2.儀式
比奈子がオカルト研究会の部員で儀式をやろうと言いだして一週間後。俺は高校に向かって自転車を漕いでいた。やがて校舎が見えてくる。いつもと変わりのない、古びた校舎。あそこで生徒が無残に殺されたとは、とても思えなかった。
四人が殺された陰惨な事件から、二週間が経っている。すでに学校への立ち入りは可能になっている。しかし暦の上ではすでに夏休みに突入しているし、部活動は禁止されていたため、学校に生徒の姿は無かった。教師は普通に出勤しているはずなので彼らに見えないように、職員室の死角に自転車を止める。
俺以外の部員はすでに集合している。
「遅いよ」
と比奈子が不満げに言う。
「まだ集合時間じゃないぞ」
集合時間は午前一〇時。今は午前九時五〇分だ。
「まあまあ。遅刻した訳じゃないんだしさ」
と江口涼太郎が比奈子に言い、俺の方を見る。
「でも来てくれて良かったよ。あまり興味ないんじゃないかって思ってたから」
「まあ興味はないが」
正直なところ気乗りはしなかったが、約束してドタキャンするほど俺は薄情でもない。
「さあ、全員そろったし、行くわよ」
比奈子が先導し、どこかに歩き出す。涼太郎と里菜が後に続いた。俺も慌ててその後ろについて行く
「どこに行くんだ?」
俺は藤島里菜に聞く。
「屋上」
と里菜が短く答える。里菜はもともと口数が少ないが、今日は一段と寡黙な気がした。
教師に見つかると少々面倒なのだが、施錠されていないところは昇降口と玄関くらいしか無いので仕方なく昇降口から入る。
幸い教師に見つかることもなく俺たちは階段を上り、屋上に出る。
「うーん、やっぱり屋上は気持ちが良いわね」
比奈子は楽しそうに言った。
「まあ、気持ちが良いのは認めるよ」
比奈子はなにやら屋上をあちこち調べていたが、やがてある場所で立ち止まった。
「ここにしましょう」
「わかりました」「ええ」と涼太郎と里菜が言い、そちらに向かう。俺はといえば、まだ何が何やら分からない。
「まだ教えられていないんだが、俺たちはここで何をやればいいんだ?」
「四人で手をつないで、目を閉じる。基本的にはそれだけよ」
それのどこが儀式なのか、と思ったが俺以外はみんなその方法を信じているようだったし、今更やめるとも何だか言い出しづらかった。まあ適当に付き合ってさっさと終わろう。そんなことを考えた。
俺たちは手をつなぐと円を作った。
「あれ、大川くん、手」
里菜が俺の手をまじまじと見つめる。俺の右手の人差し指には絆創膏が巻かれていた。
「ああ、料理してたら切った」
「あんた料理なんてするの?」
比奈子が興味津々といった感じで聞く。
「別に、暇だったからためしに料理でもしてみようと思っただけだ。そしたら指を切った」
休校になって暇だからと、思いつきでやったのだ。もう二度とやるものか。
「慣れないことするからよ。まあいいわ。手はきちんとつないで離さないでね」
比奈子が俺たちを見回した。
「目をつぶって、頭の中で自分の望みを強く思い描くの。ひたすらそれだけを思い続ける。そして時計回りにゆっくりと円を動かす」
こんなふうにね、といって比奈子はゆっくりと動き始めた。つられて俺たちも動く。四人で作った円が時計回りに回転を始める。
「さあ、目を閉じて。頭で望みだけを考え続けて」
「ちょっと待てよ。失敗したら呪いがかかるんだろ? 危険じゃないのか」
俺の言葉に、比奈子がにんまりとする。
「信じてないんじゃなかったの?」
俺は心の中で舌打ちをする。そうだ。呪いなんてあるわけがない。確かに四人の生徒が殺されているが、当然のことながら犯人が別にいるはずで、こんな儀式とも言えないような行為で人間が死ぬわけがない。
俺は目を閉じる。視界が閉ざされ、比奈子たちの姿が見えなくなる。
願い事はたくさんあるが、真面目に考えるのもなんだか馬鹿らしい。テストの点が上がりますようにと、とりあえず念じてみた。
円はゆっくりと回転を続ける。
何度も何度も、延々と続けた。
ひたすら続けるうちに、だんだん感覚がおかしくなっていく。なんだか何時間もこうしているような気がするし、まだほとんど時間が経っていないような気もする。
立ち続けていることが困難になってきた。ゆらゆらと身体が揺れる、自分の力で制御することが難しい。ふらつきながらも、なんとか倒れずにゆっくりと回転を続ける。
ついに意識を保つことが難しくなる。俺は、自分の意識が途切れる瞬間があることに気が付く。そのたびに手を放しそうになり、あわてて手に力を入れる。
気分が悪い。俺は儀式を中止しようとする。立ち止まり、目を開けて、声を出せば、それで儀式は終了だ。しかしできなかった。身体は俺の意識と関係なく動き続けた。まぶたが開かなかった。発声の方法が思い出せない。
俺はついに意識を失う。手がするりと抜けるのが分かったが、もうどうしようもない。
俺の意識は沈んでいった。