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処刑  作者: 京介
3/5

3.処刑(藤島里菜と江口涼太郎)

 目が覚めた時、俺は教室にいた。暗かった。カーテンが閉められていたが、窓の外に光を感じなかった。すでに夜になっているらしい。

 俺はたしか、屋上にいたはずではなかったか。周囲を確認すると、比奈子、涼太郎、里菜の三人が倒れている。眠っているようだった。

 身体を起こそうとしてバランスを崩した。俺は自分の両手を見て愕然とする。俺の両手には枷がはめらていた。

「なんだよこれ……」

 俺は呟く。俺の隣でうめき声が聞こえる。比奈子が目を覚ます。彼女の両手にも枷が付けらていた。

 比奈子は最初、自分の状況を呑みこむことができていないようだった。ぽかんとした表情で枷をはめられた両手を眺め、俺を見た。

「何? これ」

「分からない。俺たちは儀式をしていて……」

 俺の言葉は叫び声で遮られた。声のした方を見るといつの間にか目覚めた里菜が狂ったように喚いている。

「失敗した! 私たちは失敗したんだ! 呪い殺される!」

 里菜の狂乱を見る比奈子の表情が恐怖に歪む。

「まさか……」

 里菜は立ち上がると窓に駆け寄った。カーテンを掴み、思いきり引く。窓には鉄格子がはめられていた。里菜の顔が絶望に染まった。里菜は鉄格子を握る。途端に悲鳴を上げた。鉄格子から手を離すと、両手を見る。

「手が、私の手が!」

 見ると里菜の両手が焼けただれている。紫色に変色し、少しだが骨が見えていた。肉が焼ける不快な臭いが漂ってくる。俺は鉄格子に近寄ってよく見てみる。鉄格子から強い熱を感じた。

「何なのよ! もう」

 訳が分からないわ! と比奈子が喚いた。彼女もまさか本当に呪いが存在するとは思っていなかったのだろう。そしてそれは俺も同様だ。

「とにかく逃げよう。ここから脱出するんだ」

 まだ信じることはできないが、もしこれが本当に呪いならば、何とかしないと非常にまずいことになる。俺の脳裏に、殺されたという四人の話がちらついた。

 その時、教室中にベルが鳴り響いた。警報機が作動したような音が鼓膜をふるわせる。

 教室のドアが開き、巨体の男たちが入ってくる。彼らは俺たちをいとも簡単に押さえつけた。まだ眠っている涼太郎の腹を蹴り上げる。カエルの鳴き声のような音を立てて涼太郎は胃の中身をぶちまけた。男たちは俺たちの腰に縄を結びつける。

「さあ、罪人は外へ出よ! 今こそ贖罪の時!」

 どこからか声が響く。屈強な男たちが犬の散歩をするように縄を引く。抵抗したが、そいつらの力は尋常ではなかった。

 俺たちは引きずられ互いにぶつかりながらもなんとか体勢を整えながら進んだ。校舎の中は赤い照明で照らし出されていた。窓にはすべて鉄格子がはめられている。空は赤黒い雲で覆われて、太陽が見えない。

「本当にここは、呪いの世界なのか」

「知らないわよ」

 比奈子の言葉にはいつもの元気は無くなっている。ひどく混乱しているようだった。

 階段を降りると、昇降口が見えてくる。俺たちは昼間、ここから校舎に入ったんだと思うが、ひどく昔のことのような気分がした。

 俺たちは校庭に引きずり出される。

 校庭にはたくさんの人がいる。何百人という人々が身体を揺らしていた。その表情は暗かったが、同時に楽しそうだった。汚れきった服を着て、視線をあちこちに彷徨わせていた。校庭の中央は木製の巨大なステージが用意してあった。群衆は、その空間を取り囲むようにひしめいている。

 俺たちはわけが分からないまま、ステージにあげられる。ステージには四本の柱のようなものが立てられている。長さ三メートル、直径は三〇センチほど。俺たちはそこに拘束される。手を木の後ろに回され、枷を付けられる。

 腰のロープを解かれたが、俺たちは完全に動くことができなくなった。

 ステージに一人の男が上がる。男はピエロの格好をしていた。ピエロは群衆に向かって叫ぶ。

「さあ、罪人はそろいました! 彼ら彼女らは、己の罪を、自らの死を持って罪を償うのです!」

 群衆が沸き立つ。何かを喚いているが、言葉がよく分からない。

「助けてよ! 私たちは何もしていないのに!」

 里菜が叫ぶが、ピエロは無視するとステージの脇を指し示した。

「それでは、皆さまお待ちかね! 彼らを罰し、安らかなる眠りを与えるために選ばれた、処刑人の登場です!」

 頭からすっぽりとローブを被った四人の人間がステージに上る。年齢や性別はローブのせいでよく分からなかったが、佇まいから全員が若い男ではないか、と思った。ゆっくりとステージ中央に歩を進めた。

「処刑の順番は、彼らの手によって決められます。まずは……処刑人φ!」

 ピエロの声に、一番右に立っていた処刑人が反応して、一歩前に出た。ゴゥッと巨大なノイズのような歓声が上がった。

 処刑人φは深々とお辞儀をすると、振り返り俺たちを見る。少しのあいだ、何かを考えていたようだったが、里菜の目の前に移動した。

「さあ、決まりました! 最初の処刑は藤島里菜!」

「いやああああっ!」

 里菜が狂ったように叫ぶとメチャクチャに身体を動かして暴れた。しかし、柱に固定されているので、逃げることなどできない。

「死にたくない! 死にたくないの!」

 処刑人φはローブをゆっくりと取る。そいつは純白の仮面を付けている。口も鼻も開いていない。目の箇所だけに、穴が開けられている。仮面には大きな円が描かれ、その円を断つように縦に線が引かれている。小文字でφと書かれている、と俺は気が付く。

 処刑人φは、涙と鼻水でひどく汚れた里菜の顔を冷徹に眺めた。俺たちを拘束し、校庭まで引っ張り出してきた大男たちが再び現れ、ステージにソファのような巨大な椅子を用意する。しかしソファのように柔らかそうな代物ではない。鉄パイプで組み上げられた、武骨な椅子だった。

 大男たちは激しく暴れる里菜を柱から解放し、椅子に無理矢理座らせた。両足は椅子の脚に針金で結びつけた。両手も肘掛けに針金で固定する。針金をきつく締め上げたせいで、里菜が苦痛にうめく。彼女の両手がみるみる鬱血していく。

 群衆は里菜に注目している。ノイズのような歓声が再び上がる。歓声はだんだんリズムを取り始める。俺はそれが歌であることが分かる。

「ファイ! ファイ! 処刑人ファイ! 処刑人ファイは抜け殻が好き。空っぽ空っぽ、みんな空っぽ!」

 不快な合唱が校庭に響き渡る。ファイは椅子の後ろに回ると歓声にこたえるように両手を上げる。俺たちはそれを背後から見る。

 処刑人φはローブから電動ドリルを取り出す。片手で持てる小さなドリル。φがスイッチを押すと耳障りな音を立てて回転する。

 ファイは回転するドリルの先を里菜の頭に無造作に突き刺した。里菜が身体を大きく痙攣させた。椅子がガタガタと揺れた。φは構わずドリルで彼女の頭蓋骨をえぐった。脳深くまでドリルが到達したのを確認すると、φはドリルを抜いた。血と脳漿と脳がこびりついたドリルを眺めると再びスイッチを入れる。遠心力でこびりついたものが飛び散った。φは最初の位置から少しずらしたところにドリルを突き刺す。里菜が再び身体を激しく揺らした。異臭が周囲に漂い始める。どうやら里菜が漏らしたらしい。椅子の下に汚物が溜まり始める。

 φは最終的に里菜の頭に均等に六つの穴を開ける。里菜はすでに動かない。φは大事そうにドリルをしまうと、今度は回転ノコギリをローブから取り出す。確かめるようにギィィィィッと稼働させる。

 φは回転ノコギリを里菜の頭に当てると、頭蓋骨を切り取り始める。血が流れ髪の毛が飛ぶが、φは気にするそぶりもなかった。穴と穴をつなぐように頭蓋骨を断ち切っていく。

 全てを切り取ると、φは里菜の頭頂部を開く。パカリと蓋を開けるように彼女の頭が開き、脳があらわになる。先ほどのドリルのせいで、脳はすでにかなり傷つけられている。

 φはその脳を愛おしげに撫でる。と思うと里菜の脳を乱暴に鷲掴みにする。里菜の身体が小さく揺れた。φはそのまま里菜の脳を引きずり出す。ブチッという音が響いた。φは掴んだ脳を捨てる。そして里菜の頭蓋骨に手を突っ込むと、残りの脳を掻き出した。

 俺の頭に、さっきの歌が響き渡る。「ファイは抜け殻が好き!」

 里菜は脳を失った。彼女はまさに抜け殻だった。

「さあ、素晴らしい処刑でした! 藤島里菜の罪は償われました!」

 ピエロが大声で群衆を煽る。処刑人φはまた深くお辞儀をするとステージを降りた。

「続いては、処刑人μ! 次に罪を償うのは誰だ!」

 処刑人φとは違うローブの男が前に出る。群衆が熱気を帯びる。

 処刑人μは群衆に向かって深くお辞儀をすると、ゆっくりと俺たちの吟味するように歩く。μは江口涼太郎の前で立ち止まる。

「罪を償うは江口涼太郎!」

 ピエロが叫ぶように言った。

 大男たちが鉄パイプの椅子とその上で事切れている里菜を回収すると、これまた鉄パイプで組み上げられたベッドを用意する。

「……何するんだよ」

 涼太郎はすでにまともにしゃべることもできなくなっている。それだけを言うと、口をパクパクと動かした。

 大男たちが涼太郎をベッドに縛り付ける。鉄だけで造られたそれは非常に硬そうで、拘束された涼太郎は苦悶の表情を浮かべた。

 大男たちが涼太郎の衣服を引き千切り、裸にする。涼太郎はすでに抵抗する気力を失っている。

 群衆が再び歌いだす。

「ミュー! ミュー! 処刑人ミュー! 処刑人ミューは削るのが好き。削って削って、みんなツルツル!」

 処刑人μはローブを下す。φと同じで仮面をつけている。その表面には大きく描かれた小文字のμ。

 処刑人μはローブから何かを取り出す。俺は最初、それが何なのかが分からなかった。その正体を知ったとき、俺は背筋が凍った。それは小型の研磨機だった。

 μは研磨機を起動させると涼太郎の腹に押し当てた。絶叫が響いた。涼太郎の腹がみるみるうちに血に染まった。獣のような方向を上げる涼太郎の皮膚を、μは少しずつ削り取って行った。

 数分で涼太郎の片面の皮膚がすべて削り取られた。涼太郎は小さく痙攣している。まだ一応、生きているようだった。大男たちが涼太郎の拘束を解くと、裏返しにしてまた固定する。μは今度は背中側を削り始める。ベッドの下に血の海ができている。ちぎれた肉が血の海に浮かぶ。

 涼太郎の処刑は一〇分ほどで終わる。すべての皮膚を研磨機で削り取ったμはペンチを取り出すと、最後の仕上げとばかりに爪を引っこ抜く。両手両足の全部で二〇枚の爪を取り除くと小瓶に詰める。μはそれを群衆に投げる。群衆は血まみれの爪が入った小瓶を奪い合う。μは涼太郎の眼窩に指を突っ込むと目玉をくり抜いた。それも客席に放る。

 μは深々と頭を下げ、ステージから姿を消した。

 涼太郎はすでに死んでいる。生前の面影はどこにもない。真っ赤なペンキをぶちまけたマネキン人形のように見えた。そんな涼太郎を大男たちがベッドごと片づける。

「江口涼太郎の罪は償われた! 立派に立派に償われた!」

 ピエロが大声で言った。


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