第四章 幸せってなんですか?5
ついにその時が来てしまった。
「りっちゃん、これは何?」
家に帰る早々涙に伏せる瑠璃に聞かれ、用意した、しこたまの言い訳を並べようとしたが、天璃は口を噤む。
チャイムが鳴らされ、テレビ画面に最上の姿が映し出される。
「どうしたんですか?」
「ごめんなさい。話がどうしてもしたくて来ちゃいました」
泣いている瑠璃を一瞥してから、天璃は声を潜める。
「今日はちょっと。お引き取り下さい」
「でも……」
「りっちゃん」
その声に、天璃はぎくりと振り返る。
「どうぞお入りください」
天璃からインターフォンを奪い取った瑠璃がそう告げると、ソファーへ乱暴に座る。
地獄絵巻図が一瞬、天璃の脳裏を横切る。
学校の帰りだという最上は瑠璃を見て、
「キャンバスで会えるかなと思って、探したんだけど、無理だったみたいね」
と微笑みかけてみせる。
しかし瑠璃に至っては、不機嫌を全面的に前にして、目すら合わせようとしなかった。
「ごめんなさい。私、こんな記事が出ること、知らなくって。昨日まで仕事にも行けない状態で。ああでも、多少、誇張されてはいるけど、ほぼ事実だし」
「事実」
ギロリと瑠璃は二人を交互に睨む。
「ええそう。二人で一緒に過ごしたのも確かだし、少なくても私の気持ちは、この記事の通りよ。今すぐにでも一緒に暮らしたいと思っているわ」
「何をバカなことを」
「いいじゃない。社長も盛大に祝ってくれるって言ってくれているし、二人に障害は何もないわ」
「あるわ。大ありよ」
瑠璃が半ば叫ぶように言う。
「りっちゃんは、私の物よ。あなたになんか渡さない」
「ちょっと待って、あなたと天璃は兄妹よね」
「兄妹が、恋に落ちちゃいけない法律はないわ?」
「天璃、天璃はどうなの?」
追いすがるような最上の視線に、天璃は口ごもる。
全否定をすれば瑠璃は確実に傷付く。かと言って認めるわけにもいかず、曖昧な態度を取るしか術がない。それが女性陣のイライラが集う。
「なして、瑠璃ん気持ち、がとっちくれんけんと?」
「天璃が好きなの。お願い、私の気持ちを受け止めて」
悪夢のような絵図に、天璃は言葉を失う。
帰るに帰れない状況に、最上は泊まると言いだし、煮え切らない天璃に瑠璃はその場で泣き崩れる。
胃がキリキリと痛み出した天璃は、大きく深呼吸をし、宣言とも取れる言葉を発したのは、日付が変わり、新聞配達がドアポストに新聞を入れた時だった。
「俺、好きな人がいるから」
重たく広がった空気が一変し、なし崩しに床に座り込んでいた最上と、ソファーに顔をうつ伏していた瑠璃が一斉に天璃を見る。
「まだ、気持ちは伝えていないけど、俺の気持ちは固まっているから」
「相手は誰ですか?」
最上のしゃがれ声で質問され、天璃は瞳をゆらゆら揺らす。
「嘘に決まっている。りっちゃんにりっちゃんにそげな人のいるっちは思えなか」
「俺のこと、見くびりすぎだよ」
力なく言う天璃に、瑠璃の瞳に涙が一気に込み上げてくる。
「でも天璃さん、もう後戻りはできません。昨日、社長直々にお答えしているはずです。私も、取り囲まれたら、認めるニュアンスをしていいって言われているんです。というかもう、ここに来る前に、記者さん達に微笑んで手を振って来ちゃいました。だからその気持ち、胸の中に収めてください」
一回りも違う最上のしたたかさに触れ、天璃は身の毛が弥立たせる。
「りっちゃんのバカっ」
瑠璃が部屋を飛び出して行き、天璃は無条件でそれを追いかけて行く。一人取り残された最上は、小さく笑ってそれを見送る。




