第二章 どうすればいいの?2
廊下ですれ違った高瀬が、天璃を呼び止める。
「乳井室さん、本当に大丈夫ですか? 本気でよれよれになっていますよ」
「大丈夫ですよ。もう高瀬さんは心配性だな」
へらへらと笑って話す天璃を見て、大きな瞳を見開き、次の瞬間、高瀬は天璃の額に手を伸ばしていた。
ハッとなった高瀬は、手を引っ込め、ごめんなさいと謝る。
「どうしたんですかいきなり」
「私……、てっきり、熱でもあるんじゃないかと思って」
「そんなものないですよ」
「だって、気のせいか白衣までよれよれしているように見えちゃったから……、躰のどこかが悪いのかと思って」
「白衣? 今日、クリーニングから戻って来たばかりのを着たんだけどな」
「本当にごめんなさい」
「大丈夫ですよ。じゃ、仕事なんで」
そう言って立ち去って行く天璃を見届けた高瀬は、大急ぎで自分のデスクに戻り、周囲に気を使いながら、内線を入れる。
電話の相手は、同期入社の小鹿にだった。
間延びした応対ででた小鹿に、眉間にしわを寄せた小鹿が口早に飲み会の誘いを入れる。
「ええーいいよ。二人っきりで」
「うーん、それより大勢の方が楽しいし、私、先輩たちを誘ってみるから、陽奈子も誰かを誘いなよ」
「そうだね。分かった。誘ってみる。うんうん。待ち合わせは、会社のロビーで六時だね。了解」
話を済ませた小鹿は電話を切るなり、天璃の所在を確認しながら、今の話、聞こえました。と、声を張り上げる。
「聞こえたじゃないわよ。小鹿、時間と場所をわきまえなさい」
鈴木女史の苦言に、小鹿は間延びした返事をするが、効果は全くなかったようでそれを証明するように、行ける方、いらっしゃいます。と悪びれる様子もなく次の瞬間にはそんな言葉を発していた。
本気で鈴木女史の頭に角が生え、怒りを顕わにしたところに、天璃が戻って来た。
「天璃先輩、今日なんですけど、飲みに行きません?」
「行きません」
即答されて、小鹿は目をぱちくりさせる。それでは、一応灯しての面目が保てない小鹿は、のんびりとした口調だが、狙った獲物を放す気はなかった。
「そんなことを言わずに、行きましょうよ。私の送別会だと思って」
「お前、会社、辞めんの?」
森岡のすっとんきょな声の質問に、小鹿は嬉しそうに振り向き頷く。
「はい。今月いっぱいで、寿退社です」
「寿……、小鹿、今、寿って言った?」
「はい。言いました」
キーッと、鈴木女史の血が頭にのぼって行くのを、天璃は宥めすかす。
「良くお前みたいな化粧お化けと、結婚しようとするやつがいたな」
「酷い。本当に、そんなんじゃ、一生モテませんよーだ」
「モテなくて結構」
「いいこと、こんな男になってはいけませんよ。あ、それともこんな男に引っ掛かっちゃだめですよの方かな?」
「何やってんだ?」
自分のお腹に向かって話す小鹿を見て、森岡が突っ込みを入れる。
「胎教ですけど、それが何か」
「え? 小鹿さん、赤ちゃんで来たの?」
珍しく天璃が声を上げると、小鹿が満面の笑みで頷く。
やれやれと首を鈴木女史が首を振る。
「これを奇跡といわず何という」
森岡の言葉に、小鹿がムッとしながら言い返す。
「それどういう意味ですか?」
「あんたね、順番くらい守りなさいよ」
鈴木女史が口を挟む。
「人を好きになるのに順番なんか考えていられませんよ」
「まぁまぁ」
目くじらを立てて言い返す小鹿と鈴木の間に挟まれて、天璃は仲裁に入るしかなっかった。
「と言う事で、天璃先輩、今日の飲み会には参加でお願いします」
強い口調で言い切られた天璃は、はい。と思わず答えていた。そこでゴホンと、徳田のわざとらしい咳ばらいが入り、一同は口を閉じる。
「機会をみて話そうとは思っていたけど、本人発表があったので、そういうことです。すぐに新しい人を募集するけど、それまでは頼みますね」
一様に返事はしたが、心なしか声に元気がない。
天璃はうんざりしながら、最上美希に頼まれた口紅の分析資料を広げ、深いため息を吐く。




