第四幕 アルティクールの九聖
「いやあ、今年の生徒はなかなか優秀だ。」
最初に口を開いたのは最後に入って来た男だった。背丈は軽く二メートルを超え、熊のような体格から、座った椅子が悲鳴を上げている。伸び放題の黒ひげがテーブルの上に乗っており、部屋のあちこちに置かれたろうそくの光がそれを鈍い赤に照らしていた。
「ええ。私は恵まれていますね。」
ジェラキーネは固い顔を崩さずに相槌を打った。
「フィアーケの弟が入学したんだろ?」
「バールタス家の三男ですね。……ロゼ・バールタス。」
「俺はあいつらが好きだぞ。なんてったって優秀なヤーリだしな。」
黒ひげの言葉に少年が顔をしかめた。
「メーガス。差別じみた発言はやめないか。」
外見とは裏腹にしっかりとした口調だった。
「ミリゴーネ……。俺はただ、あいつらを気にいってるだけだ。」
「……ならいいが。」
たしなめられたメーガスは、つまらなそうな顔をして目の前に置かれたグラスを一口啜った。
魔術学校は一学年二クラスの三年制で、クラス担任は全部で六人いる。それ以外に特別課程の教員が一人、教頭、校長の計九人が会議室に揃っていた。一年のクラス担当は白クラスがジェラキーネ、黒クラスがメーガスで、優秀なヤーリ一族の担任に二期連続で選ばれたことをメーガスがひがんでいるのは明白だった。
「まあ、落ち着きなさい。」
声を上げたのは上座に座った老人だった。示し合わせたように残りの八人が老人の方に目を向ける。
「差別というのは大げさじゃな、皆注目している者がいるだろう。」
老人の言葉にジェラキーネは頷いた。
「私は……、ピリナス・トロフテを押します。彼女の母親は呪印を用いた医療の権威です。一族に受け継がれている癒しの呪印を彼女も受け継いでいます。」
ジェラキーネが熱のこもった声で訴えた。
「トロフテ、トロフテ、……ああ、あの紫髪の一族か。思い出したぞ。母親はカリスナじゃな? 彼女は確かに優秀じゃった。在学中の三年間ずっとトップの成績を取り続けていたはずじゃ。」
校長のお墨付きをもらい、ジェラキーネは顔をほころばせた。
「わらしは、やはりカメリア・アルライトれしょうか。」
舌足らずの声を出したのはひょろりとした眼鏡の女性だった。床に毛先が着きそうなほど長い銀髪の持ち主で、ずり落ちて来る眼鏡の位置をせわしなく整えている。
「アルライト、……はて、聞いたことがないのう」
「かろじょは“謝肉祭”の持ち主れす」
会議室にどよめきが起こった。メーガスが自慢げにのけぞる。アルライトは彼のクラスなのだ。
「それは、はるか昔に失われた呪印のはずだぞ」
ミリゴーネが身を乗り出す。舌足らずの女性はだらしなく両手を持ち上げた。
「ろうやって手に入れたのかは分かりません。しかし、確かな情報れす。」
ミリゴーネは険しい顔を作り、腕組みをしながら体勢を戻した。
「僕は、レイクボルト家の長男かな。まあ、もう家族は居ないから長男なんて肩書はいらないかもしれないけどね。」
窓に身を預けていた糸目の優男だった。
「相変わらず良い趣味してるな、ビエート。」
メーガスが皮肉を言うと、ビエートははにかみながらだらしなく右手を挙げた。
教員たちの議論は次第に熱を帯び、次々に気に入った生徒の名を挙げた。その度、誰かから驚嘆の声が上がった。例年であれば皆が飛びつくのは多くとも三名程度であったから、今年は豊作と言っても過言ではないだろう。最後にジェラキーネは一番気になっていたことに触れた。
「校長。校長はどなたですか?」
メーガスも一番聞きたかったことらしく、椅子からはみ出た尻の位置を直した。
「ん? ああ、わしが気になっていたのは……。」
校長の上げた名前に他の皆は困惑した。誰のことか分からなかったのだ。ただ一人、ジェラキーネだけはその名前に心辺りがあった。しかし……。
「なぜですか。」
「……なぜ?」
「彼は、それほど特別だと感じません。」
校長はその言葉を聞いてさも可笑しそうに笑った。
「特別じゃない? はて、呪印の保有数は学年で一番のはずじゃが。」
その言葉にメーガスも名前の主に思い当たったようで、一瞬驚きの表情を浮かべた。それから破顔し、今度は堪え切れないといった感じで笑いだした。
「校長、そりゃあ何の冗談だ。いくら呪印があってもあいつは駄目だ。あいつの魔力はみそっかすだ。この世界じゃ魔力が全てだろ。」
「ほっほっほ。」
ジェラキーネはじっと校長を見つめた。笑いながらも校長の目は真剣そのもので、冗談を言っているようにはとても見えない。校長は一呼吸吐いてゆっくりと立ち上がり、月の光が射す窓際へと向かった。窓に掌を添えて、どこか遠くを見ているようだった。
「魔力が全て、ということはない。」
自分にいいか聞かせているような口ぶりだった。メーガスも大きく開けていた口を閉じた。
「……あの子になら、出来るかもしれない。」
「何の、ことですか。」
ミリゴーネの言葉に校長は振り返った。月の光に目が怪しく光っている。
「いずれ、君たちにも分かる。」
暗がりで、校長の眼が鈍い緑色に光って見えた。






