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LOVE HOUR  作者: kikuna
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第三章 泣いてもいいですか?1

 昼下がりのカフェテラス。

 人目を避ける様に天璃は中へ入って行く。

 店の奥側に座る比呂美が手を軽く上げて見せる。

 無言で前に座った天璃を見て、比呂美はゲラゲラと笑ってしまう。

 コートの襟を立て、大きめのマスクで顔を覆っている。

 まるでハードボイルドに出てくる格好をしている天璃。


 「もうやめて欲しい。なんかこれじゃいけないことをしている二人みたいじゃない」

 「うるさい。笑うな。人の苦労も知らんで」

 「知らん知らん」

 どうにも笑いが止まらない様子の比呂美を、天璃は恨めしい顔で見る。

 辺りをキョロキョロと見まわしてから、マスクを外した天璃は大きなため息を吐く。

瑠璃の監視が厳しいのだ。今日も、学校へ行っている隙を狙ってここにやって来たのだが、侮れないのが瑠璃だ。ニコッと天使の笑みで、そこらへんに情報網を張り巡らわせて、逐一に天璃の行動を分かるようにしている。

 「これじゃストーカーじゃないか」

 抗議をする天璃に、悲しい顔を見せ、

 「実ん兄のどっかで倒れとるかもしれんけんっち思うっち、瑠璃、心配で学校になんか行っちられんけん。そげんゆうなら瑠璃、学校、行かん。ずーっっちりっちゃんん傍にいる」

 と大粒の涙を一粒だけ流すのだ。

 どちらが悪いことをしているのか分からなくなってしまい、ああいや、ごめん。などと言葉をつい引っ込めさせられてしまうのだ。

 すぐに、しまったと思うのだが、後の祭り。

 瑠璃が小悪魔的な笑みで歯を見せる。

 まるで重雄も瑠璃には甘く、

 「兄ちゃんの躰ば心配してくれる優しい妹の気持ち、汲んでやりなっしぇ」

 などと、援護射撃で瑠璃を庇ってしまうから、尚更性質が悪い。

 いくら手術しても、これでは元の木阿弥。胃に穴が開いてしまうのは時間の問題。やけくそな気分で、天璃は比呂美を見る。

 「やっとゆっくり話せるね。いつ振りくらいかな?」

 あっ、標準語。

 新鮮さを感じながら天璃は答える。

 「たぶん、卒業式以来じゃないかな。去年、あったけど軽く会釈程度だったから」

 「そっか、もう一昔前になっちゃうんだ」

 「蒲池、違った柴田さんはいつこっちに戻って来たの?」

 「昔みたいに、比呂美って呼んでいいわよ。こっちには5年ほど前かな。東京でいろいろあって、嫌になって帰って来ちゃった」

 「そっちは? もうこっちで落ち着くことにしたの?」

 「俺はたぶん、しばらく東京かな。妹が大学、あっちにしちゃったし、監視役が必要みたいだから少なくても4年は向こうにいると思う」

 「そっか」

 二人の前にコーヒーとクリームソーダ―が運ばれてきて、ウェイトレスが考えなしにそれぞれの前にそれを置くと、立ち去って行く。

 「相変わらずなんだね」

 自分の前に置かれたクリームソーダ―を天璃の前に置き直した比呂美が、クスリと笑う。

 「なんか胃をやられてから、カフェインをどうも受け付けなくなっちゃって」

 「別に、言い訳しなくてもいいわよ。昔から甘いもの好きなのは知っているし、そうやって飾らないとこ、好きだったわけだしね」

 「え? そうなの?」

 「あれ、知らなかったの?」

 初耳だった。

 部活の帰り道、バクバクいっている心臓で、すいとーと叫んだら、上手くいったという流れで、深く考えたことはなかった。あとは比呂美が、戸惑う天璃を引っ張っていった感じで、別れてからもぽかーんとした空虚だけが、残されているだけだった。

 天璃は恥ずかしくなると、耳たぶを引っ張る癖がある。

 さっきから耳が千切れてしまうんじゃないかと思うくらい、右の耳たぶを引っ張り続けている。

 「ねぇ天璃、今好いとぉ人、おんしゃあん」

 また地元の言葉になった比呂美を、天璃は不思議そうに見つめる。

 「おらんんなら、うちば連れて逃げてくれんけん?」

 天璃は飲みかけていたソーダ―を吹き出しそうになり、慌てて紙ナプキンで口元を拭く。

 「なんがあったんよん?」

 「退屈でしょんなかんちゃ。アバンチュールもなかし、こぎゃんん耐え切れんけん」

 もはや病気なんだろう。天璃は質素で真面目そうな柴田さんの顔を思い浮かべながら、同情の念を送る。こうやって、次々と男を乗り換えて来たのだ。洋服を着替えるかのように、それが原因で東京から逃げ出してきて、親の進める相手と結婚したのだが、運悪く、子宝に恵まれない比呂美に、姑の強い圧力がかかっていた。それを改めて言う気にもなれなかった比呂美は、天璃にこんな形でしか自分の気持ちを伝えることが出来ないのだ。

 そんな女心をくみ取れるはずもない天璃は、眉を垂れさげ、この上ない情けなさを曝け出し、声をひっくり返し、聞き返す。

 「何、バカなこと言ってんだよ? それじゃあんまりだろう? 柴田さんが気の毒だ」

 「無理か。そうよね、天璃君には少し、荷が重かったわね。今の話、忘れて」

 そう言った比呂美は、携帯で時間を確認すると、上着を羽織る。

 「行かなくちゃ」

 その言葉に促されるように、天璃も席を立った。

 比呂美はテーブルの上に、自分の分のお金を置くと、先に店を出て行ってしまう。

 この潔さも比呂美ならではだ。

 振り返ることもしないで行ってしまう比呂美の後姿を見送りながら、天璃は複雑な気持ちを抱えたまま踵を返す。

 甘酸っぱい昔の思い出と共に、これも永久保存版で天璃の胸にしまわれるのは確実だった。

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