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LOVE HOUR  作者: kikuna
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第四章 幸せってなんですか?4

 昼過ぎても、天璃の中で怒りが沸々と煮えたぎっていた。


森岡と庄司のじゃれ合いも今日だけは許せず、無言で睨みつける。

 「天璃室長、今度、お花見をしませんか?」

 昼食を共にしていた梶尾に話しかけても、天璃は黙々と箸を運ぶだけで何の応答もしなかった。その様子を一つ席を空けて食べていた鈴木女史と高瀬が顔を見合わせる。

 「テン、ここにいたか」

 顔を赤くした下塚が天璃に声を掛けるが、まるで聞こえていな様子。

 一向に食べるのを止めようとしない天璃に、見かねた鈴木女史が口を開く。

 「今日のテンちゃん、様子がおかしいわよ。いきなり森岡たちを睨んで舌打ちしてみたり、私たちの声だって、全く耳に入っていないでしょ?」

 「鈴木君、話は後だ。テン、今すぐ出かけるから付いて来なさい」

 「どこへ行くんですか」

 「エンジェル本舗だ」

 「エンジェル? エンジェル本舗って、取引なかったんじゃ」

 「話は車の中でする」

 

 都心にそびえ立つビルの前、天璃は痛々しい足を引きずり下塚と共に、社長室に通されていた。

 「急に呼び出して申し訳ない」

 恰幅の良い國枝社長に並んで、不破の顔もあった。

 「話は他でもない、あなた方が最上美希に作ってあげた口紅を、弊社で取り扱いたい」

 「また急にどうして? そんな顔ですね乳井室さん」

 髭を生やした口元を少しだけ上げた不破に心を読まれ、天璃は苦々しく笑う。

 「この秋、エンジェル本舗さんとのタイアップで、最上美希主演のドラマが始まります。それに合わせて最上美希プロデュースの口紅を、大々的に売り出して行こうと考えています。コンセプトは奪いたくなる唇」

 「あの色はいい。あの赤く透き通る発色、メタリック的でそれでいて温かみがある。弊社としては、赤色に合わせて、ローズピンクとブラウンをお願いしたい。それに合わせてチークやアイシャドウもおいおい売り出していくつもりですが、一先ずは口紅からってことで。如何でしょう」

 「いやぁわが社としては願ったり叶ったりのお話ですが、随分と急ですので、驚きの方が大きくて」

 下塚の言葉に、不破は寛いだ姿勢に変わり、天璃をゆっくりと見る。

 「今じゃないと効果はない。乳井室さんがそのあたりはよく御存じなのでは?」

 「どういうことだテン」

 「……」

 「乳井室さんは話すのが得意ではないようなので、私から説明しましょう。来週、こんな記事が週刊誌に出されます」

 一同は顔を突き合わせるように、不破の差し出した記事に目を通す。

 「これは本当なのか、テン」

 下塚の質問に、天璃は引きつった顔で首を振り、不破を見る。

 「まぁ色恋沙汰は今時珍しくはない。これを利用しない手はない」

 國枝社長の言葉に、不破が言い繋ぐ。 

 「ギブ&テイクですよ。あなた方は製造が増えうるおい、エンジェル本舗も良い宣伝になる。そして最上美希にもチャンスが到来する。誰も損はしない」

 「だからと言って……」

 天璃の絞り出すような言葉に、不破はふてぶてしい笑みで言葉を重ねる。

 「結婚は出来ない。ですか?」

 「はい、出来ません」

 「そう硬く考えることはない。ほとぼりがさめるのを待って、破局してしまえばいい」

 「どういうことですか?」

 大人のミーティングは平行線をしばらく辿り、結婚の話は保留にされ、口紅の話だけを持ち帰ることで、一時解散となる。


 まるで話しにならなかった。

 最上美希を商品としてしか見ていない不破もそうだが、それを誰ひとり疑問を持たずに推し進めようとする姿が許せなかった。もっと許せないのが、男としてそれを強く、突っぱねることが出来なかった自分への怒りだった。


 「りっちゃん、最近様子がおかしいけど、何かあったの?」

 瑠璃が用意した料理を無言のまま口に運んでいる天璃は、そんな言葉も耳に入っていなかった。それどころか、瑠璃の存在さえ忘れてしまっている。どうにかこの大問題を回避すべく術を探さなければならないのだが、大きな声で名前をもう一度呼ばれた天璃は、ようやく瑠璃を認識をし、深いため息とともに席を立ってしまう。

 こんな話を瑠璃に知られたら、とんでもない事件を引き起こされてしまうかもしれない。その事態だけは避けなければならないのだが、記事は確実に月曜の朝には、全国的に出回ってしまう。即ち、親にもこのことが知れてしまうのだ。治りかけていた天璃の胃が、チクチク痛みだす。

 

 

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