後編
年が明けた。
元旦に近所の神社に一人で初詣に行って、それ以降は下宿先のアパートで寝正月だった。おかげで読まずに積まれていた本が全て消化されていた。
今年は冬季休業が成人の日まで続いていて、去年よりもゆったりとした新年になった。正月には帰らなかったが、成人式には帰らなければならないと思ったので、さすがに帰省した。
帰省したら、当然のごとく親類含めてお叱りを受けた。
それらの小言を聞き流して迎えた成人式は楽しかった。
昔の友達に会ったとても懐かしかったし、過去に好きだった子がより一層かわいくなっていていたのも驚いた。
けれど、優希にはそれ以上に楽しみなことがあった。
「ただいまー」
明日の新年初登校に備えて、午前中に家を出て下宿に帰ってきた。
白い簡素なドアを開けて、誰もいない空間に向かって帰りを告げる。
当然のように冷たさと静けさが返ってきただけだった。
もう部屋の中は暗く、かろうじて空に残る夕焼けの残滓が物の輪郭を映している。
優希は部屋の電気をつけて、服を部屋着に着替えてから帰省用の荷物を片付けた。
一日の疲れを早く取るために風呂も済ませて、空も真っ暗になったころようやく一息ついた。
ベッドに寄り掛かり、天井を眺める。
「明日だるいな……」
ふっと口をついて出た。
休みが続いてからの久しぶりの学校というのは、何回経験したとしても憂鬱になる。
「ん?」
枕元に投げてあったスマホが振動した。
そこからは動かずに、手だけを伸ばしてスマホを手に取った。
だが、開いた画面を見てがばっと飛び起きる。
スマホを両手に持ち、画面を見つめる。
『芦科芽春』
絶対に見間違えることのない名前が液晶に表示されていた。
優希はさっそく通話ボタンを押して、スマホを耳に押し当てる。
「こんばんは。お久し振りです」
『こんばんは、逢沢さん。お久し振りですね』
芦科さんとの電話は新年に入って二回目だった。前回の電話からは一週間が過ぎている。
『そちらの成人式はどうでしたか?』
「懐かしい人たちにも会えて楽しかったですよ」
『そうですよね。久し振りに会ったら、見違えるようになっていて、その変化を見るのが結構楽しいですもんね』
どうやら芦科さんも成人式を楽しんできたらしい。
『それで、年末に言った水族館の話なんですけど、今週末に行きませんか?』
やっぱり。
優希は心の中で、電話が来た時に思い至っていた内容が合っていたことに密かに喜びを感じていた。
「というと、鳴海水族館ですね」
『そうです! さすが逢沢さんですね。確認済みでしたか』
「今年から新要素追加と言われてしまったら行くしかないですよ」
水族館の話をする時の芦科さんが一番、テンションが高い。
それにつられて、普段以上に優希のテンションも上がっていく。
ひとしきり盛り上がった後、時間を確認する。
『では、日曜日の午前十時に鳴海海岸駅の南口で待ち合わせましょう』
「分かりました。楽しみにしています」
『わたしも楽しみです。それでは、おやすみなさい』
「おやすみなさい」
電話を切った優希からは体のだるさは消え、テキパキと寝る準備を整えいつもよりも早く就寝した。
*
週末に楽しみにできたことで、毎年憂鬱な新年最初の講義を幸福な気持ちで乗り切ることができた。
いいスタートを切った新年。
食堂に行くと、優希を呼ぶ声がひとつ
。
「おーい。こっち空いてるぞ」
クリスマス前に例の会話をした友人が空いている席を指さしていた。
昼食の時は混雑するこの食堂も、大きな声を張り上げれば目立つし、すぐに見つかった。
優希は受け取ったA定食を持って、その席に着く。
「よう、クリスマスにぼっち水族館を決めた勇者よ」
「そっちだって男だけでイルミネーション行ったじゃないか」
「そうだな。 ……あれは辛かった」
そいつの顔が如実に暗くなる。
「すれ違うたび、すれ違うたびに目に入ってくるのはリア充ばかり」
「それはそうだろ」
それを覚悟してお互いにクリスマスの街に繰り出したはずだ。
だが、ここでさらにそいつの顔がゆがんだ。
「けどよ、すれ違いざまに『男だけで集まるのはいいとしても、イルミネーション来るとかダサ。来るなよ』って言われたんだぜ」
叫ぶようだった言葉は、最後には蚊の鳴くような声になってしまっていた。
これには優希も同情せざるを得ない。
確かにそんな言葉を浴びせられたら、心がどんなに強靭でも平常心を保つのは難しいだろう。
苦笑いしながら定食の味噌汁をすする。
「で、お前の詳しい話を聞かせろよ」
「詳しい話って?」
「水族館に行ったんだろ? あそこだってリア充の巣窟じゃないか」
そう言われてその日のことを思い出す。
けれど、どこからどう話せばいいのか分からない。
優希の方は、非リアの悲しい話などではなく、出会いの話だからだ。その上、今週末に会うなんて言ったらどうなることか。
……確実に敵、つまりリア充として認定されかねない。
「そうだな――」
食堂の一点が目に留まった。
話し始めようとした優希の口が止まったのを不審に思った友人も優希の視線を辿って食堂内に視線を巡らせる。
やがて、優希と同じ位置に定まった。
「ああ、芦科さんか。かわいいよな」
「あ、ああ」
友人の一言はほとんど耳に入らない。
優希の眼は芦科さんを見つめていた。
「うちの大学でもトップクラスにかわいいと思って、狙ってみようかと思ったんだけどさ。いつもあの先輩と一緒にいるんだよ。がっかりだよな」
そんな友人の言葉は微塵も優希の意識には届かない。
あの芦科さんが男の人と食堂で食事をしている。その事実を頭で飲み込むことで精いっぱいだ。
「お前も、諦めろ。その様子じゃ一目ぼれでもしたんだろ。あーあ、どうしてかわいい女の子にはもう男がついているのかねー」
友人がぼやいている。
確かにそうだ。なんでかわいい女の子には既に男がついているのだろう。
なんで、芦科さんは声をかけてきたのだろう。
週末に水族館に誘われて舞い上がっていた。勝手に期待してしまっていた。
なんで、誘ったんだ。遊ばれていただけなのか。
あの笑顔も、楽しそうな声も、偽物だったんだ。
芦科さんとその男が食事を終えて席を立った。そして、食器の返却口のあるこちらの方へ歩いてくる。
「悪い」
優希は手を合わせて席を立つ。
すれ違う時にどんな顔をしていいか分からない。
今は、芦科さんの近くにいることすら耐えられそうになかった。
芦科さんに存在を知られないように席を立つ。だが、少し遅かった。
「……あ」
目が合ってしまった。
芦科さんはほころぶように笑みを浮かべた。
その笑顔は優希の心を深くえぐるだけだった。
ごめんなさい。
優希は罪悪感を抱きつつも、顔を伏せて足早にその場を離れた。
食堂を出るまで、優希は後ろにいるであろう芦科さんを振り返ることはできなかった。
ささくれだった気持ちは夜になっても消えなかった。
幸福だった年始が、一気に憂鬱なものに変わった。
何もやる気がおきない。
簡単なものでも毎晩自炊するように心がけていた優希だが、今日はカップ麺で晩御飯を済ませていた。
新年早々に課題が出たというのに、ベッドに寝転がって無意味に天井を眺めていた。
好きになりかけていた。
いや、あの日会った時から好きになっていたんだ。
だからこそ、今日の食堂であれだけのショックを受けたのだから。幻滅だ。
あんな純粋そうな雰囲気のくせに。
ふつふつともどかしい思いが胸を支配する。苦しい。
「誰だ?」
ほとんど無音だった部屋に、騒がしいバイブの音が鳴る。
少し苛立ちながら優希は起き上がり、机の上のスマホを手に取る。
『Meharu』
画面にはそう表示されていた。
昨日まで、いや、今朝までならすぐにでも応答していた。
けれど、指が応答ボタンの上をさまよう。
結局、優希はその電話に出ることは無かった。
*
そして週末。
今年一番の寒波が来襲していると、天気予報では言っていた。
その言葉通り、凍てつくような風が激しく吹いていて、柱の風下側に立っていてもそれごと凍らされそうである。
優希は着ているコートの襟もとを持ち、寒さに丸まっていた。
早く着きすぎてしまった。まだ、三十分も待ち合わせの時間まではある。
昔から余裕を持って行動しようとすると、過剰に時間に余裕を持たせてしまう。結果、時間を無駄にすることになる。
優希はこの癖を直したいと思っていたが、なかなか治ってはくれなかった。
「はあー……」
冷えてきた手に息を吹きかける。白い塊が赤くなっていた手を覆って消えていった。
時計を確認しても、待っている時ほど時間の進みが遅いものはない。
ここまで憂鬱な気分ならばなおさら長い。
あの日、優希の芦科さんへの気持ちは砕け散ったはずだった。
電話には出なかったが、トークアプリにはメッセージが残っていた。
『逢沢さんが来ないとしても、わたしは待ってるから』
ずるい。
自分の甘さも嫌になる。想いは断ち切ったはずなのに、こうやってのこのこと待ち合わせ場所に来ている。
本当に幻滅しているのなら、来なければいいのに。
寒い中待っていたせいで芦科さんがどうなっても気にならないはずだろう。
何を期待してしまっているのだろうか。
優希は自分のことを鼻で笑うしかない。
体感で時間がずいぶんと経った頃。
「お待たせしました!」
少し小走りになって芦科さんが優希の前で立ち止まった。
今日は白を基調とした服を纏っている。寒い空気に溶け込んでいるかのようだった。
時計を気が付かれないように確認すると待ち合わせの五分前。常識的な時間だ。
「鼻が赤いです。どれくらい待っていましたか?」
心配してくれている声に思わず優希の胸は正直に高鳴る。
「ほんの少しですよ。五分くらい」
目をそらしながら優希がそう答える。
「少なくともその赤い鼻は五分じゃないです。長く待たせてしまってすいません」
「……」
本当に済まなそうな顔をして謝る芦科さんに優希の邪推はかき消されそうになる。
芦科さんが優希の目を下から覗き込むようにして見た。
「その……」
言い淀んだ芦科さんの顔が下を向いてしまう。
両手を握って胸に当て、縮こまってしまっている。
「ごめんなさい」
腰を深く折って頭を下げる芦科さん。
「食堂で、挨拶してもらえなくて。デートに誘っておいて、他の男の人といるなんて外から見たら酷い女の子ですよね。あの時、気分を害されたのならすいません。けれど、あの男の人とは何もないんです。特別な関係でもありません。本当にそういった感情は持ち合わせていないんです」
芦科さんの瞳が冬の太陽のもとでもキラリと光る。
泣きそうなのか?
優希は芦科さんの必死さに何も言えない。
口を挟んだら、本当に泣いてしまいそうだった。
「これだけは、絶対に伝えておきたかったんです。信じてもらえるかはわかりません。けれど、伝えなかったら後悔すると思ったんです!」
優希の眼をまっすぐに見つめる芦科さんの澄んだ瞳は、人を弄ぶような人の目ではなかった。
「……電話に出てもらえなかったので、こんな卑怯な方法で会ってしまいました。来てくれないと思っていましたけど、逢沢さんは来てくれました。優しいんですね」
「いや、それは……」
行かないという選択肢が一瞬でも頭をよぎってしまった自分がこんな言葉をもらってもいいのだろうか。
言葉を紡ぐことができない。
「そんな女の子と一緒に歩くなんて嫌……だよね。でも、今日は一緒に水族館を見て回りたいな。お願い」
芦科さんは長い言葉の後に、笑って見せた。
けれども、目尻に水滴の見える笑顔は本当の笑顔なのだろうか。どこか悲しみもはらんだその表情に、優希の胸は締め付けられてしまう。
そんなこと言われたら、女の子にこんな表情をされたら。
芦科さんにこんな顔をさせてしまった自分が、情けなく感じてしまう。
優希は自分の中のモヤモヤした感情に区切りをつけるように目を閉じて、決めた。
「……うん。一緒に行こう」
*
水族館に入館した芦科さんは初めぎこちなく優希の方を気にしていたが、今は水槽に向かって貼りつくように立っていた。
優希はその一歩後ろに立って、新年の水族館の雰囲気を感じていた。
濃紺、藍の色に包まれた空間はいつも通りだ。
そのうえで新年を示すように入館口の四頃には正月飾りを模した水槽が鎮座している。
ここ鳴海水族館ではクリスマスの時に盛大なイベントを開いた後に、年を越した後にもクリスマスの延長のようにささやかな形で館内を飾り付けている。
飾り付け自体はクリスマスの方に力が入っている。
けれど、クリスマスのイルカショーや装飾と同じか、下手したらそれ以上にきれいなのが新年の大水槽のイルミネーションだ。
このイルミネーションは常に点灯しているわけではなく、隔日でショーのような形で光の躍動する様を見ることができる。
館内には人が少ない。イルミネーションは夕方にならないと始まらないし、それまでは新年だからか混んでいない。
それがより優希のささくれた気持ちを和らげ、リラックスさせていた。
やっぱり、自分が素直になるのは水族館だ。
一緒に行くと言ったら、芦科さんは安堵したように息をついた。
力の抜けた笑みを浮かべてから、横に並んで遠慮がちに手を握ってきた。
女の子と二人きりの状況にも慣れていないのに、ここにくるまで手をつないでしまっていた。
その間にも、優希の心には負荷がかかっていたのだ。
なぜ俺は手をつないでいるのだろう。
一度は不信感を抱き、今も継続して持ち続けている。より掴みがたい感情となって。
同時に、こんな純粋な人と自分が手をつないでいいのだろうか。
そんな正も負もないまぜになった感情が体中を駆け巡っていく。
解決のできない感情は人を疲労させる。
ただ、入館して手を放したときに安堵と同時に物足りなさも感じてしまった。
芦科さんは本当に楽しそうにしていた。それとても嬉しいことだ。
せっかく来たのだ。
楽しんでくれていることで、優希の心も救われる。
優希も水族館で落ち着くことができている。
新要素が追加されている水槽や、飾り付けられている水槽。
その中を泳ぎ、歩き回る海の生き物たち。
これまでの事や、時間も忘れて見ていた。
けれども、気が付いた。
目で追うものが、魚ではなく芦科さんに代わっていた。
水槽に反射して見える優希の顔は、大好きなものを見る顔と同じだった。
「ああ、そうだよな」
苦笑交じりの吐息が漏れる。
優希は、最初から分かっていたはずだった。けれど、再確認させられた。
――俺は芦科さんのことがどうしようもなく好きだ。
優希は芦科さんの後姿を眺めながら、一人納得していた。
たかが目の前で他の男と話していただけで不信感を抱くなんて、芦科さんのことが大好きだからこそ抱く感情じゃないか。
それで幻滅したとか言っても、結局こうして会いに来てしまっている。嫌いになんてなり切れないんだ。
水槽を眺める横顔は無邪気に笑っていた。大好物を目の前に置かれたときのワクワクとしたうずうずとした子供の表情に似ていた。
いや、本当にそうなのだ。芦科さんにとって水族館は、海の生き物たちは大好物なのだ。
「逢沢さんっ!」
勢い良く振り向いたせいで、若干大きな眼鏡がずれる。
それを何事もなかったかのように直した芦科さんは、満面の笑みを湛えた。
「イルカってかわいいですね!」
身構えていた。平凡で、それでいて等身大のかわいさを持った言葉。
「……そうですね」
言葉に詰まった優希は当たり障りのない言葉を苦笑いで返すことしかできなかった。
「次はシャチですよ!」
またもや芦科さんは水槽にはりついて、心の声を漏らし始めた。
そろそろ危ない人として見られていそうで、正直恐い。
優希は小走りに館内を移動する芦科さんについて、水族館をまわった。
ここ鳴海水族館には何回も来ている。でも、芦科さんと一緒に来た水族館は新鮮味に溢れていて、とてもドキドキするものだった。
*
どれくらいの時間が経ったのだろう。
閉館のアナウンスが流れ、周りから人がいなくなっていく。
目の前の水槽をペンギンが端から端まで横切った。
ペンギンの水槽の前はちょっとした段差があり、休憩できそうな広さの空間を持つ。
水槽側から漏れ出てくる淡い水色の光以外に照らしてくれるものはない。波打つ光が空間を静かに支配していた。
時折、微かに聞こえる水音さえも静寂を際立たせている。
間近でペンギンを眺める芦科さんを、優希は段差に座って眺めていた。
この無言の空間が心地よかった。
「そろそろ閉館です。もう帰らなきゃいけませんね」
肩を落として芦科さんが隣に座った。
「そうですね」
周りには誰もいない。
イワトビペンギンと目が合った気がした。
「行きましょうか。出ないと迷惑かけちゃいますから」
芦科さんが立とうとする。
今ここで伝えなかったら後悔する。
会った時の芦科さんの言葉が頭の中で返ってきた。
「……え」
芦科さんが驚いたように自分の手を見た。
優希も自分自身の起こした行動にびっくりしている。
立ち上がりかけていた芦科さんの手首を、優希の手が掴みとどめていた。
視線が交わる。
時よ、止まれ。そう思った。
「食堂で、目が合ったのに挨拶もしないで、無視してごめん。あの時はどうかしてた」
まずは謝れ。
芦科さんは勇気を出した。今度は優希の番だ。
――俺がはっきりと伝えなきゃいけないんだ。
「けれど、気が付いたんだ。分かったんだ」
思いの強さを表すように、優希の手に力がこもった。
「俺は、芦科さんのことが好きです。大好きです」
芦科さんの頬が朱に染まり、目には涙がたまっていく。
一筋の滴があふれて零れた。
「わたしも、大好きです」
今朝とは違う、幸せそうな泣き笑いだった。
「これからも、一緒に水族館に行こう」
洒落た言葉なんて思いつかない。
ただ、この言葉が自分らしいと思った。一番、芦科さんとしたいことだったから。
「うん、うん。一緒に水族館に行こうね」
嬉しそうに何回も頷き、眼鏡を取って涙をぬぐった。
そして芦科さんは腕を伸ばすと優希の首に抱き着いてきた。
「こんなことするの、優希くんだけなんだからね」
耳元で囁かれた。
微かに熱を持った吐息が耳をくすぐる。名前で呼ばれるのはむずがゆかった。
至近距離で顔と顔が向かい合う。
「……あ」
雰囲気に背中を押された。
自然と顔は寄っていき、瞼をおろす。
唇が静かに重なった。
* * *
優希は大学の廊下を歩いていた。
告白して恋人同士になったとはいえ、あの男の存在は気になってしまう。
今日、その男と俺は会う。
果たして角を曲がった先に芽春がいた。
あの男も一緒だ。楽しそうに談笑している。
「あ、優希くん」
芽春がこちらに気が付いて手を振ってくる。
優希も手を振り返して駆け寄った。
「君が逢沢優希くんか。よろしく」
芽春の隣にいた男が手を差し出してくる。
「初めまして。こちらこそよろしくお願いします」
挨拶が済んだのを確認すると、芽春が一歩前に出て男を紹介した。
「わたしのお兄ちゃんで芦科海斗っていいます」
「え……」
驚きの真実だった。
「いや、驚いたよ。かわいい妹になんで彼氏の一人もできないのかと思ったら、悪い男が近づかないように俺が近くにいたせいなんだな。まさか、男が全員寄ってこなくなるなんて。しかも、それで変な誤解をさせちゃったみたいで悪かったな、逢沢くん」
「いえ……」
まさかのシスコン兄だった。
完結です。
読んでいただき、ありがとうございました。