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フットボール、フットボール、フットボール  作者: 遊佐東吾
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ゴールキーパーたちの夜 3

 太陽はほぼスタンドの向こうへと沈み、ライトがピッチの緑を鮮やかに浮かび上がらせている。生き物のようにうねる両ゴール裏の熱心な応援は片時も止むことがない。


 先制点は早くも前半7分に生まれた。

 姫ヶ瀬FCのフォワードであるアタナシエビッチが、静岡ユナイテッド最終ラインの隙を突いたスルーパスに反応し、巧みに隅へ流したシュートでゴールネットを揺らしたのだ。

 こんなときはさすがに一ファンとなってしまうのか、弓立の隣に座っている友近が「よしッ」と小さく握り拳を作っている。


「うーん、さすがに今のを止めろってのはきついか」


「ノーチャンスではなかったと思うが、あそこまで綺麗に裏をとられるとさすがにな」


 あくまでキーパー目線である弓立の言葉に、友近もすぐに冷静さを取り戻して答える。

 元モンテネグロ代表のアタナシエビッチへと選手たちが駆け寄っていくのを眺めながら、弓立は今夜のゲームに対して楽観的な見方をするようになっていた。ホームチームである姫ヶ瀬FCがこのまま主導権を握って時計の針を進めていくのだと。


 しかしサッカーはそんなに単純なスポーツではない。追いかける側となった静岡ユナイテッドがフォーメーションに微修正を施し、ボールを奪取する率が上がってからは明らかに試合のリズムが変わった。

 姫ヶ瀬FCの攻撃は停滞し、時折相手ゴール前まで迫ってみても厚みがなく単発で終わってしまう。逆に静岡サイドはどんどん各選手の動きが流動化してきた。テクニシャン揃いの中盤を軸とした彼らの滑らかなパスワークを潰し切れず、守勢に回った姫ヶ瀬FCは運動量ばかりが増えていく。


「まずいな」


 前半も40分を過ぎ、相手にコーナーキックを与えた場面で友近が表情を曇らせた。たしかによくない気配が漂っているな、と弓立も思う。失点しそうなシチュエーションにはどういうわけか独特の匂いがあるのだ。ゴールキーパーとしての本能が警告を鳴らしている、そのように弓立は解釈していた。


 右サイドのコーナーから左足で蹴られたボールが姫ヶ瀬FCゴール前へと向かう。攻守それぞれのプレーヤーが互いの骨を軋ませるかのごとく体を張りあうなか、少し下がった位置から猛然と飛びこんできた静岡ユナイテッドの選手がいた。

 彼の頭が捉えたシュートは見事だった。しかしながら草壁の神懸かり的な反応がその上をいく。


「うおい!」


 とっさに右手で弾きだしたそのプレーに、さすがの弓立も思わず叫びながら立ち上がってしまった。

 まさに守護神そのものだった草壁のファインセーブのあと、ルーズボールを拾った姫ヶ瀬FCの選手がそのまま大きく外へと蹴りだしてひとまず危機を脱した。


「おいおい、自分でおっさんって言ってた人のプレーじゃねえだろ、あれ」


「同感」


 短く応じた友近は前のめりの姿勢で、ピッチへと鋭い視線を送っている。

 そのままどうにか1―0のリードを保ったままでハーフタイムを迎え、ようやく二人は大きく息をつくことができた。


「しかしまあ、あれだ。プロってのはやっぱり違うな……。ジローさんすげえわ」


 腕組みをしながら弓立が呻く。


「そういやおまえ、この前も言っていたが本気でプロを目指してるのか」


「あー、友近くんこそどうなんだよ」


「質問に質問で返しやがって」


 渋い顔をしながらも、友近は「そうだ」と力強く言い切った。


「もうすぐユースに昇格できるかどうかがわかる。まず問題はないだろうが、その結果がどうであれおれは上を目指す。そしてプロになる」


 友近の言葉に淀みはない。


「山を登り続けているみたいな気分なんだ。もっと高いところに行けばどんな景色が待っているんだろう、そんな期待と不安がおれの足を前に進ませてくれる。どれだけきつかろうともな」


「意外に詩的じゃねえの」


 にやりと笑いながら弓立は親指を立てる。


「ま、おれも似たようなもんだよ。上を見たらほんと、きりがねえ。ワールドクラスなんてまさに雲の上さ。だからこそ、退屈しないですみそうだもんな」


「ならうちに来る気はないか。プロになるならユースが最短距離なのは、いくらおまえでも知っているだろう」


 思いがけない友近からの勧誘に、弓立の表情は苦笑いへと変わった。


「サッカーエリートが集まってくるチームはそもそも柄じゃねえって。だいたいあの久我がいるってこと自体おかしいしな」


「そうか? 久我がいないうちなんてもはや想像できんが。単にボール扱いの巧いエリートだけのチームなんて大したことはない。追い詰められてなお牙を剥くことのできるタフな集団になるためにはああいったやつが絶対に必要だ」


「それでおれかよ」


 確かに彼の言葉には一理ある、弓立もそう感じたが首は横に振った。


「せっかくのお誘いで悪いが、進路はもう決めてる。県外の強豪校に行こうと思っているんだ。アホみたいな数の部員がいるようなところな」


「その意思を否定するわけじゃないが、高校サッカーには理不尽がつきものだぞ。特に昔ながらの名門ならなおさらだ」


「だからいいんじゃねえか。背の高さだけでキーパーを選ばない監督ってのが絶対条件だけど、まだまだ甘ちゃんのおれを鍛え直してくれるなら願ったり叶ったりさ。その上でとんでもない倍率の競争を勝ち抜いてレギュラーの座をつかみ、全国制覇を狙う。もちろん友近くんみてえな全国のユースのやつらにも勝つ」


 U―18世代にはユースチームとトップレベルの高校とが対戦できる舞台として、長期に渡るリーグ戦が用意されている。

 いうなれば弓立からの宣戦布告だ。

 友近も「面白い」と受けて立つ。


「傲慢に聞こえるかもしれんが、今までおれにとってレギュラーであるのは当然だった。誰も脅かしてこなかったからな。ユースに昇格したらまた一から奪いにいかなければならないが、自分を成長させるためにはそういった競争が不可欠だ。それもあっておまえみたいな実力ある年下が来てくれれば、と考えていたんだが……どうやら失礼だったようだ」


「まったくだぜ」


 自分たちの年代において全国でも指折りのゴールキーパーである友近から認められているのは弓立にとって素直に嬉しくはあったが、同時にまだ対等の立場ではないのだとも実感した。

 身近に超えるべき壁がいることを心の中で弓立は感謝する。

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