したのだ。不審に思ったエイジャックスが反応を受けた方向に向かい、そして見つけたのがトレヴァースを乗せたロケットだった。
エイジャックスから見て、ロケットはまるで機能していない、廃棄された人工物の残骸のような有様であった。ワームホールを通る際の衝撃によってかロケットはあちこちを損傷し、もはや朽ち果てているような状態だったのである。後にトレヴァースがパイソンに向かう途中に振り返り、ロケットの様子を見た際も彼はエイジャックスが受けたこの印象を否定することはできなかった。
トレヴァースはエイジャックスに対して、自らの抱える目的をありのまま打ち明けた。
地球という惑星で、彼の創造主たちがコスモリアン達によって滅ぼされた後に一人生まれたこと。オーダーに則り長い年月をかけてコスモリアンたちを駆逐し、今は生き残った人類を探して旅をしているということ。
トレヴァースの話をエイジャックスは終始興味深そうに聞いていた。とりわけトレヴァースがサイボーグであることを知ったエイジャックスは驚いているようだった。
「それで、僕たちの星が太陽という恒星の周りを二周するくらいの時間をかけて…って、どうした?」
トレヴァースが言葉を途中で切る。彼はじっとこちらを見つめるエイジャックスの様子を見て驚いた。
「トレヴァースっ…!お前ってやつは…!!」
エイジャックスはその両の瞳に光るものを宿しながら声を震わせた。どこか泣いているように見えるその顔を、彼は拭うようにして喋っていた。
「なんて健気なんだよおっ!!」
「ええ?――…って、うわっ!」
突然エイジャックスは声を上げてトレヴァースに詰め寄り、彼の両肩を掴む。
予想しなかった動きにトレヴァースは思わず面食らったような声を上げた。
「苦労したんだなあ…、一人でここまでよく頑張ったなあ…」
エイジャックスはトレヴァースの肩を揺らしながら何度もうなずいて言った。どうやら目の前のウィータン人はトレヴァースの境遇に大いに感じ入っているらしい。トレヴァースは今しがた自分が話した内容のどこに彼が関心を示したのかがよくわからなかった。しかし、何やら悪い印象を与えているわけではなさそうだ。
そういえば彼は最初にロケットの中で出会った時も、度々大きなリアクションを返していた。これはウィータン人に広くみられる性質なのか、それとも彼が特別感情表現が豊かなのか。肩を掴まれ前後に揺らされながらトレヴァースがそんなことを考えていると、やがてエイジャックスは我に返ったようにトレヴァースの肩から手を離した。
「それで――これからまた地球人を探しに行くのか?」
瞳に溜まった液体を拭いながらエイジャックスが言った。トレヴァースは少し考え込んでから、小さく唸った。というのも、彼の乗って来たロケットは原形こそ辛うじて留めてはいるもののとても宇宙空間を旅することができる状態ではなかったからだ。
「正直、困っているんだ。せめてロケットを修理できれば……。旅の再開はそれからになるかな」
「よし!それなら一度ウィータンに寄っていかないか?」
「君たちの星に?」
「ちょうど明日帰る予定だったんだ。なに、ここからそう遠くはないさ。ロケットはここへ置いていくことになるだろうが、ウィータンへ行けば修理に必要な材料どころか、代わりの宇宙船を調達することだってできるかもしれないぞ」
なるほど、とトレヴァースは思った。トレヴァースの体に備わった機能を用いれば単身宇宙で活動することも十分可能ではあったが、こと旅となると流石に移動能力が足りず、宇宙船はこの広い宇宙で人類を探すために無くてはならないものだったのだ。代替部品の当てがない以上、旅を続けるためには彼らのコロニーを頼るほか無さそうである。
一方で、ウィータンという星を訪れることは宇宙船の修理とはまた別の確度から見てもトレヴァースの興味を強く引き付けるものがあった。それは、人類の手がかりへの期待である。
トレヴァースはワームホールを抜けて現在の地点まで辿り着いた。ということは、同じようにワームホールを抜けた人類もここと近い場所を通ったと考えられるのではないか。彼らの痕跡がこの付近の小惑星群やウィータンという星に何か残っているかもしれない。
「そういうことなら是非お邪魔したいね」
「決まりだ! さっそく手配しよう」
エイジャックスは楽し気に手を打ち鳴らして言うと、何か必要なものを整理するように指を降りながら部屋の中を往ったり来たりした。
「僕の方からこんなことを言うのもおかしな話だが、何かこう、嬉しそうだね?」
トレヴァースがそう声をかけると、エイジャックスは楽しげな様子で彼の方を振り向いた。
「そりゃあそうさ! まったくの未知の惑星から来た客人をもてなす機会なんてそうあるものじゃない。宇宙へ出てきて良かった」
エイジャックスはそう言って笑った。
「しかしいいのかい? 僕みたいなのが急に現れて、そちらの星の人々は驚いたりはしないだろうか」
エイジャックスの様子を眺めていたトレヴァースが尋ねた。するとエイジャックスは何か思案するような声を漏らした後、「大丈夫だ」というように腕をひらひらと振った。
「まあ、遠い惑星からやって来たサイボーグの報せはなかなかに星を賑わすだろう。どうしたって多少の騒ぎはあるかもしれないが…、とはいえ実際に触れあうのはごく一部の者達くらいだろうよ。こう見えても俺はそれなりの肩書を持っていてね。快適な滞在環境を提供するくらいならわけないのさ」
エイジャックスは落ち着いた様子で言う。それから彼は何かを思い出したように視線を泳がせた。
「ああ。ただ、向こうにいる仲間の何人かが質問にやってくるかもしれない。その時は…どうか付き合ってやってほしい。ウィータンで出会う連中が悪い奴らじゃないというのは俺が保証するよ」
「ああ、そんなことか。僕でよければいくらでも付き合うよ」
「…適度でいいからな? 奴ら、調子に乗るといつまでもつきまとう」
エイジャックスはそう言って困ったようにため息をついた。ここにはいない、何か別の者達に向けられているような声音だった。
「さて、それじゃあ俺は支度を整えてくるよ。空いている部屋がいくつかあるから、適当にくつろいでくれて大丈夫だぜ」
エイジャックスは明るく笑ってそう言うと、船内の別のエリアへと消えていった。
次回更新は2月16日午前2時ごろの予定です。
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/脳内企画@demiplannner




