序章1
兄妹愛の物語、書いてみました。
作中、博多弁が出てきますが、”もんじろう”の力をお借りしています。
では、恋のから騒ぎの始まり始まり。
ドアが開き初冬の風が車内になだれ込む。それと同時に押し出されてしまう。再び中へと戻る。この繰り返しを三度ほどくりかえしたした天璃は、身の置き場に困り果てていた。
目の前に立つ中年の御婦人は、痴漢だと、どうやら勘違いされているらしい。人の波に逆らうことが出来ずにいる天璃は、三度目の波にのまれ電車の戻ったは良いが、大学時代から愛用しているバックが、年甲斐もない装いをした御婦人の臀部に当たり、それに気が付き、慌てて引き上げたのだが悪かった。どうやらご婦人、この情けなく眉を垂れさげた男が、手で撫でまわしたのではないかと思っているらしい。下から上へ見上げる様に、ぎろっとした目つき、いかにも威嚇しています。といった具合で睨みを利かせている。
そもそもこの時間の電車に乗ってしまったのが間違いの元。こういう状況が苦手な天璃は、これより一時間早い、電車をいつもは使っているのだが、出かけるのにまごついてしまったのだった。
夕べの母親からの電話を思い出した天璃は、ついため息を漏らしてしまう。
なんとも頭が痛い話なのだ。
車内アナウンスが流れ、冷たい外気と入れ違いに人が外へと吐き出され、ようやく反対側のドアが開く。威嚇射撃をしていたご婦人もそこでお別れになり、奥へと進むことができた天璃の顔が窓に映る。
大きく車体が揺れ天璃の躰も大きく傾く。
たかが妹の上京に、こんなに神経をとがらせることもない。彼女と同棲をしているわけでもなし、来られて困る条件など一つもない。無いのだが……、天璃の眉は情けなく垂れ下がる。
12歳年が離れている妹の存在は、可愛いくないはずがない。むしろその逆。生まれたばかりの妹を見た時、こんなにも可愛い存在がこの世にあるんだと思い知らされたのだ。仕事で忙しい両親に代わって、世話をするように頼まれても、何の苦にもならなかったのは、ひとえにあの天使のような笑顔があったからだと思う。確かに、よその兄妹よりは仲が良いのは認める。少し世話を焼きすぎたのも事実だ。それはあくまでも兄としての役割を果たしただけ。それ以上でもそれ以下でもない。
ふと瑠璃の顔が浮かぶ。
上京する日、涙でいっぱいになった瞳はまっすぐ天璃を見ていた。
まだ6歳の瑠璃だ。
母親の美璃にしっかり捕まえられ、それでもなお追おうとする瑠璃を、天璃は何度も振り返り見る。
「兄ちゃん、今の踏ん張りどころだ。振り向くな。瑠璃んこつは心配いらんけん」
父親である重雄の言葉が、今も耳の残っている。
車内アナウンスが流れ、今度は降りるのに一苦労させられながら、天璃はホームへやっとの思いで降り立ち、人の波に押されるように階段を下りだす。
考えてみれば天璃の人生は、常にこの繰り返しだったような気がする。
波風が立たないように無難に生きる。背が高いというだけでバスケをし、何となく地元に居づらくなり、東京の大学を受け、就職もその通りに無難な線で狙って決めた。ふと気が付けば30歳になっていた感がある。だからと言ってつまらなかった人生ではない。そんな言い訳を自分にしても仕方がないのだが、瑠璃の上京は、天璃にとってそれほど深刻なものなのだ。