終章3
桜のつぼみが膨らみ始めている道。
日差しの眩しさに目を細める天璃の腕を、ドレスアップした瑠璃が引っ張って行く。
「本日はおめでとうございます。妹まで招いてくれてありがとう」
披露宴会場に向かう来賓たちを出迎えている森岡夫妻に、天璃はこの上ない笑みで伝えると、目を潤ませた庄司が、微笑む。
「テンちゃん先輩、お久しぶりです」
少しお腹の膨らみが気になり始めている、先に席に着いていた小鹿に手を振られ、天璃は頭を下げる。
「二人目、出来たんだ」
「うん。今度は双子かもって言われているんです」
驚く天璃の横に立つ瑠璃を見て、小鹿が首をかしげる。
「妹の瑠璃です。ちょっとしたことで森岡さん達と知り合いになって、呼んでいただいたんです」
「そうなんだ。てっきりワイフかと思っちゃった」
「残念でした。そんな相手はいません」
ふーんと、納得いかないように頷く小鹿に、苦笑いを浮かべる天璃を見つめる視線に気が付いた瑠璃が、袖を引っ張る。
ん? と顎をしゃくられた方を見た天璃と目があった高瀬が、軽く会釈して見せる。
「お久しぶりですね」
頬に出来た笑窪を見て、天璃は頬を緩める。
あどけない笑みは変わっていないが、髪が伸びたせいなのか、天璃を好きと言ってくれていた頃より、綺麗になった気がする。その理由が、薬指に光るもののお陰だとすぐに知り、心からお祝いを述べ席に戻る。
会社を退社してからそれほど時間は経ってはいないが、天璃にとって遥か遠い世界に住む人たちの会話に思えて、始終、苦笑で受け答えを強いられていた。
「その後、上手くいっているのか?」
二次会の席だった。
めっきり白髪が増えた徳田と二人、カウンター席を陣取った天璃は、小さく笑い頷く。 「思ったより、父親の病状も良くって、一安心しています」
「そうか。それは良かった。テンの実家って、建築関係の仕事をしているって言っていたよな」
「はい。小さな会社ですけど、内装業を営んでいます」
「そっか。内装か。こんな景気だと厳しいな」
「そうですね。社員を雇っていくには、少し、厳しいようです」
「でも、親戚とかとやっているって」
酒を注がれながら、天璃は苦笑で答える。
「家族に隠してもしょんなかから、正直な話ばしゅる」
そう重雄に切り出された天璃は、夕食を摂る手を止めた。
「経営の厳しいんな、にしゃも知っちいるな。こぎゃんこつ、頼むんは図々しいこつだっち思うの、にしゃの外で働いた金ばちょこっと、家に入れて欲しか」
思いがけない申し入れに、天璃の心臓は止まってしまうのではないかと思うくらい早まる。
「瑠璃ん学費んこつもあっけんし、おれもこぎゃん躰になっちしもた。美璃しゃんばってん若くなかし、貯金ば切り崩してなおすんな」
だったら尚更、家族が力を合わせてという天璃に、重雄はスマンと頭を下げるばかりだった。
言っていることは真実なのだろうが、確実に不破の意図が織り込まれている結論なのは、間違いない。
「テン?」
遠い目をする天璃に、徳田は肩を叩く。
「まぁどっちにしろ、一度きりの人生だ。後悔しないように生きなきゃだめだぞ」
そう言って、一足先に徳田は店を出て行く。
その背中は、一緒に働いてた時より小さく見え、重雄と重なり、天璃は胸を詰まらせる。
「りっちゃん」
久しぶりの再会にテンションを上げた梶尾につかまっていた瑠璃が、さっきまで徳田がいた席に座り、オレンジジュースを頼む。
「のど、大丈夫か?」
「うん。だいぶ歌わされたけど、鼻歌程度だから」
「それなら安心した」
「りっちゃん、これからどうするの?」
こんな会話を瑠璃とする日が来るとは思っていなかった天璃は、改めて瑠璃の顔を見る。
「父さんたちは継がなくていいって言っているけど、そう言うわけにもいかないだろ。30過ぎの手習いだから、少しは不安はあるけど、松人が出来るんだ。俺にだって何とかなるだろ」
「不破さんの話はどうするの?」
「ああ知っていたのか」
コクンと頷く瑠璃を見て、天璃は頭を二回たたく。
「心配するな。いい話だったけど、あいつらに面目が立たないからな」
「だったらまた戻ればいいじゃない。社長さんとかもそんな話していたし」
「そんな簡単な話しじゃないんだ」
「そっかな?」
ストローでオレンジジュースをかき回す瑠璃を見ながら、天璃は自分が言った言葉を噛みしめる




