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LOVE HOUR  作者: kikuna
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第一章 恋のアンサンブル?8

 「よかよか。はよせな、瑠璃の起きんしゃい来ちゃうぞ」

 予知した瑠璃が裸足で玄関から飛び出して来て、そんな天璃を呼び止めた。

 「振り返るな。男、見しぇる時の来よるんだ」

 訳の分からないことを口走る重雄に背中を押され、天璃は車に乗り込む。

 泣きながら瑠璃は、しばらく後を追いかけて来ていたが、天璃は運転する重雄の横顔を、まじまじと見てしまう。

 「なんばそげん見とる」

 そう聞かれ、天璃は口を濁す。

 普段、瑠璃に対しての態度から考えても、泣きわめいて今にも転びそうなうになって追いかけて来る瑠璃を無視して、車を走らせ続けるなどと、思いもしなかったからだ。

 「天璃、おれは別に瑠璃だけば愛しとるわけやない。にしゃばってん、どしこ愛しとるかしっとーか。そん大事な息子のだ、男になる日ば、祝わんけんでどげんする」

 もしかして、ばれている?

 冷や汗が流れ落ち、天璃は目を見開き、そんな父親を食い入るように見る。

 「やけど、ボウズだけはいかん。ボウズばつくるんは。ぴしゃーっとオレで責任ば取れるごとなっちからだ。ほれ、これば持っち行きない」

 重雄は、コンドームをアタッシュケースから出し、天璃に渡した。

 完璧にばれている。

 情報をリンクしたのは、同級生で従弟の松人まつじの仕業だった。

 口にはしていないが、松人も、比呂美狙いだったらしい。

 そういう訳で、天璃は重雄の暑苦しい応援を受け、比呂美との初体験ツアーに出かけたのだ。

 すべてが初めてだった。

 くたくたになるまで遊び、しっかり最後のパレードを満喫した二人は、ディズニーランドの傍のホテルにチェックインをした。

 初夜を迎えた新婚さん。

 二人のセッティングは、そうなっていた。

 奮起して、頑張って、二人は朝を迎える。

 朝焼けの窓を眺めながら、二人は永遠の愛を誓う。

 これは、天璃が描いた予想図。

 しかし帰りの新幹線の中、比呂美は不機嫌な顔全開にしていた。

 何が気に入らなかったのか、ずっと口を利いてくれない比呂美に、やたら気を遣いまくり、疲れ果てた末、

 「うちら、別れましょ。うち、あんだっちは合わんけんのごたぁ。」

 と言われ、その数日後、比呂美は新しい男を作り、平然と腕を組み天璃の前を通り過ぎて行った。


 ……女は怖い。


 強烈に埋め込まれた女性への恐怖心は、それ以来、天璃の脳裏から離れなくなってしまっていた。

 実に情けない話だが、天璃の初恋はこうして幕を閉じたのだった。


 「……天璃さん、話し、聞いています」

 現実に引き戻された天璃は、慌てて返事をすると、不慣れな手つきでナイフとフォークを使い料理を切り分け、口に運ぶ。

 間が持てず、明らかに幻滅顔をする最上に、へらへらとした笑いでその場を取り繕う天璃。

 頬を染めた最上が、うっとりした目を向ける。

 さっきの最上の表情を見て、昔のことを思いだしていた天璃は、魅惑的に見詰める意図を読み取れずにいた。

 「お部屋、取りましょうか」

 最上の言葉に、天璃は顔を引きつらせる。

 「私じゃ、不足ですか」

 お酒でというわけでもなさそうだった。

 もがみのグラス注がれているのは、ジンジャーエールなのだから。

 「流石は女優さんですね。でも大人をからかうものじゃありませんよ」

 「私、からかってなんかいませんよ。本気です。本気で天璃さんを好きになってしまったのです。私じゃダメですか?」

 「ダメとかそう言うのじゃなくて、年齢だって違い過ぎるし、もっと最上さんには似合いの人がいるでしょ。俺なんかじゃなくて、もっとカッコいい俳優さんとかモデルさんとか」

 「天璃さんが良いんです。それに天璃さんも充分カッコいいですよ」

 「それはどうも」

 始終押されっ放しの天璃は、背筋に汗が流れ落ちるのが分かった。

 返す言葉がなかった。

 先に席を立った最上の背を見詰める天璃を、救ったのは瑠璃だった。

 

 電話に出るなり、瑠璃の鋭い声が天璃を突き刺す。

 「りっちゃん、浮気、してないでしょうね」

 天璃はギョッとなり、辺りを見回した。

 あまりにもタイミングが良すぎるのだ。

 「おまえ、帰ったんじゃないのか?」

 「帰ったんやけんちゃ。今、なんで? 博多について父しゃんば待ているところたいばってんなんか怪しいね」

 「なんも怪しくなんかん。今、忙しいから電話切るぞ」

 「りっちゃんがとかっちいるやろうね。浮気なんかしたばいら、瑠璃舌噛み切っち死ぬからね」

 「そう言う冗談は止しなさい。じゃあな」

 強引に電話を切った天璃は苦笑した後、会計を済まそうとしている最上の手を止め、首を振る。


 「最上さん、スイマセン急用が入ってしまいました」

 頭を下げる天璃に、最上は目を潤ませる。

 「私、諦めませんから」

 最上は強引に唇を合わせてから、タクシーに一人乗り込んで行ってしまう。


 赤くはれ上がった最上の唇は、カサカサでものを食べるのが辛そうに見えた。少し血の味が混じっていた。天璃は複雑な思いでタクシーを見送っていた。


 

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