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LOVE HOUR  作者: kikuna
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序章3

 「おーい天璃、専務がお呼びだぞ」

 徳田の声に、天璃は顔を顰める。それを見つけた鈴木女史が、おもしろがって、何の用かしらねと冷やかす。

 「さぁ」

 首を竦めて見せた天璃は、のろのろと机の上の物を片付ける。

 あまり行きたくないのだ。

 下塚専務の用件はいつもくだらない。見合い話に接待ゴルフのお誘い。酷い時には合コンというものをしてみたいから、セッティングをしろという話の時もあった。何を気に入っているのか、下塚専務は天璃を公私ともども連れまわしたがる。時期的に考えると、ゴルフあたりだろうと覚悟を決め、天璃は専務室のドアをノックした。

 

 「おお来たか」

 短い首を伸ばすように天璃を確認した下塚が、こっちこっちと手招きをする。

 上機嫌な笑みを浮かべている下塚の前に、髪の長い女性が座っているのを黙認した天璃は、顔を顰める。

 うんざりしながら、天璃は下塚に促されるまま、その女性と向き合うように座り、尚更眉を下げ、困惑を色濃くさせる。

 下塚の悪い癖が出たのかと思ったのだ。仕事関係者にしては、少し様子が違っていた。大きな瞳にきゅっとしまった唇。肌も相当気に掛けて手入れをしているのが、一目で分る。それになによりも圧倒的な美しさが、纏っている。クラブのホステスとはまた違った雰囲気である。

 そんな天璃の内心を知らずに、下塚は満面の笑みで紹介をし始める。

 「いやいやこの男が、先程話をしていた乳井室天璃です」

 「はじめまして。乳井室です」

 腰を浮かせ、天璃は白衣の胸ポケットに忍ばせて来た名刺をその女性に差し出す。

 「変わったお名前ですね」

 「そうでしょ。まず苗字からして乳井室なんて、読めないですよね。どういう由来なのか私も興味はあるんですが、君は何か聞かされていないかね」

 「いえ、何も」

 「あまり名字で深く考える人っていないですものね。専務さんたら面白い方」

 「いや~、そうですか」

 一笑した上で、改めて名刺を眺めてた彼女が口を開く。

 「それよりもむしろ私、お名前の方が気になりますわ。随分変わっていますよね」

 「乳井室君、名前なら聞かされているんじゃないかね」

 天璃は、鼻の下を伸ばしきった下塚の方を一瞥する。

 まったくこの狸じじい。普段はテンと呼び捨てをしているくせに。例え取引先の人の前でも、その呼び方を崩さないというのが、俺のステータスとか言ってなかったか。

 下塚は引きつり笑いをする天璃を見て、すっとぼけるような笑みで、ん? と首を傾げる。

 営業畑で叩き上げて来た人だから、多少の方便は仕方があるまい。自分なりの解釈をした天璃は、目線をテーブルに移し、名前の由来を話し始める。

 「えっとですね、結構くだらない理由なんですが、ウチの親、結婚するのが遅かったんですね。そのうえ、なかなか子宝に恵まれずにいたんです。両家の親は早く孫を見せろと言うわ、近所の人は、まだなのと聞くわで、かなりのプレッシャーがあったそうです。そして、結婚5年目にしてやっとできたのがわたしで、もう本当に嬉しくって、仕方がなかったそうです。出来ただけでもキセキなのに、生まれて来たばかりの赤ん坊を見たら、あまりに嬉し過ぎて死んでしまうんじゃないかと思ったそうです。そして、両親は知らず知らずのうち、同じ単語を繰り返すようになっていたそうです。それは、周囲の人たちも同様だったそうです。そして最後の止めが、あまり変な名前でも困るし、かと言ってあまり平凡な名前もつまらないわねという母の言葉で、父は閃いたそうです。この子は、天璃という名で呼ばれたいんだって。で、試に生まれて来たばかりのわたしに、天璃って呼んでみたそうです、そしたら手足をばたつかせて喜んだって、この辺りは嘘だなって気がしますけど。で、こんな変な名前になったっていう訳です」

 話し終わった天璃は、いけないという顔をして目を上げた。

 普段はこんなに喋らないのだが、寝不足な頭の上、下塚の手前、それなりの説明をしなければと気張った結果、話している途中で収拾がつかなくなってしまっていたのだ。

 長い説明で、飽きさせてしまったのではないかと恐縮する天璃に反して、目頭を押さえていた。

 「良いお話ですね」

 はて。それほど感動を呼ぶ話ではないが。むしろ、同情される方が多い話なのだが。現に鈴木女史なんて腹を抱え、のた打ち回ったくらいだった。

 

 「いや本当。親は名前を考えるのは一苦労なもので、私にも、二人娘がいるんですけど、もうそうれはそれは大変だったんですよ」

 下塚の切り返しに、ホッとした天璃はうっかり目が合ってしまい、慌てて目線を逸らす。

 「下塚専務、僕の話はこの辺で、今日、僕がここに呼ばれた用件は」

 「ああすまない。すっかり忘れていた。こちらモデルをされている……」

 「最上美希と申します」

 「いやはや申し訳ない。最近、滅法忘れぽくなって。で、君に頼みがあるそうなんだが」

 はぁと、目線を少しだけ上げた天璃を、最上美希の大きな瞳にしっかりとらえられ、狼狽えてしまう。

 「口紅を作って欲しいんです。赤色で透き通るような。私最近、アレルギーを起こしてしまって、どの口紅も合わなくなってしまったようなんです」

 そう言って顔からマスクを外し、荒れてしまった唇を見せる。

 確かに唇を縁取るように赤くはれている様子が、一目で分った。

 「病院へは」

 「行きました。でも何が原因か分からないんです。精神的なものからじゃないかとも言われたんですけど、それでは困るんです。今頑張らないと私」

 目力に圧倒されながら、天璃は分かりましたと頷く。

 「出来ればオーガニックでお願いできますか。化学的なものがいけないと、私思うんです」

 しっかりと手を握られ、天璃は最上美希から無意識に目を逸らした。

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