【100作達成記念作品】息子の疑問
最近、私の息子、祐介の様子がおかしいように感じる。
「おはよう、祐介」
「…」
祐介は返事することなく、テーブルに座って、朝食を食べ始めた。この間までは、夢で見たことを話していたが、それも全くなくなっていたのだ。
「何だ。怖い夢でも見たのか?どんな夢か聞かせてくれないか?」
「別に、話すほどのもんじゃないし…ごちそうさま」
祐介は朝食を済ませると、早々にリビングを離れ、自分の部屋へ向かった。私は祐介の変貌ぶりに戸惑っていた。それは妻も同じだった。
「あいつ…どうしたんだよ?」
「し、知らないわよ。気付いたらあんな感じだったのよ」
俺も妻も心当たりはない。それまでは良好に関係を築けていたはずだ。それなのに、祐介はどうして素っ気ない態度を取るのか。何か理由があるはずだ。
(子育てって、難しいなぁ…)
祐介は歯磨きを済ませ、制服に着替えると、そのまま学校へ行こうとした。“行ってきます”との声もない。
「おい、祐介。お前、本当にどうしたんだ?いつもと違うぞ。何かあったのか?」
「別に…言っても分からないと思うけど…。」
「えっ?お、おい…」
祐介はこの一言を言い放った後、家を出た。私は祐介の一言に、呆然としながらも、仕事へ行く準備を進め、出勤した。しかし、足取りが重い。
(俺たちが何をしたってんだよ…)
私が仕事中も祐介のことを思い出してしまい、手が止まってしまう。それでも何とか終わらせて帰宅すると、祐介は自分の部屋に篭った後だった。夕食を済ませると、私と妻は祐介のことで話をした。
「あいつ、何か言ってたか?」
「ううん。どんなに聞いても何も言わないのよ。きっかけもないのに、ああなるなんて考えられないわ」
「そうか…あいつも思春期に入って、いろいろ難しい時期に入ってるんだろうな」
日曜日。妻が出掛けるので、家には俺と祐介と二人きりになる。相変わらず、祐介は俺たちに素っ気ない態度を取っている。未だに原因は分からぬままだ。もちろん、このままでいい訳がない。
「祐介、ちょっと来てくれ」
私は祐介を外に連れ出そうとした。しかし、祐介は無視する。
「どうした?何か用事でもあるのか?」
「いや、ないけど…」
「暇だったらちょっと付き合えよ。家にいてもつまらんだろ?」
「チッ…」
祐介は舌打ちしながらも立ち上がった。私は祐介を車に乗せ、家を離れた。祐介は車の中でも黙ったままだ。ここで抵抗しても無駄なことが分かっているのだろう。
「着いたぞ」
車を走らせ約二十分、到着したのは大きな川の堤防沿いにある公園だった。ここに車を止め、園内に入った。
「ほら、これ着けて…」
私は祐介に野球用のグローブを手渡し、装着させた。私も装着し、ボールを持って向かい合う。今から祐介とキャッチボールをするのだ。
「いくぞ!」
私はボールを祐介のグローブに向けて投げた。祐介は慌てながらも、ボールを受け止め、私に投げ返す。祐介が投げる姿に、幼い時の様子が重なる。
「ハハハ…小さい時は、こうしてよくキャッチボールしたな。お前、強く投げすぎて後ろにそらすから、俺が何度走って取りに行ったことか…」
「そんなの…お互い様だろ?父さんだって、全く違う方向に投げてたじゃないか」
祐介は浮かない顔をしながらもボールを投げた。これで、少しでも緊張が解れててくれるといいのだが…。
「よしっ、ここまでにしよう」
私は体がだいぶ暖まった頃を見計らい、ベンチに向かった。近くに自動販売機があるので、飲み物を購入する。
「好きなの選んでいいぞ」
「…」
祐介は何も言わずボタンを押し、コーヒーを取り出した。私もコーヒーを購入し、祐介と共にベンチへ座る。祐介が一口飲んだのを確認し、真相を聞き出す。
「祐介、どうしてお前をここに連れてきたか、分かるか?」
「知らない…」
「心当たりないのに、お前をこんな所に連れてくる訳ないだろ。思い当たる節はあるよな?」
祐介はしばらく黙った後で、こう言った。
「俺の態度が…悪いからか?」
「まぁ、そんなもんだ。最近、お前の様子が普段と違うから、どうしたものかと気になったんだよ」
「ぐっ…」
「何かあるんだろ?ここなら俺たち以外、誰もいない。聞かれたって気にしないだろうから、思ってることがあるならここで言ってごらんよ」
「……」
祐介は黙ってしまった。言いにくいことがあるのか。それとも、このまま言わずにいるつもりなのだろうか。ここで私は、祐介に揺さぶりを掛けた。
「何も言わなかったらそれでいいだろうと思ってないか?甘いな。お前が話すまで、ずっとこのままだからな。最悪、お前を置いて帰ってもいいがなぁ…さあ。どうする?」
「むしろ、その方がいいと思うんだけどな」
「な、何でだ…」
祐介は私の揺さぶりにも動じなかった。こんな強気な祐介を見たのは初めてだ。それに、公園に置き去りにすることを望んでいるのも気になる。
「俺、父さんと母さんの子供じゃないんだろ?」
「えっ?馬鹿なこと言うなって。お前は、俺と母さんの間に誕生した子供で間違いないんだぞ。顔だって俺たちにそっくりじゃないか」
「でも…だとしてもおかしいんだよ」
「なんでおかしいんだ?」
「血液型が…合わないんだよ」
「け、血液型?」
私は祐介から“血液型が合わない”と聞かされ、呆然とした。まさか、そんなことを言ってくるとはまず予想しないからだ。
「それ、どういうことだ?」
「だって、父さんはAB型で、母さんはA型だろ?それなのに、どうして俺がB型なんだよ。普通に考えたら、俺もA型かAB型じゃないといけないのに、B型なんて絶対にあり得ないよ。母さんが前から言ってるみたいに、“橋の下に捨てられてるのを拾ってきた”か、もしかしたら“産まれた後に他人の子供と取り違えた”としか考えられないよ」
これで、どうして祐介の態度がおかしいかが分かった。祐介は血液型が親と合っていないことから、自分が私と妻の子供ではないのではないかを長年悩んでいたようだ。それが思春期を迎え、やはりもどかしさを感じていたのだろう。
「だから…もう家を出るよ。自分と血の繋がりがないのなら、もういる意味がないさ。今まで迷惑かけて…ごめんなさい。だからもう、俺のことは忘れていいからね…」
祐介は目に涙を浮かべていた。このままでは本当に家出してしまうかもしれない。私は祐介の肩を抱いて引き寄せた。
「馬鹿だなぁ…なんでそう思うんだよ。お前は確実に、俺と母さんから産まれた子供なのは間違いないんだぞ」
「ど、どうして…じゃぁ、なんで血液型が…」
「お前、学校で理科の授業を受けてるのか?それを知ってたら分かるはずだぞ。いいか?」
私はAB型とA型の両親からB型の子供が誕生する理由を、自分が知っている範囲内で説明する為に、小枝を使って地面に円を四つ描いた。それを半分に分け、半円の中にアルファベットを書き入れる。
「俺はAB型だからAとBだな?それで、母さんはA型だけど、厳密にはAとOだ」
「ちょっと待ってよ。AO型って血液型はないだろ?」
「まぁそう慌てるなよ。爺ちゃん(妻の父)がA型で、婆ちゃん(妻の母)がO型だから、母さんはAO型になった。でも、Oは表示しないことになっているから、母さんがA型なのは間違いないんだよ。AA型やBB型があっても、A型やB型と呼ぶのと同じだな」
「そうなのか…」
「で、俺と母さんの血液型をバラバラに分けて組み直すんだ。俺と母さんの間から、どんな血液型の子供が産まれるかやってごらん」
私は小枝を祐介に渡した。祐介は悩みながら、AとB・AとOの四つの血液型から組み合わせを考え、土の上にパターンを書いていった。
「ええと…。AとA、AとO、BとA、それからBとOだな」
「よしっ。祐介、この時点で何か気付かないか?」
「えっ…」
「ここまで出て、何も気付かない方がおかしいなぁ…」
祐介は血液型のパターンを見比べた。既に答えは出ている。後はそれに気付けるかどうかだ。
「あっ…BとOがあるよ」
「そうだな。これはBO型で、Oは消すからB型だ。そう。このB型こそ何を隠そう、祐介。お前だ」
「そうだったんだ…」
祐介は自分の血液型の秘密が分かり、私と妻の子供であると再認識したようだ。
「俺、父さんと母さんの子供なんだな」
「だろ?疑う余地ないよな。まさかなぁ、お前が自分の血液型のことで悩んでたとは知らなかったよ」
「ごめんなさい、父さん。変なことで疑っちゃって…」
「謝ることないって。俺だって、お前が産まれてB型だと分かった瞬間、母さんが俺以外の男に抱かれたんじゃないかって疑ったら、さっきのような血液型のパターンを聞いて安心したんだよ。でも、それから母さんにしばらく口を聞いてもらえなくて、お前を抱っこさせてくれなかったけどな」
「なんだ。父さんも疑ってたのかよ」
私と祐介は、顔を見て笑い合った。
「さぁ、またキャッチボールするか!」
「うん!」
私と祐介は再びキャッチボールを始めた。この頃になれば、祐介に笑顔が戻っている。
「母さんも心配してたから、帰ったら母さんにも謝るんだぞ」
「うん、分かった…あぁ、ごめん!」
「おいおいおい、どこ投げてんだよ…」
夜、家に帰った祐介は、いつものようなおしゃべりに戻った。
「母さん、ごめんなさい…」
「あら、祐介。急にどうしたの?」
「俺、父さんがAB型で、母さんがA型なのに、俺がB型なのはおかしいって思ってたんだ。だから、母さんが言うように、“橋の下で拾われた”か、もしかしたら産まれた時に病院で他の子と取り違えられたんじゃないかって…。そうだとしたら、もうここにはいられないと思って家出しようと思ってたんだよ。でも、踏ん切りが付かなくて…」
「だから、俺が公園に連れ出して聞いたんだ。そしたら、俺と母さんと血液型が合わないって言うもんだから、俺が教えてあげたんだよ。“あの時”みたいにな…」
「そうよね。あなた、祐介がB型だと分かったら、私に“他の男に抱かれたんじゃないか”って疑ってきたのよ。だから、産婦人科の先生にみっちり血液型の秘密を受けられてたわね…」
「もう、それは勘弁してくれよぉ…」
私と妻と祐介は、ここでもお互いの顔を見合わせながら笑った。それから、妻が祐介の手を握る。
「祐介。あなたは間違いなく、お父さんとお母さんの間に産まれてきた子供なのよ。だから、何も心配することはないわ。家を出るなんて、馬鹿なことは考えないでちょうだい。分かった?」
「うん、分かったよ。母さん…」
こうして、祐介が抱いていた疑問は無事に解決することができ、騒動は沈静化した。これでもう、何も心配することはないだろう。
翌朝。祐介が目覚め、眠い目を擦りながらリビングへと向かってきた。
「おう、祐介。おはよう」
「おはよう、父さん」
祐介はいつものように返事をし、テーブルに座った。それからまた、夢で見た話をする。
「父さんがピッチャーになって、俺が打席に立ってたんだよ。それで、父さんの投げた球を打ったら、ドームの天井を突き破る特大ホームランになっちまったんだ」
「ほぉ、そりゃ悔しいなぁ。いつかはお前から三振取ってやるぞ!」
「さぁ、それはどうかな」
祐介は歯磨きを済ませて制服に着替え、玄関に立った。
「じゃあ、行ってきます」
「おう。祐介、クルマには気を付けるんだぞ」
「分ってるって…あ、それから、また今度の休みにキャッチボールしようね」
「おう、分かった。行ってらっしゃい!」
祐介は笑顔を見せて家を出た。その様子に私と妻も笑顔になる。
「あいつ、元に戻って良かったな」
「そうね。これもあなたが祐介に聞いてくれたおかげよ。ありがとう、あなた」
「そうか?じゃぁ今晩、祐介が寝静まったら…」
「ほら、あなたも会社へ行く準備しなさいよ!」
「お、おお……」
私も会社へ行く準備を済ませ、家を出た。今日は何故だか足が軽い。やはり、祐介と面と向かって話ができたからなのだろうか。
「子育てって、面白いなぁ!」
(終)