第一章 恋のアンサンブル?7
女性に苦手意識を抱き始めたのは、天璃が高校二年生の冬だった。
それまでは、普通に会話ぐらいなら出来ていたのだが、そのあたりからまともに女性と目を合わせて会話をするくらいはできていた。
げんにその頃、天璃は恋愛をしていたのだから。
学校のマドンナ的存在な蒲池比呂美と、念願かなって付き始めていたのだ。
小学生の頃から始めたというバスケの腕はかなりのもので、全国大会常連の高校へ進学してきたというのは納得がいく話だった。
その頃、天璃も同じようにバスケをする身。
中学の頃から、試合会場とかで何度かすれ違い、お互い顔だけは知っていた。
まさか同じ高校になるとは思わなかった天璃の心は、にわかにざわつく。
小学生の頃から、比呂美の噂は隣町に住む天璃にも届いていた。
その噂の真意を確かめるために、友達たちと見に行ったことがある。
比呂美を一目見た瞬間、天璃の心は一発で撃ち抜かれてしまっていた。
淡い恋心は、あいさつを交わすだけで満足させていたのだが、そんなある日、思いがけないチャンスが巡って来たのだった。
練習試合の帰り道、自転車の鍵を失くしてしまったと言う比呂美の自転車を、天璃は一緒に運んであげたのだ。これで、天璃の株は急上昇を果たし、夏が終わる頃には、二人は公認の仲になっていた。
瑠璃のヤキモチは相当なものだったが、この幸せとは比べ物にならなかった。比呂美は天璃が想像していた以上に、積極的な女性で、気が付くと唇を合わせられていたという場面が、多々引き起こされる。
「冬休み、どこかへ行かない」
と言い出した比呂美だった。
行先を、ディズニーランドに決め、二人は一泊二日の旅行を計画立てた。
あとは先立つものを用意するだけになり、それもあっさり比呂美は解決案を繰り出す。 「うち、東京ん大学から誘われとるんちゃ。そん下見に来るっち言うて、親からじぇに、出してもらう。当然、友達ん名前ば出せんね。そん子っち来るっちゆうわ」
比呂美の積極性には完封負けだった。
運動神経だけのこかとおもっていたのだが、貼り出される実力テストの結果を見て、天璃は苦笑してしまう。自分よりはるか上に名前があるのだ。何よりこの悪知恵を生み出す能力はずば抜けている。そうでなければポイントガードなど務まらないんだろうが。それにしても凄い。感嘆する天璃を、比呂美は冷ややかな視線を向ける。
「バレばってんしたばいらどげんするんだ?おい、そげなしらごつばつきちゃてくれる友達おらんしな」
「ずんだれる男ね。そげなんなんぼばってん、しらごつば吐けばよかやろ。親の友達全員、把握しとるわけばってんなかんだから。ばれたらばれたでそん時ちゃ。来るん? 行かんと? どっちちゃ。はよ決めないちゃ」
「行きましゅ。行かしぇてもらいましゅ」
「ちゃし、やい決まりやね」
という訳で、煮え切らない天璃は比呂美に尻を叩かれ、当日を迎えたのだった。
こっそり起き上がった天璃は、瑠璃に気が付かれな様に、押し入れに隠しておいたリュックを背負い、そっと玄関の戸を開け、そして、めんを食らってしまう。
重雄が、防寒着を着て家の前に車を止めて待っていたのだ。




