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第三幕 呪われた少年

正午を知らせる鐘がなると、生徒たちはめいめいに教室を出ていった。ヨロンは席に座ったまま、ひとり、またひとりといなくなる生徒の後姿をじっと見つめた。

とんがり帽子の淑女の名はジェラキーネといった。

二つある新入生クラスのうち、ヨロンたちのクラスを担当する教員だった。“旋風”の二つ名を持つ凄腕のエラらしい。

――さてみなさん、初日はこれでおしまいです。お疲れさまでした。さて本日の入学式を持ってあなたたちは正式にアルティクールの学徒となりました。その名に恥じぬよう勉学に、そして学生生活に懸命に励んでください。――

ジェラキーネ先生の言葉を頭の中で繰り返した。

実感はまだないが、これは夢ではない。

十三で魔術学校に入学するのは国民に課せられた義務だった。十二の夏に資質を調査され、その結果で所属する魔術学校が決まる。隣国も同じ義務があり、二つの国に挟まれた中立地帯の魔術学校は敷居が高かった。中でも特に優秀な者のみ入学が認められるのがアルティクール魔術学校で、ヨロンはそこへの入学を認められたのだった。

そっと胸に手を触れて目を閉じる。心臓がいつもより強く脈打っている。

祖父の顔がまず浮かび、それからフーキアとダシュリのことを想った。単純ですぐに感情的になるが、誰よりも仲間思いのフーキア。いつも冷静を装っているが、実は涙もろく、心優しいダシュリ。二人は今どうしているだろう。

待っててくれよ。すぐに追いつくから。

再び目を開くと、教室にはもう誰も居なかった。

ヨロンは机の横に掛けてあった若草色の古びたバッグを手に取り、教室を後にした。


寮へ戻る途中、ヨロンは何度も道を間違えた。

学校の敷地は広く、似たような景色が続くことが原因だった。とりあえず階段は上がらないということだけは覚えていた。入学式より一日早い入寮日の昨日、上級生による簡単な案内があったのだ。しかし、記憶は既に薄かった。

メモでも取っておけばよかったな。

そんなことを考えながら適当に廊下を進む。図書室を右に曲がり、突当りの開け放たれた門をくぐると、急に目の前が開けて視界を埋め尽くす緑色が広がった。

みずみずしい植物が所狭しと並ぶ広場のような場所だった。

ヨロンは植物の知識に関して絶対的な自信があったが、それでも中には図鑑でしか見た事のないものや、名前すら知らないものがあった。登校時には出会わなかった光景であり、おそらく寮とは違う方向なのだろう。しかし、そんなことよりも好奇心が上回った。ヨロンは当初の目的を忘れて広場をぐるりと見て回ることにした。

広場の中央には噴水があり、所々にベンチが設置されている。ベンチにはそれぞれ生徒が座り、何事か楽しそうに団らんしていた。ある二人組は恋人同士のようで、手を繋いで楽しそうに時を過ごしている。ある三人組は教科書を手に抗議の内容について熱く議論している。その近くに見た事も無い曲がりくねった樹木があった。

あの赤い実は、オニイチイだろうか。

気になって近づいてみると、その木の下にもベンチがあり、ヨロンの見知った顔が座っていることに気が付いた。考える間もなくそいつの方に足が向いていた。

手が触れられるほどまで近づいたところで色白の少年はやっと顔を上げた。ヨロンを見て顔を強張らせ、言葉をつまらせる。咳払いをひとつ。それから蚊の鳴くような小さな声を漏らした。

「今日は迷惑かけてごめんね。」

違う。そんなことが聞きたかった訳じゃない。

「なんで、言い返さなかったんだよ。えーと……。」

「レイスだよ。」

「――レイス。」

ヨロンの怒気を感じてしばらくレイスは何も語らなかったが、やがて細い体を降り曲げて、諦めたように口を開いた。

「本当の……ことだから。」

「はあ?」

「僕が家族を殺したのは、――本当だから。」

レイスは真っ直ぐにヨロンの眼を見つめた。瞳には強い光と深い悲しみが交じっている。嫌なものから逃げようとするやつは嫌いで、今日のロゼへの態度は逃げだと思っていた。しかし、どうやら思い込みだったらしい。こんな目をするやつはそう多くはない。頼りない風貌をしているが、根っこのところはしっかりしているようだ。早合点し、怒りを募らせていた自分をヨロンは恥じた。

「悪い。お前のこと、勘違いしてたみたいだ。ここ、いいか?」

レイスが頷き、席を空ける。ヨロンは隣に腰を下ろした。

しばらく、沈黙が続いた。

「……そいつのせいなのか?」

頬の呪印を指差すと、レイスは複雑な顔をして頬をさすった。

「一族に伝わる怪物の呪印だよ。感情が昂ると、……勝手に発動するんだ。そうなるともう訳が分からなくなって……父さんや母さん、それに弟も制御出来たのに、僕には、出来なくて――。」

最後の方は聞き取れないほどの早口になった。その言葉に合わせてゆっくりとレイスの表情が消えていく。まるで人形のようだった。瞳が光を失い、黒から薄らと赤みを帯びていく。それと同時に魔力が禍々しく変質していくのが分かった。

「おい!」

思ったよりも大きな声が出た。周りのベンチに座っていた連中がこちらを見た。レイスの瞳は瞬時に黒色を取り戻し、すぐに表情と呼べるものが戻った。

「……ごめん。」

「良い。色々大変なんだな。」

ヨロンの言葉に瞳が潤う。涙の粒が大きくなり、こぼれ落ちそうになるのを誤魔化すようにレイスは目元を袖で拭った。

「家族はもういないのか。」

レイスは黙ったまま頷いた。

自分と同じ天涯孤独の身。たった一人の肉親であった祖父を失った後、ヨロンはしばらく抜け殻のように過ごした。その時の自分と目の前のレイスが重なって、なんとか救ってやりたいと思った。

「なあ。」

「うん?」

「その呪印、どうにかしたくないか。」

この眼を使えば、どうにか出来るかもしれない。

「……どうにかって?」

「お前、怖いんだろう?また、誰かを傷つけたらって……。だから、そうならないように訓練しないか。そいつを使いこなす手伝いが俺にだったら出来るかもしれない。」

――気持ち悪い目しやがって。

ロゼの言葉を思い出した。ヨロンは一度目を擦り、鳥かごの呪印が刻まれた深緑の瞳をレイスに向けた。

レイスはヨロンの眼を見つめ返し、それから深く頷いた。

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