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フットボール、フットボール、フットボール  作者: 遊佐東吾
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人はそれを恋と呼ぶ 2

 月曜の朝、あれからどうなったのかが気になって仕方ない四ノ宮は、朝一番に教室入りして悠里が登校してくるのを待ちかまえている。

 遅れること二十分、「おはよー」と挨拶しながらやってきた悠里の元へと四ノ宮は真っ先に近づいていった。


「おっす榛名」


「ああ四ノ宮、おはようさん。あんたが声かけてくるのって珍しいね」


「あの女の子の話を聞きたくてな。どうなんだ、ケーキはちゃんと買えたのか? 家はわかったのか? 親御さんに怒られたりしなかったか?」


「いっぺんに訊ねるな。それがさ、ちさとちゃんの家ってここの校区内だったのよ。寝てたお父さんも帰ってきてたお母さんもてっきりそのへんで遊んでるとばかり思ってたみたいで、あの子がケーキを差しだしたときはえらくびっくりしてた。そりゃそうよね」


「じゃああいつ、やっぱり怒られたんじゃないか?」


「そこはほら、御幸神社の娘であるあたしの出番よ。たしかにご両親に心配かけたのはよくないけど、ちさとちゃんは自分のためじゃなく疲れてるお父さんのために遠くまで一人で出かけたわけだから。結局、間に入ってとりなしたあたしまでケーキをご馳走になっちゃった」


「いい休日になったみたいだな、みんな」


 その「みんな」に四ノ宮自身も含まれているのはあえて口にしない。かわりに悠里をほんの少しばかりからかってやることにする。


「しかし意外だったな」


「なにが」


「美味しいケーキ屋なんてのを榛名が知ってたことだよ。ツンツンしているようにみえても女子力はわりかし高いじゃねえか」


 当然、四ノ宮も三倍返しくらいで罵倒されるのは覚悟の上だ。むしろどこまで言葉の刃が鋭く突き刺さってくるのか楽しみですらある。

 けれども彼女の反応は予想外のものだった。


「ひとつ年下にとても仲のよかった女の子がいてさ、その子が教えてくれた店なのよ。一人ではもう行く機会もないと思っていたんだけどね」


 そう言って悠里はさびしそうに笑う。

 似合わねえ、心の底から沸騰してくるような思いが四ノ宮の全身を震わせた。彼女にはそんな表情なんて似合わない。


 もちろん四ノ宮だって彼女の心に影を落とす出来事については承知している。この近辺に住んでいる人間なら誰もがあの悲劇的な事故の話は耳にしているはずだ。わが道を行く強豪サッカークラブ、鬼島少年少女蹴球団にいた四人の少年少女がその事故によって家族を失った。うち一人は悠里と姉弟も同然に育ったらしい榛名暁平だという。


 誰もが一目置かざるをえないほどの能力を持ちながら、榛名悠里は一切の課外活動に参加していない。いくつもの運動部による熱心な勧誘を断り、生徒会へ推薦する声にも首を縦に振らなかった。鬼島中学では全校生徒が何らかの部への所属を義務づけられているため、幽霊部員でもかまわない天文部にただ籍を置いているだけだ。彼女には明確な時間の優先順位がある、ということなのだろう。


 何者にも縛られていないように振る舞う悠里だが、実際にはおそろしく重い荷物をその細い肩に背負っている。その重みがときおり今のように彼女の顔を曇らせてしまう。四ノ宮にはそれをはたから見ているだけなのが我慢ならない。気づいたときにはすでに彼の感情はのっぴきならないところへとやってきていた。


 部外者であるあんたには何の関係もない、と言われたらそれまでだ。だが彼は物わかりのいいしたり顔の男子を演じることをよしとしなかった。

 思い余った四ノ宮が手近な机を力任せに平手で叩く。場違いな荒々しい音が響き渡り、始業前の朝の教室は静まりかえってしまう。


「榛名! おれは……おれは……その」


「なに。はっきり言ってよ」


 おそろおそるといった雰囲気で遠巻きに成り行きを見守っているクラスメイトたちとは違い、さすがに悠里は感情の高ぶった四ノ宮を前にしても臆するところがない。

 考えがいまだまとまっていない彼は、つっかえながらも必死に言葉を吐きだしていく。


「──その、あれだ。おれは甘いものが好きだ。ケーキもそうだし、和菓子なんかは上品な甘さが特にいい。甘いものは人を幸せにする。見た目がきれいだし、口に入れればじんわりと優しさが広がるんだ」


 おかしい、おれはいったい何を言っている。これではただのスイーツ好きの力説ではないか。

 肝心な場面で上手く話せない自分を四ノ宮が呪いかけたとき、思いがけないことに悠里はタガが外れたように大きく口を開けて笑いだした。


「あっはっはっは、バカだ、バカがここにいる! あんたどれだけスイーツを愛しているのよ! ふいーっ、お腹が痛いんですけど!」


 彼女につられて周囲にもさざ波のように笑いが浸透していく。四ノ宮くんはスイーツ好きだったのか、という声も聞こえてくる。

 あまりの恥ずかしさに四ノ宮は両手で顔を覆ってしまった。きっと耳まで赤くなってしまっていることだろう。


 そんな彼に、ようやく笑いのおさまってきた悠里がまるでちさとと一緒にいたときのような柔らかい声色で話しかけてきた。


「いやあ、ごめんね四ノ宮。昨日誘ってあげなくて。あんたがそんな熱弁を振るうほど甘いものに目がないとは知らなかったからさ」


「今の発言はもう忘れてくれ……」


 四ノ宮にしてみれば、ひたすら深い穴を掘ってそのまま一生をそこですごしたいほどの羞恥だった。


「けど、あんたの言ってることもわからないわけじゃないよ」


 彼女の言葉に、四ノ宮は両の手の平から顔を離して反応する。

 先ほどまでとはうってかわって、どこか憂いのある悠里の眼差しはここではない遠くを見つめているようだった。


「幸せって、きっとそんなささやかな時間の積み重ねのことなんだろうね」


       ◇


 人生には何が幸いするかわからない。その後、これまではどうしても腫れものに触るような態度だったクラスメイトたちが、少しずつではあったが四ノ宮へ話しかけてくるようになった。ときにはスイーツの新店情報なども教えてくれたりする。


 悠里との距離も、あくまで四ノ宮の視点からだとかなり縮まった気がしていた。まだまだ積極的に絡んでいくのは照れくさいが、近いうちに衛田のことを相談できる機会も再びやってくるだろう。

 彼女と交わす会話が四ノ宮は好きだ。もしかしたら他の何よりも、それこそとびきりのスイーツよりも好きなのかもしれない。


 重い荷物を背負って生きるのは悠里の決めたことだろうし、四ノ宮としても否定するつもりはさらさらない。ただ、休息は必要なのだ。彼女が無防備になれる場所をつくってあげたい、それが「穏やかな暮らし」に代わる四ノ宮の新たな目標となっていた。

 その気持ちが恋と呼ばれるものであるのを、彼がちゃんと自覚するのはもう少しだけ先の話。

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