第一章 恋のアンサンブル?1
新幹線の扉が開くなり、りっちゃんという呼ぶ声がホームに響き渡る。
瞬く間に瑠璃に抱き付かれ、天璃はたじたじになりながらそれを引き離した。
「よしなさい。人が見たら変に思うだろ?」
「変て?」
首を傾げる瑠璃に、天璃は苦笑する。
「りっちゃん、それより聞いて聞いて」
「いいから行くぞ」
話したがる瑠璃の荷物を預かった天璃が先を歩き出すと、当然のように瑠璃は腕を絡らませる。
「だ、か、ら」
「良いじゃない。久しぶりの再会なんだしさ。りっちゃんは人目を気にし過ぎだよ」
「あのねー。前にも言ったけどおまえ、その呼び方どうにかならない? もっと他の呼び方があるでしょう」
「ええー、天璃とか、テンちゃんとか」
「だから」
「よかろーもん」
プーッと頬を膨らませる瑠璃は、天璃の腕にぶら下がるようにしがみ付いて来る。それを振り解かれ、ますます頬を膨らませて見せるのだった。
「なんもそげん怒らなくてもよかちゃろう。普通、兄妹で腕なんか組んでさるかないもんちゃろう」
「瑠璃、普通じゃなくていいもん」
ふくれっ面をする瑠璃を見て、天璃は先が思いやられると小さなため息を吐く。
そうなのだ。あの涙涙の別れを果たした瑠璃の感情は、あれからさらに盛り上がりを見せていた。大型連休は必ず帰省させられていた。それを無視すると、瑠璃は思いがけない行動を起こす。
東京暮らしになれバイト勤しんでいた天璃は、連休の帰省を拒んだのがきっかけだった。今思えば電話口の瑠璃の声のトーンが、明らかに変わっていた。しかし、それだからといって、貯金箱のお金を叩いて上京して来てしまうのは、如何なものかと思うが、瑠璃派の父、重雄がそんな言葉を聞き入れるはずもなく、全面的に天璃を責め立てた。
「ほんなごと仲のよかとね」
迎えに来た母、美璃に言われ、瑠璃は天璃にギュッと抱き付き、宇宙一、大好き。と言いのけたのだ。
もういい加減、気が付きましょうよ母。
これは、その時の天璃の嘆きである。
新幹線に乗る親子に手を振り、天璃は天璃なりに美璃に訴える目を向けたが、にこにこするばかりで、お陰で東京見物の出来よるわって、喜んで帰って行った。
それからは、脅しが入った電話に変わっていた。
「りっちゃん、帰って来ないと家出するよ」
「天璃、瑠璃の寂しのるから帰っちきんしゃい」
「天璃、おいだんのそっちさっちもよかの」
まぁ手を変え品を変え、天璃の花の連休は家族と過ごすというのが定着し、御年まで独り身で過ごす羽目と相成ったわけである。
「ねぇさっきから、瑠璃の話を聞いている?」
「聞いているよ。いいから、早く乗って」
駐車場に止めてあった愛車のドアを開け、はしゃぐ瑠璃を促す。
「ええー、瑠璃、りっちゃんの隣が良い」
「ダメ」
「ええー、何でー」
「いいから」
「良くないもん」
強情を張る瑠璃に、天璃は優しく髪を撫でる。
「良い子だから。もしものことがあったら大変だろ。父さんにも言われているから。な、分ってくれるだろ」
「もう仕方がないな」
悲しいが、この恋人感覚のささやきをしなければ、瑠璃はうんとは頷かないのだ。そこに重雄を登場させれば、効果は抜群になる。天璃が生まれた時には重雄は既に37歳になっていた。それから12年後となると、もう瑠璃は孫に当たる年齢に差し掛かっていた。それに輪をかけ、身内で言うのも何だが、可愛い部類に属している。重雄の厳重なガードで守られて生きて来たうえ、そこに加えて美璃の、大甘な教育が更に瑠璃を我侭にさせていた。
「でね、りっちゃん、うち、りっちゃんの通っちいた大学へ行きよったくて、えらい頑張ったんばい。受験げなあっけんから、正月の空けたらしゅぐにきんしゃーからね、勉強げな見てちゃ」
瑠璃は運転席の背もたれに抱き付くように、身を乗り出して話しかけていた。
「危ないから座っていなさい」
注意をされても、素直に聞くような子ではないというのは、充分に知っている。
「あんまりいうことを聞かないのなら、父さんをここに呼ぶぞ」
ぎくりとした表情で、シートに戻った瑠璃は頬を、フグのように膨らませる。
父親はあまりにも瑠璃を愛しすぎて、修学旅行にまで付いて行ってしまった経緯がある。
泣きながら瑠璃が旅行先から、天璃のところへ電話をかけてきたことがあった。
二条所の前でサングラスをした父親が、
「瑠璃」
と手を振って、待っていたらしい。
「何しよーと」
「偶然こっちで用事のちゃて来てんだ」
偶然を三回繰り返して、楽しめよと言い残して去って行ったそうだが、その後も、それっぽい人影が、チラチラと視界に入って来たそうだ。そこまで行くと、病気だろうと思い、母親に電話を掛けたが、意外とあっけらかんとした返答が戻って来て、天璃は言葉を失った。
「可愛くっちしょんなかんちゃ。こん前物騒だから、親の護らなければ誰の護るんばってん言われたらねー、そいは父しゃん、行った方のよかわっちなるじゃなか」
「なかって……」
絶句だった。
「いいもん。私、すぐにこっちに来るから」
「ん?」
バックミラーを見上げ、どういう意味って天璃は訊き直す。
「ほらちゃんと聞いておらんかった」
「聞いていたよ」
「しらごつ。りっちゃんは大しらごつつきだ。うちに内緒で付き合っちいる人いたし」
すっかり興奮した瑠璃は、さっきまでの標準語は吹っ飛び、方言丸出しで天璃に抗議をし出す。
「りっちゃんはいつでんそー。優しくしとってくれるばってん、うちん心ばたぶらかしゅんちゃ。あいほど好いとぉ人は作らんけんっち約束しとってくれたんに」
涙声で訴える瑠璃に、天璃は苦笑するしかなった。