終章6
チャペルに二人並ぶシーンからそれは始まる。
それは転寝する最上の夢の中の世界。
どんなに思っても届かない思いを抱え、大好きな人の幸せを祈る。それでも引き返してしまう本当の気持ちに苛まれながら、砂漠を一人歩いて行く最上を、追いかけてきた天璃が後ろから抱きしめる。
二人の大切な時間と、自分で思い描いたものが交差して行く。
しかし、その夢にも終わりが訪れる。
目を覚まし、現実に引き戻され、彼のお祝いをするためにドレスアップをする最上。
鏡に映る自分に微笑みかける。
赤いルージュを引いた唇が、そっと、サヨナラと動く。
窓ガラスに流れ落ちる雨だれ。
部屋の電気が消され、ドアの閉まる音が虚しく響く。
雨が降る夜の街へと出かけて行くシーンで終わる。
所々に瑠璃の歌う姿が混じる。
立ちあいに訪れた不破が、神妙な顔で天璃を見る。
「乳井室さん、本気で考えてみませんか?」
「あなたもしつっこいですね」
撮り終ったビデオをチェックしながら、天璃は顔をしかめる。
「りっちゃん、私なら大丈夫だよ」
「そっすよ。このシーンなんてリアルいいですよ」
最初のシーンを指さし、すばるが興奮しきった声で言い繋ぐ。
「美希ちゃんだって、まだ絶対に好きでしょ?」
瑠璃の突込みに、最上が照れ臭そうに俯いてしまう。
「何ならこのまま、ここで結婚式あげちゃう?」
「調子に乗るな」
「だってー、りっちゃんそうでもしないと結婚しないでしょ?」
頬を膨らませて怒る瑠璃を見て、苦笑のまま席を離れる。
火照った顔を冷たい風が撫でて行く。
朝から始められた撮影は、もうすぐ日付変更線を越そうとしていた。
「疲れたでしょ?」
階段に腰掛ける天璃は、驚くように振り向きはしたものの、最上のその言葉に、素直に頷く。
ウエディングドレスを着た最上の笑みの眩しさに、天璃は慌てて目線を外す。
ぼんやり浮かぶ月を見上げ、ため息を吐く天璃の横に座り、同じように最上も夜空を見上げる。
「いい歌ですよね。ああこうやって瑠璃ちゃんは天璃さんのことを見ていたんだなって思ったら、本気で泣けてきちゃった」
困った表情を見せる天璃を見て、最上がクスッと笑う。
「あいつには、本当に幸せになって欲しいな」
「私もそう思います」
「あなたには本当に感謝しています。こんな俺のことなんか忘れて、本気で自分の幸せを探してください」
「天璃さん、何か勘違いされていません?」
そう言われ、自ずと天璃の視線は最上へと向けられる。
お互いの目線がぶつかり合う。
魅惑的な大きな瞳は、天璃をじっと見つめたまま離さない。
「恋なんてお願いされて始められるもんじゃありませんよ。ましてや私、無理なんてしてませんから。今、好きなのがたまたま天璃さんなだけです」
「だけど、俺はこのままだし」
「それでもいい。私、そのままの天璃さんが好きだから」
「ダメだ。辛い思いをさせられない」
「お願い、嘘でいいから愛して」
天璃はもうそれ以上何も言えなくなる。
不意に聞こえてきた音楽に、二人は振り返り、そっと扉を開けてみる。
桜が舞う道
あなたの腕を取って歩く
困ったように笑う
あなたの横顔
この気持ちは無限で
誰にも止められない
いくら背伸びしても
届かないこの空のように
縮まることのない二人の距離
泣いて眠れない夜があることを
あなたは知らないでしょう
I love you,I love you
私だけの
恋が終わりを告げようとしている
I need you,I need you
この手を放したくない
何もかも捨ててでも
あなたのそばにずっと居たかった
Um…
I will pray only for your happiness forever.
春の日差しが
眩しくて目を細めたあなた
さりげない仕草が
辛くて俯く
私はあなたにとって
砂漠の中の一粒
指の隙間から
零れ落ちて行く愛だけど
夢見てしまうのよ
壊れそうな笑顔の下
あなたは気付かないでしょう
I love you,I love you.
今はまだ
上手く笑えなけど
I need you,Ineed you.
淋しくて切なくて
どうしようもなくあなたが
恋しくなったとしても
Um…
I will pray only for your happiness forever
触れたくて伸ばす指先
陽だまりのようなその温もり
いつか思い描いていた
二人の未来がすり抜けて行く
I love you, I love you.
いかないで
いくら叫んでみても
I need you, I need you
一番近くて遠い星
届かないと分かっていても
消せない思いがここにある
桜が舞う並木道
掛け違いたボタン
恋焦がれて胸躍らせて
涙溢れる帰り道
変わられない運命
I love you, I love you
それでも
星降る空見上げ
I need you,I need you
淋しくて切なくて
誰よりも愛している
この気持ちは無限だけど
Um…
I will pray only for your happiness forever
顔を見合わせる二人に、瑠璃がピースサインを贈る。
「あいつ、何の真似だ?」
「題名通りじゃないかしら」
「永遠のI LOVE YOU?」
「永遠に思っているけど、好きな人には幸せでいて欲しいって感じですかね」
肩を竦める天璃に、最上が優しく微笑む。
騒がしく過ぎ去って行った日々がまるで嘘のような静かな朝、教会の鐘が高らかに響き渡る。
不破と比呂美の結婚式に天璃も参列をしていた。
「りっちゃん、美希ちゃんがいなくて淋しいでしょう」
瑠璃の質問に、天璃は煩いよと答える。
「取り敢えず、始めてみませんか?」
最上の提案に、天璃は目を大きくしていた。
「私、ずっと考えていたんです。何も始まってもいない内に、いろいろなこと、決め過ぎているんじゃないかなって。今はまだ、天璃さんの心が瑠璃ちゃんでいっぱいでも、もしかしたら、その比率、変わって行くんじゃないかなって思うんです。瑠璃ちゃんも同じことが言えるんじゃないかなって。世界は広いです。人の考えも様々です。私の気持ちだってどうなるか分かりません」
「しかし……」
「瑠璃ちゃんの気持ち、汲んであげませんか?」
天璃は瞳をゆらゆらと揺らしていた。
頑固な重雄に家から追い出され、再び東京へ舞い戻った天璃は一時休業だったんだよな、と下塚に言われ、あっさり職場復帰をさせてもらっていた。
瑠璃も自立すると言って、一人暮らしを本格的に始め出す。
それぞれ思いを乗せ、季節は流れて行く。
――そして、
「瑠璃、行くよ」
青空にふわっと舞い上がった白いブーケ。
歓声が上がり一斉に手が伸ばされる。
複雑な思いを抱えたまま、それでも天璃は嬉しそうに笑う瑠璃を見て、これでいいと思う。
「あっ!」
「え?」
「あありっちゃん、これで美希ちゃんとの結婚、決まりだね」
ブーケを受け取ってしまった情けない天璃の顔を、携帯で写した瑠璃がにっこりと微笑み、送信ボタンを押す。
この笑みがいつしか、妹への無情のものに変えられるのだろうか。
どこまでも青く広がる空の下、天璃は頭を掻きながら小さく笑う。
それがたとえ報われない愛だとしても、今はまだこの笑顔を守りたい……。
「りっちゃん好き」
驚く顔をする天璃の横に顔を並べ、瑠璃が満面の笑みでシャッターを切る。
ポケットの中、小さく点滅を繰り返す携帯。
春の穏やかな陽だまりの中、それぞれの愛が揺れる。
≪FIN.≫
続編書きました。




