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フットボール、フットボール、フットボール  作者: 遊佐東吾
本編

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46/85

PK

 弓立敦宏にとって、何かを決断しなければならないときの判断基準はひどくシンプルだった。


「明日死んでもそれでかまわないか?」


 たったそれだけ。

 折れた指の激痛にはもう慣れた。練習も試合も禁止、などという医師のところにはすぐ診療に通うのをやめてしまっていた。


 やっぱりおれは正しかったな、と弓立は思う。今、片倉凜奈が見守るこの瞬間にゴールマウスを守れていなければ死にたくなるほど後悔したはずだから。

 相変わらずへらへらとした笑みを浮かべながら大和ジュリオがペナルティスポットにボールをセットしている。どうやらそのまま彼が蹴るらしい。


「すぐにその笑顔を引きつらせてやっからな」


 自分自身に暗示をかけるために弓立は威勢のいい言葉を口にした。

 ピッチの中と外、祈るような目でチームメイトたちがPKの合図を待っている。肝心の榛名暁平はといえば、先ほどまでの泣きべそかいた醜態からようやく落ち着きを取り戻したようだった。

 むしろ彼の表情からうかがえるのは過剰な気合だ。


「へっぽこキャプテンさまよぉ、もっと冷静になってほしいもんだぜ」


 ピッチから去った政信の背中を見送ったあと、弓立と暁平は短い会話を交わしていた。


「おまえ、片倉が戻ってくるって──聞いてなかったんだな、その様子じゃ」


「すまん、本当にすまん。おれのせいで」


 暁平の目は充血してすっかり赤くなっていた。

 同じ少女に想いを寄せる者として、弓立にだってその気持ちは痛いほどわかる。暁平を責めるつもりは毛頭なかった。


「しっかりしてくれよ。謝るのはあとで土下座でも何でもすりゃあいいから。それよりもこのゲームだ」


「わかってる。もうさっきみたいな失態は繰り返さない」


「あたりまえだ。それより榛名、おれが絶対にPKを止めてやるって言ったらおまえ笑うか?」


「まさか。アツがそう口にしたなら信じるだけだよ」


「なら走れ。PKの結果は見なくていい、とにかく向こうのゴールを狙え」


 弓立からの指令に暁平も少し面食らったようだが、それでも黙って頷いた。そんな彼の尻を蹴り飛ばし、「頼むぜ、今日のギャラリーは最高なんだからよ」と喝を入れる。


「うるせえな、見といてくれ。必ず応えるから」


 そう言い残して暁平もエリアの外へと出ていった。

 すでにペナルティエリアの中にはキッカーのジュリオとキーパーの弓立、二人のみ。主審の笛が吹かれ、ゆったりとした動作でジュリオが助走に入った。その顔からはいつの間にか笑みが消えている。

 キッカー有利を覆すためのPKの戦い方が弓立にはあった。まず自分が蹴ろうとしているコースに視線を向けてしまう選手、これがいちばんやりやすい。その方向に迷わず飛べば、よほど隅でないかぎり勝負になる。キッカーとしても外してしまう可能性のあるコーナーに蹴るのはプレッシャーがかかるものだ。


 右か、左か。リズムをとるような調子で体を左右に揺らしているジュリオがちらりと右を見た。実際、利き足が右であれば強いシュートは引っかけるようにして打てる向かって左側、つまり弓立の右方向に飛んでくる確率が高いのだ。

 だが逆に目線をフェイクとして使う選手もいる。たとえば久我のような、「狙ったコースに強いシュートを蹴ろう」とシンプルに考えるようなタイプとジュリオは違う。試合中も彼を観察していた弓立の見立てでは、ジュリオはいつでも相手との駆け引きを楽しんでいる。


 ならば左だ、弓立はそう決めた。一瞬だけ右に動くふりをしてから左へと飛ぶ。けれどもシュートを放つ瞬間、ジュリオは再びにやりと笑った。その笑みが弓立の決断に警告してくる。おまえ、だまされてるよ。

 惑わすようにテンポを一拍ずらしたジュリオは、右でも左でもなくそのままゴールの真ん中めがけてボールを蹴りこんできた。このとき弓立の体勢は左へ倒れこむ形に近かったが、それでも重心は下半身に残っていた。直感が彼を助けたのだ。


 とっさに反応した右足がシュートをアクロバティックに弾き返す。

 そしてこのときにはすでに暁平が敵ゴールへと向かって走りだしていた。

 相手選手と競りあいながらルーズボールを獲得した右サイドバックの千舟に、すぐさま起きあがった弓立が叫ぶ。


「キョウだ、キョウに出せっ!」


 口に出してしまったあとで弓立は激しく後悔した。

 どうしておれは榛名の野郎を下の名前なんかで呼んでいるんだ、と。

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