Chapter1-4 接触
トレヴァースは暗い操縦室の中で息をひそめ、周囲の物音をすべて拾えるように耳をそばだてていた。当初彼は船内の明かりを復旧させるつもりであったが、今の状況においてはそれを控えておいた良さそうだと考え直していた。正体のわからぬ相手に対してはまずこちらからは動かず、相手の出方を見るというのが彼のやり方であった。
船体の上部で何か硬いものがぶつかるような音がする。それは二度三度と続けて繰り返されると、やがて小さな衝撃が走ったのを最後に聞こえなくなった。しばらくすると、今度は何か驚いたような発声と共に一人分の着地音が船内に響いた。衝撃で足場が乱れたのか、がらがらと辺りのものが散乱するような音が聞こえた。
船外にいた生き物がロケットの中に入ってきたことは明白であった。ただ、自らの意思で進入したというよりも内部の重力場装置の効果範囲に触れたことで引きずり込まれてしまったという言う方が実際の様子に近いだろうか。なにやら驚かせてしまったようだが、とはいえ相手自身もこの船に進入しようとしていたのだから、気にする必要はないように思えた。
問題なのは相手の目的である。はたして無断でこの船に押し入ってくるような輩が無害な存在だという可能性はどれほどあるだろうか。
侵入者への対応方針を考えながらトレヴァースはゆっくりと音のする方へ近づいていった。
それほど大きくもない船内であったため、トレヴァースはすぐに侵入者の姿を捉えることができた。視界の中の少し離れたところに二足歩行をする人型の生き物の姿が映る。先に検知して得ていたデータ通りのシルエットであった。
よくよく見てみれば、相手は銀色の装備を全身に纏い、きょろきょろと辺りを見回している。手にはライトを持ち、それをあちこちに向けては船内を照らして調べているようだった。
着ているのは宇宙空間を移動するために人類やコスモリアンが身に着けるような、いわゆる宇宙服といった類のものであろうか。ところどころ金属製の部品らしきものが取り付けられているが、全体を見れば柔らかそうな材質で構成されている。装甲というよりも衣類、まさに服と形容するのが適切のように思えた。頭部のすべてはヘルメットで覆われており、その中身を見ることはできなかった。
じっと相手の姿を一心に見つめていたトレヴァースは、己の内に弾むような感覚を覚えていた。彼の目に映る相手の姿は、コスモリアンにしては身長が低すぎるが、人類としてみれば十分許容される大きさの体躯のように感じられた。彼は思わず宇宙服を着た何者かの姿に在りし日の人類を重ねたのである。
トレヴァースは相手の姿をより間近で見ようとしてさらに近づいた。
それから数歩ほど足を進めた時、彼の足音に気が付いた宇宙服が、持っていたライトを横にスライドさせて光を向ける。
すぐそばまでやってきていたトレヴァースの姿が暗闇の中でライトアップされ、背の高い彼の姿が空間にぼんやりと浮かび上がった。
相手が振り返ったことでトレヴァースは思わず動きを止めてしまった。
ライトを向けた宇宙服はトレヴァースを見上げたまましばらく動かなかった。あまりの反応の無さに、トレヴァースは思わず首をかしげる。それからもう少し時間が経ち「なあ…」と彼が口を開きかけた時であった。
「■■■■■■■■■■■■――――!!!!」
目の前の相手は意味不明な叫び声をあげて飛び上がり、慌てた様子でトレヴァースに背を向けて逃走したのだった。
「なっ…ええ!?」
予想外の反応にトレヴァースも驚き、思わず声をあげる。目の前から走って逃げ出した宇宙服は腰が抜けたように足元もおぼつかない様子で彼から距離を取った。それから物陰に身を潜めると、こちらを窺うように頭部だけを覗かせた。
トレヴァースが少し身を動かすと、向こうは警戒した様子でその身を震わせた。
「まいったな……」
トレヴァースは呟いた。これまでコスモリアンとの闘いに明け暮れていた彼にとって、こういった反応は正直に言えば予想していなかった。
彼は困ったように眉をひそめて物陰の方を見やった。相手はこちらを警戒したままで、自分から動き出すようなそぶりは見られない。積極性を持った敵対的存在というわけではないのかもしれないと、トレヴァースは自分の中でそうひとまずの仮定をつけた。
ともあれこのままでは埒が明かない。今現在トレヴァースは相手を非常に警戒させてしまっているが、それは彼自身の身にしても同じことで、実際のところロケットが漂っているこの場所がどこなのかもわからないのだ。
それに、とトレヴァースは一つ溜息をついた。
謎の生き物が背を向けて走り去った時、彼はそこで初めて今まで見えなかった宇宙服の背面部分を目にした。相手の宇宙服は腰のあたりから脚部にかけてなめらかな曲線を描いていた。しかしそれとは別に枝分かれするようにして腰のあたりから細長い尻尾のような形で輪郭を突出させてもいた。
最初、あれは何か宇宙服独特の特殊な機構なのかもしれないと彼は思った。例えば酸素や電気など、宇宙空間での活動に必要な何らかのエネルギーを供給する装置と繋がるチューブではないのか。
しかし残念ながら腰から伸びた部分の先には何も繋がるものはなく、ただ重力に逆らいひらひらと揺らめいているのみであった。しなやかに揺れるその動きからは、何か筋肉の働きさえも感じられる。
はたして、地球人に尻尾はあっただろうか?
期待していた分落胆した気持ちはあったが、意識を切り替えていくことにした。
トレヴァースは両手を広げ、敵意が無いことをアピールする。彼はこちらにコミュニケーションをとる意思があるということを示す精いっぱいのジェスチャーを送った。
トレヴァースの意図がどこまで伝わったのかはわからないが、やがて宇宙服は徐々に物陰の前に姿を現し、恐る恐るといった様子で彼の立っている場所まで近づいていった。
お互いが目の前まで近づき、しばらく二人はそのまま見つめ合っていた。
トレヴァースはなんと声をかけようか迷い、相手も同じ調子のようであった。
「――■■■!……■■■■■■?」
宇宙服のヘルメットが揺れ、何か話しかけられた。
「えっと……」
「■■■!■■■■■!」
返答に窮するトレヴァースに対して宇宙服はしきりに話しかけ続けてくる。先ほどまでの慌てようはどこへ行ったのか、前のめりな姿勢で相手は詰め寄ってきた。
薄黒いヴァイザーによってヘルメットの奥にある表情は良く見えなかったが、怒っているわけではなさそうだ。しかし、とにかく興奮しているようではある。
さて困った、とトレヴァースは思った。
ひょこひょこと身振りを交えながら語られるその言葉は、地球上に存在したどの言語と重なるものではなかったのだ。
次回更新は2月10日午前2時ごろの予定です。
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/脳内企画@demiplannner




