第一章 恋のアンサンブル?6
帰りたくないとぐずる瑠璃を無理やり新幹線に押し込めた天璃は、大急ぎで構内を移動していた。
最上との約束の時間まであと一時間。何もなければ、余裕で間に合うはずなのだが、そうさせてくれないのが、電車である。
場内アナウンスに足を止めた天璃は、改札口の乗車案内板を見上げ、天璃はがっくりと肩を落としてしまう。
線路内人の立ち入りのため、40分の遅れって、まじか……。完璧に間に合わない。
違う路線を使っても結果は同じようなもの。眉を垂れさげた天璃は、静かな場所を求め歩きながら、電話を掛ける。数回コールして、留守録に変わってしまい、天璃は携帯を当てていないもう片一方の耳の穴に人差し指を入れ、遅れる趣旨のメッセージを入れる。変な仕草だが、緊張した時に出てしまう癖だった。
「仕方ないか」
同じメッセージを流し続けている掲示板をもう一度見上げ、そう呟いて改札を抜けようとする天璃に、誰かが叫ぶ声が聞こえ、足を止める。
天璃と同様に、何人かの人が同じ動作を取っていた。
帽子を目深にかぶりマスクした女性が、見るからに必死で走って来るのが見え、天璃は眉を顰める。
自分を呼び止めているものだ思わなかった天璃は思い直し、改札を背にして歩き出す。
当てが付かない電車よりタクシーを使うつもりで歩き出したのだが、いきなりグイと腕を掴まれ、ギョッとなり足を止めた。
「だから待ってって言っているでしょ」
余程暑かったと見え、マスクを取ってそう言う顔を見て、初めてその人物が誰なのか分かり、天璃は目を大きくする。
「あれ、最上さん?」
「良いからこっちへ来て」
きょとんとする天璃を有無なしに構内の端へ連れて行った最上は、まだ肩で息をしていた。
「えっと?」
聞く天璃を、最上は肩で息をしながら上目使いで見る。
「今日、この近くでロケがあって」
「ロケ……ですか」
黒目がちな瞳にぽっちゃりとした顔立ちなのに、独特の雰囲気を持つ最上に見詰められ、天璃はたじたじになってしまう。森岡情報によると、瑠璃と一歳し関わらないはずなのに、だいぶ大人びて見えるのは、職業柄のせいだろうか。
変な間が出来てしまい、天璃は目のやり場に困ってしまっていた。
「ちょうど今終って。急いで来たら、アナウンスが流れてて、そしたらあなたの留守録が入っていて、で、聞きながらですね、一応確認のために来てみたら、あなたの姿が、見えて、あなた、大きくて良かった」
息が苦しそうに話す最上にというより、女性に対し何をどうやって話していいか分からない天璃は、じんわりと額に汗をにじませながら、言葉を絞り出す。
「大丈夫ですか?」
「これが、大丈夫に、見えますか?」
「いえ」
「ですよね。全力で、走って来たんですよ。普段、あまり運動しない、私が。もう死ぬかと、思いました」
何がいけなかったのか、最上の受け答えの乱暴さに、天璃は眉を垂れさげ、慎重に言葉を選ぶが、
「死なないで下さい」
と間抜けなことを言ってしまい、思いっきり地雷を踏んでしまっていた。
「あなた、バカにしています? どうせ、売れていない新人モデルが死んだって、誰も悲しまないとか、思っているでしょ」
今日の最上は様子がおかしいかった。
「思っていません。というより、今日はどうしたんですか?」
「私はいつも通りですよ。いたって健康で、いたって明るく可愛いアイドルスマイルが似合う最上美希。何ならスリーサイズもお教えしましょうか」
「とにかく、どこかへ入りませんか?」
行き交う人に目をやり、天璃はため息交じりで提案をした。




