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LOVE HOUR  作者: kikuna
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第三章 泣いてもいいですか?3

 二週間の休暇を終えて天璃が出社すると、真っ先に声をかけて来たのは、身知らぬ女性だった。

 ボイッシュな感じのその女性は、白衣を纏い、さっそうと歩き、天璃に近付いてきたのだった。

 「もしかして、乳井室天璃さんでいらっしゃいますか?」

 きりっとした顔立ちに呆気を取られていると、その女性は口元を少しだけ上げ、言葉を連ねる。

 「一昨日からこちらで勤務しております。庄司華絵しょうじはなえと申します。今後ともよろしくお願いいたします」

 丁重な挨拶をされ、天璃は戸惑うように頭を下げ、上げる頃にはもう庄司の姿は、カツカツとヒールを鳴らし階段を上って行っていた。

 「彼女、凄いですよね」

 高瀬だった。

 いつの間にか横に立ち並んで、階段を上って行く庄司を一緒に見上げていた。

 「おはようございます。もう、お躰は大丈夫なのですか?」

 しばらく見ない内に、高瀬が大人びて見え、天璃はドキリとなる。

 今までとどこか雰囲気が変わっていた。

 何がどうと言い表せないのだが、じゃあ私はこれで、と頭を下げられ、さばさばとした足取りで事務所へと戻って行く高瀬を、しばらく見やってしまった天璃、ぽかーんとさせられてしまっていた。

 大きく首を振り気を戻した天璃は、短い廊下を歩き研究室へ向かう。

 通い慣れた場所だが、こう日数が空いてしまうと妙に照れ臭いもので、ドアノブを握る手が微かに震えてしまう。

 開こうとしたドアが勝手に開き、小さな悲鳴が上がった。

 危うくぶつかりそうになった鈴木女史が、目を瞬かせる。

 「おはよう。ああびっくりした。テンちゃん、もう大丈夫なの?」

 「おかげさまで」

 「おおテンちゃん。やっと出て来たか。室長、テンちゃん、無事生還です」

 鈴木女史に背中を押され、中へ入って行く天璃を見て、皆が笑顔で近づいて来る。 

 天璃は思わず泣きそうになりながら、銘々に挨拶を交わし、自分の席に着くと、首を傾げる。

 分厚い封筒が、デスクの上を占領していたのだ。

 天璃はきょとんとする。

 その様子に気が付いた森岡が、

 「それ、専務が珍しく直々に持って来たんだけど、なんかの本らしいですよ。俺、ずっと中身が気になっていたんですよね実は。早く開けて、中身見せてくださいよ」

 急かされ、天璃は早速、ハサミを取り出し封を切る。

 

 天璃は、絶句だった。

 ビニール貼りされた写真集を見た森岡が、口笛を吹く。


 フードを被った最上は手で口をかくし、大きな瞳が力強く一点を見つめている姿が映し出された表紙。


 「それ、話題になったやつだよね。専務、スケベだと思っていたけど、こんな物まで、テンちゃんに強要するわけ?」

 怖い顔で見られた森岡が、少し体を引かせる。

 「知らないの?」

 表紙の感じからして、普通のではないとは、無知な天璃にだって分かる。

 天璃は中身を見ず、研究室を飛び出していた。

 夢中で最上に電話を掛ける。

 衝動的だった。

 呼び出し音から最上の声に変わり、天璃は一言も発せらずにいた。

 「天璃から電話なんて、珍しい。やっと私の魅力に目覚めてくれたの?」

 口の中がからからに乾き、開くのも容易ではない天璃は、何か話さなければと気ばかり焦るが、なかなか言葉に出来ず、やっとの思いで言った言葉は、どうしてだった。

 「どうしてって? 何がですか?」

 「ごめん。今、頭がパニクっていて、今日、会えませんか?」

 「やったー。初めてですよね。天璃から誘ってくれるの。いいですよ。何ならどこかお泊りで出かけません? 私、しばらくオフですから」

 「オフって、どうかされたんですか?」

 「どうもしませんよ。ただ仕事がこないだけです」


 最上と約束を取り付けた天璃は気を取り直し、研究室に戻って行くと、森岡が鈴木女史たちと一緒になって写真集を眺めていた。

 「この子、脱いじゃったのね」

 鈴木女史が、席に戻ってきた天璃に場所を明け渡しながら言う。

 「私、この子のヘアーメイクをしたことがあるんです」

 庄司の言葉に、一同の視線が集まる。

 「私の働いていたお店によく来ていて、一度だけ髪を触らせて貰ったんですけど、口数が少なくって、こんな大胆な事をする子には見えなかったけど。人は見かけによらないんですね」

 誰もが返す言葉がなく、銘々の仕事に戻る。


 「私、負けられないんです」

 あの日、最上が言った言葉を天璃は思い出していた。

 その言葉にこんなことが隠れているとは……。

 口紅の資料を開いたものの手に付かず、専務に挨拶をしてくると言い残し、天璃は席を立った。

 

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