美しいサッカー
放課後の学校のグラウンドでは十日後に控えているFC戦に向け、サッカー部の面々が練習を行っている。ただいつもと違うのは、どことなくルーティンをこなしているようで覇気が感じられないところだ。弓立に至っては今頃準備運動をやっている。
衛田への見舞いをすませ、病院から戻ってきた暁平は眉間にしわを寄せた。とてもじゃないがこのままでは勝てない、そんな危機感を内に抱えて。
練習着にまだ着替えていない暁平の姿に、目ざとく気づいたのは副キャプテンの筧だった。部員たちに練習をそのまま続けるよう促した彼が、小走りで暁平の元へと駆け寄ってきた。
「おかえりキョウくん。衛田くんの具合は?」
「ひどいもんだよ、体はな。けどあの人のハートはおれが思ってたよりずっと強かった。そこは安心していい」
そう、と筧は胸を撫でおろしている。
体つきはまるで文化系部活動の生徒のように華奢だが、筧のパスの正確さはホセのお墨つきだ。彼から出されるパスには常に、どう攻撃するべきかというメッセージが込められていた。その筧のプレーと最も相性がよかったアタッカーが衛田だった。
ボールを足元で受けたがる畠山や五味とは異なり、空いたスペースに出されたパスでも衛田はきちんとその意図を汲んで走りこんでいたのだ。いったいどれだけのチャンスがこの二人から作りだされたことか。
衛田の右目を奪った連中をこのままのさばらせておくつもりは暁平には毛頭ないし、いずれきっちり片をつけるつもりでいる。
だが当面の問題はサッカー部において衛田の抜けた穴をどう埋めるかだ。特に攻撃面で。病院からの道すがら、家へ帰る悠里と別れてからはずっとその問題に頭を悩ませていた。
そんな暁平の憂慮を見透かしたように筧がぽつりと言った。
「クガっちがいてくれたらよかったのにね」
「たしかに。あいつがいたら相手がどこでも負ける気はしないな」
でもな、と暁平は続ける。
「あいつにとってはこれでよかったんだよ。やっぱり才能あるやつはそれなりの環境でやらねえと」
「じゃあキョウくんこそFCとかバレ学に行くべきだったんじゃない?」
間髪入れず筧から切り返された。
あえて何も答えず、苦笑いで暁平はやりすごす。
サッカーは今の暁平のすべてだ。それは揺るがなかった。けれども鬼島のみんなと離れてやるのは、それはもはや彼にとってのサッカーではない。
自分の中にあるそんな気持ちを隠したまま、暁平は話を本筋に戻す。
「実はひとつだけ、衛田くん抜きでもどうにか戦えそうなプランを思いついてはいるんだ」
「そうなんだ。詳しく教えてくれる?」
「今までの戦い方を180度ひっくり返すから、受け入れてもらえるかどうか。バレ学とやったときのヨッシーをヒントにしたんだけど」
じゃあ、と筧がうれしそうに声のトーンを上げた。
「キョウくんが攻撃に参加するんだね」
暁平は軽く頷く。
「正直、戦力アップしたらしいFCを相手にして守勢に回った場合、ずっと膠着状態のまま試合をコントロールできるかどうか疑問なんだ。最終的には押し切られてしまう気がする。引き分け狙いならそれでもいいんだが、おれは何としても勝ちにいきたい。
あいつらのゲームプランを狂わせる意味でも、こちらがボールを保持して主導権を握った方が勝算ありだと思う。そしておれたちならそういう戦い方だってできる。美しく戦って、美しく勝つんだ」
もちろんバレンタイン学院と同じスタイルではなく、暁平なりのアレンジを加えた攻撃的な戦術をとるつもりだ。そんな内容を筧に話す。
筧は一も二もなく賛成だった。
「辛い事件のせいでみんな気分が沈んでいるからね、これを聞いたらきっとテンションが上がるよ」
無邪気に喜んでいる筧を前にして、暁平の胸は少しだけ痛んだ。これまでの方針を転換した本当の理由を筧には伝えていないからだ。
暁平は否応なく気づかされた。ロジカルに守り勝っても結局周囲から称賛されることはないのだと。それどころか「せこいサッカーにやられた」とばかり、敗北を認めようとしない連中も珍しくなかった。結局のところ、そんなやつらの残りかすが衛田をあんな目に合わせてしまった。犯人がケルベロスであれ、どこか別のグループであれ。
ならば自分が相手の土俵に立とう、そう暁平は決意していた。
姫ヶ瀬FCの選手たちも、野心家の会長も、群れをなすサポーター集団のクソどもも、どいつもこいつも力ずくで黙らせてやるしかない。
攻めるサッカーこそ美しい、と人は言う。それはつまり、美しいサッカーによる勝利こそが相手の心を折るのだ。




