どうしたって、上手く生きられないの。
不浄の時、って言うんだっけ。
虚ろな声が聞こえて、そっと自身の姿を現すと、こちらを見向きもしない目が窓の外を眺めていた。
ぐったりと壁と窓に傾けられている体は、しなやかな曲線を描いている。
ゆっくりと視線を下ろしていけば、白いシャツから伸びる白い足には、赤黒いものがこべりついていた。
不浄の時、頭の中だけで繰り返して、目の前にいる自分の相棒であり、主とも呼べる人物の性別を再確認する。
短い髪に、細い体と零れ落ちる赤。
一人称は僕で、自身の性別を男と偽る女。
「……あきまへんわ。それ、誰が片付けるんです」
「……しらない」
随分と舌っ足らずな言葉が返ってきた。
光を宿さない瞳は、相変わらず窓の外に向けられている。
何か面白いものでもあるのか、ないだろう、そう言いたいのを堪えて、詰めた息を吐く。
和服に狐面を携えた男――彼は、ゆっくりと相棒で主たる彼女に近付いていった。
その気配には気付いているのだろうが、意識は完全に別の世界へ飛んでいるらしい。
瞬きの度に睫毛が揺れて、呼吸の度に肩が緩やかに上下している。
まるで人形だ、と彼は目を細めて、その短く切り揃えられた髪に指を這わせた。
指通りの良いそれを楽しみながら、未だに零れ落ちる赤を見る。
後処理を考えるだけで頭が痛くなりそうだった。
自分は妖怪なのだが、何千年を生きる九尾なのだが、心中ではぶちぶちと零せるものも、今日ばかりは上手く舌を滑って出て来ない。
「知ってます?私は、貴女に仕えとりますけど、貴女を生かすも殺すも、私の気分次第、なんですわ」
さらり、短い髪では直ぐに梳き終わってしまう。
彼が無表情に告げれば、窓の外に向けられていた視線は、ゆらりと彼に向けられる。
一筋の光もないその瞳は、彼と彼女が出会った頃から変わりはない。
妖怪である彼は、人間である彼女と共に生きている。
言葉の綾でも何でもない、事実。
人間である彼女の生きるのに必要な魂、それを半分だけ貰った彼は、彼女と共に過ごし、侍らされながらも、彼女の生死を常に握っているのだ。
そこに至るまでには色々あったのだが、本人達な語るつもりが一切ない。
「いっそ、ころしてくれたら、いいのに」
ゆらゆらと揺れる瞳には、一欠片の感情も見当たらない。
自分よりも人間味のない人間だ、と彼は心中で深く溜息を吐き、流れ落ちる赤を指ですくい上げた。
ドロリとした液体の感触に眉を寄せる彼。
普通の血液とは違う、生き物の生臭さを感じる。
「……アンタ、私のこと何だと思っとりますの」
白く細く、決して肉付きの良いとは言えない太股に指を滑らせるが、彼女は反応を見せない。
一定のリズムで瞬きをして、長い睫毛を揺らす。
浅い呼吸をする度に、体が上下に動く。
焦点の定まっていないように、小さく左右に動く黒目は、答えるべき言葉を探しているのだろうか。
血色の悪い薄い唇が僅かに開き、吐息が漏れる。
熱の篭ったそれは月経時期のためだろう、彼はじっと唇を見つめて、転がり落ちる言葉を待った。
「うんめぇ、きょうどう、たい」
運命共同体、彼女はそう言った。
言葉の意味こそ理解出来るものの、舌っ足らずに吐き出された言葉を飲み込むのには、数秒の時間を要した彼は、ゆっくりと目を瞬く。
それから赤黒く汚れた指先で、彼女の白く柔らかな頬に触れる。
「きたない」
「アンタの……いや、貴女のですわ。何を文句言っとるんです?これ、此処、掃除するん私ですよ?私の方が文句言いたいですわ」
二人の視線が交じり合う。
ぽたり、ぼたり、足元ではまた、赤黒い染みが増えていく。