フットボール以外何もいらない
「誰があそこまでやれっつったボケぇ!」
暁平の尻は再び弓立に蹴り飛ばされた。
政信や筧らにはすでに「慎め」「やりすぎ」とたしなめられたあとだ。五味にさえも「いやーキョウくん、あれはないっすわ」とダメ出しをされていた。
ピッチ上に散らばったごみはあらかた片づいており、手伝ってくれていた姫ヶ瀬FCの羽仁浦会長と審判団とが何やら話しあっている。あの会長がいれば打ち切りにはならないだろう、と暁平は踏んでいた。今のうちにゲームの再開に備えなければ。
走ったりジャンプしたりして体を温め直す元気な者もいれば、水分を補給する者やマッサージをしてもらっている者もいる。そんななか、FCの背番号10、兵藤貴哉が真っ直ぐ暁平に向かって歩いてくる。
1メートルほど手前で立ち止まるのかな、という暁平の予想は裏切られた。30センチも距離がないくらいにまで彼は近づいてきたのだ。自分の息がかかってしまうんじゃないかと思うと呼吸だってしづらい。
「あのさ──」近くないか、と言おうとする暁平より早く、兵藤の拳が暁平の胸にそっと置かれた。
「こう考えればいいんじゃないかな、榛名くん。ぼくらにはゲームの間だけ、世界の他の何も気にかける必要がない、それが許されているんだって」
淡々と兵藤は続ける。
「フットボール、フットボール、フットボール。今のぼくたちにはそれだけでいいんだ。ボール以外の何もかも、いらないものはすべてピッチの外に置いてこようよ」
こいつはいかれてる、とその発想の純粋さに暁平は鳥肌が立った。
生き方そのものがまるで違う。すべてを背負いこもうとして足がふらついている暁平に対し、兵藤は逆にすべてを削ぎ落とせと言う。
どう返したものか、とっさには言葉が出てこなかった。
「ここからラストの勝負、楽しみにしてるから」
握り拳を離した兵藤がそう告げて去ったあと、暁平は震えの止まらない自分の手をじっと見ていた。




