第二章 どうすればいいの?7
数日後、乳井室一家は新幹線の中にいた。
美璃を重雄の元へ送り届ける目的をかねての里帰りだが、瑠璃だけが一人はしゃぎ、流れる景色を指さし喜んでいるのとは裏腹に、天璃と美璃の両名はそんな気分になれずにいた。
実はここまで騒ぐ理由が、美璃にはあったのだ。
重雄、どうも心臓の具合が悪いらしく、時々胸のあたりを押さえてじっとして動かなくなっていることがあるらしい。仕事仲間たちが何回か目撃をし、美璃に助言を入れていたのだ。それを電話で問いただされた重雄は、そんな事はないとしらを切り通そうとしたが、
「うちば一人にしゃしぇる気」
と美璃に泣かれ渋々病院へ行くことを承諾をさせたのだ。
それはそれで、天璃の気を重くさせていた。
結果次第では、乳井室家に大きな衝撃が走る。それに耐え兼ねる自信がないという口実を作り、美璃は天璃を同伴を頼んだ。
その天璃の顔色も芳しくない。
母親と妻の両面で心配を強いられた美璃としては、胸中穏やかではいられず、深いため息が自ずと口を次いで出てしまっていた。
天璃とて不調な躰を抱え、山積にされた問題に、矢張り口をついて出てくるのは、ため息ばかりだった。
「母しゃん、俺、戻った方のよかとな?」
ポツリと新幹線の中で聞く天璃を見て、美璃はゲラゲラと笑い出す。
「あんたくさ、そげなこつば気にせんでもよかと。竹男おいしゃんやしぇのれ松人もいるし、瑠璃の入り婿ばぶちよかし、天璃な、今ん仕事ば頑張りない」
きょとんとする天璃の膝を叩き、美璃は頷く。
「瑠璃は、お嫁に行かないもん」
「やったら尚更やね」
瑠璃はプイと横を向いてしまう。
そう簡単なことではない。一人息子としては、まじめに考えなければならない問題で、美璃の横顔をそっと見た天璃は、小さなため息を漏らす。
博多に着くと、今か今かと待ち構えていた重雄が、美璃を見て顔を綻ばす。
「父しゃん、そげん母しゃんの好いとぉら心配かけなかで、素直に病院へ行けばちゃかったじゃなか」
車中、瑠璃に言われ、重雄は渋面で言い返す。
「おれは病院のすかんなんや」
「そげなボウズのごたぁなこつ言うて、もし大病やったらどがんすっと」
美璃にチクリと刺され、重雄はググッと喉を鳴らし押し黙ってしまう。
そのやり取りを黙って聞いていた天璃は、
「おれ、こっちに戻っち来て、父しゃんん仕事ば継ごうか」
とぼそりと言う。
面を食らったように一同は目を見開くが、最初に笑い出したのは重雄だった。
「兄ちゃんは軟だから、向いやない」
「しゃっきも言うたろーが。天璃はそげなこつば考えなくてよかと」
「だけん、りっちゃんの日に焼けた姿もよかかも。瑠璃、そいぎ東京なんか行かんで、母しゃんん仕事、手伝っちもよかよ」
「やめだやめだ。もしらごつん話はやめ。ウチん仕事はもう弟に任しゅっち話はついとる。松人もだいぶ仕事、覚えてきとるし、なんも心配は要らんけん。そいに、おれの明日にも死ぬちゃうな不吉な話、せんでちゃくれちゃ。ましゅましゅ病院へ行きよったくなくなっちきよった」
「そいはいかん」
どさくさに紛れて病院へ行くのを拒む重雄に、一同口をそろえて言った所で家に着き、天璃は眉を垂れさげる。
ここへ帰って来るという事は、否応なしに顔を合わせなくてはならない。家から一歩も外に出ないと言うのなら別だが、まして、重雄を総合病院へ連れて行くとなると、会ってしまう確率が高くなる。
天璃にはもう一つ悩み事があった。




