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Chapter1-5 はじめの一言


 ロケット内部で各種装置の起動を伝えるような低い音が響いた。操縦室をはじめとする船内の各所に取り付けられたライトが灯り、衝撃で破損した壁や計器がその姿をはっきりと現した。


 トレヴァースと目の前にいる宇宙服を着た生き物はたどたどしく意思の疎通を試みていたが、未だにはっきりとしたやりとりはできないでいた。



 「■■!■■■■■■……」



 宇宙服の話す、地球のどの言語とも重ならないその言葉の内容をトレヴァースは理解することができなかった。所々で区切られる発話の様子や同じような発音が何度か繰り返し聞き取れるといったところからは文法らしきものの気配が窺える。これが単なる鳴き声でなく文法や体系に基づいた言語であることは間違いなさそうであった。ただ、その全貌を理解するためにはもうしばらくの時間が必要だった。


 相手の言葉を理解することができないのは宇宙服の生き物も同じようで、こちらもトレヴァースの語り掛けに対して困ったように首を傾げるばかりであった。


 するとそれまで慌ただしく話しかけてきていた生き物は一度言葉を切り、両の腕で頭を抱えて何か考え込むような仕草をとった。小さく唸りながらその場でうろうろと足踏みをする様子をトレヴァースは静かに眺めた。


 しばらくすると生き物は何かを思いついたように立ち止まって、トレヴァースの方をまた振り返った。

 

 生き物は右手をゆっくりと己の胸元へ向かって引き寄せ、手のひらで胸部を三度叩いた。

 

 腕を伸ばし、引き寄せ、胸を叩く。その動作を生き物は繰り返した。



 「――■■…■■■…■■」



 動作に合わせて生き物が何かを話しはじめた。



 「■■…■■■…■■。■■…■■■…■■」



 同じ発話が動作と一緒に繰り返される。それを聞いたトレヴァースは最初三つのフレーズからなる言葉だろうかと考えたが、どうも相手の様子からそれは違うように思えた。


 宇宙服の生き物は彼に何かを伝えようとしていて、きっとそのためにシンプルな内容をゆっくりと話しているのだ。とすれば発声の区切りはフレーズの区切りではないだろう。このシチュエーションで複雑な意味の言葉を伝えようとしているとは考えにくい。相手の話し方を考慮すれば、これは三音からなる一単語を聞き取りやすくゆっくりと喋っているのではないか。そしてその単語が指す意味には、きっとあの胸を叩くような動きが関わっているのではないか。

 

 トレヴァースは相手の動きを観察しながら、そこに込められた意味を探る。


 しばらくしてわかったのは、発話が開始されるタイミングであった。発話は決まって手のひらが胸を叩くのと同じタイミングで行われていた。彼はそこから、相手の話している内容がそのまま相手自身にまつわることであるということであると推測した。大分候補として絞り込むことができた。とトレヴァースは喜んだ。


 相手自身にまつわること、つまり宇宙服の生き物の「今の状態」を伝えようとしているのだろうか?


 トレヴァースは改めて相手の姿を見た。状態を指すとすれば、相手は空腹や怪我、現在の精神状態といったものを伝えようとしていると考えられるが、見る限り何か特別おかしな状態であるようには見えなかった。特に逼迫したふうでもない相手の様子からしても、伝えたい内容は自分の状態や状況といったものではないように思える。トレヴァースはまた一つ候補を絞り込んだ。


 きっともっとシンプルな内容だ。と彼は思った。


 相手が伝えようとしているのは、彼らの持つ言葉の内でも特に解釈に差がでにくい、何かの定義づけにも近い言葉だ。


 そう考えたトレヴァースは一つ試してみることにした。



 『――■■…■■■…■■』



 宇宙服の生き物と同じ声をした台詞が部屋に響いた。といっても、その声はトレヴァースの目の前にいる相手から発せられたものではない。トレヴァースは取り込んだ相手の声の波形を解析し、そっくりそのまま自分の口から返して見せたのだった。目の前で宇宙服のヘルメットが揺れ、明らかな反応を相手は見せた。


 次にトレヴァースは右手をあげ、ゆっくりとした動きで自分の胸を三度軽く突いた。



 『――■■…■■■…■■』



 胸をつつきながら宇宙服の生き物が言った言葉を再び繰り返す。

 彼はそうして目の前にいる相手の様子を確かめた。するとすぐに相手は何か慌てたような様子で身を揺らした。


 それは何らかの意思を示すジェスチャーとも取れる動きであったが、トレヴァースにその厳密な意味はわからない。しかしそのジェスチャーはトレヴァースの行動に対して取られたものであることは明白であり、何か相手の意にそぐわない結果を出してしまっているのではないかと推測できた。


 今の行動に対して否定的な反応を返されてしまったということは。ここに至りトレヴァースは何かを確信した様子で頷く。


 彼は再び右手を上げると、今度は相手の宇宙服の方にその手を伸ばした。人差し指を突き出して、指の先を相手の胸部に近づける。



 「――エイ…ジャッ…クス」



 指を動かしながらトレヴァースが口を開く。彼はこれまでの波形から再現した相手の言葉を自分の声でもって発音した。


 それを聞くやいなや、宇宙服を着た生き物は興奮した様子で声をあげた。嬉しそうに揺れるヘルメットから聞こえてくる声は、これまでと違い明らかに喜びを表すような楽し気な声音であった。



 「エイジャックス」



 トレヴァースが指さしてそう言うたびに、相手は喜びの声を上げる。

 やはりそうだ、とトレヴァースは満足げに頷いた。先ほどから宇宙服の生き物が伝えようとしていたのは、自分の「名前」だったのである。


 目の前の小さな人型の存在から自己紹介を受けた。とすれば、こちらからの返答にふさわしいものは一つだろう。トレヴァースはそう考え、右手を再びあげて今度は自分の胸を指さした。



 「トレヴァース」



 胸をつつきながら一言そう言った。その様子を目の前の宇宙服は興味深そうにじっと眺めている。



 「エイジャックス。――トレヴァース」



 トレヴァースは相手を指さし、そして次に自分を指さして言った。

 彼が伝えたかった意図がどれほど伝わったのかは、その後の相手の反応を見れば明らかであった。



 「■■■トレヴァース!! ■■■■■■■■■■――ッ!!」



 宇宙服を着た生き物は先ほど以上に全身を使って喜びの声をあげていた。

 この瞬間にしてようやく、地球生まれのサイボーグと地球外生命体は初めて共通の理解を持つに至ったのである。


次回更新は少し間が空いて、2月13日午前2時ごろの予定です。


Twitterで更新情報など出してますので、よかったらどうぞ!

/脳内企画@demiplannner

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