#003 「大森凜華」
この仕事をやって早、もう、3ヶ月が過ぎた。
結構皆とも仲良くなり、特に静かで仕事をテキパキとこなすという点で共通している、岡沢ととても仲良くなった。帰りも、たまに飲みに行ったりするようにもなった。また、2人で一緒に遊ぶ事も増えた。だが、岡沢はこんなことを話す。「16年後には、もうこんなこと出来ないんだもんな…」
そんなことを聞くと、ショックを受けるが、火星に行くか、アメリカと中国に殺されるかのどっちかしかないのだ。ワクチンが開発されるまでは。
あのあと新入社員は誰も入ってこないし、仕事と言ってもやったのは第4、5号火星送還船のチェックと掃除くらい。肝心の(そこは肝心とは言ってはいけないのだが)日本人を強制送還するというのは全くやっていない。こんなので日給500万、今までもらったのが9億。ほんのちょっとしかやっていないし、精神的苦痛も全くない。
第2号火星送還船が8月1日、今からちょうど2カ月前に火星へ飛び立った。
2回の火星強制送還を担当したのは、武藤っちと(武藤っちは案外やさしい人だったので武藤っちというあだ名を快く承諾してくれた。)新沼と上本さんと岡沢さん。
新沼と武藤っちがKKS(火星強制送還)にあたって、上本さんが家族や友人に説明するというものだった。
結果は、30人KKSとなった。
だが、近くで見ていて、ベテランの武藤っちでもKKSが終わった時に、はんぱじゃない精神的苦痛と罪悪感に見舞われるらしく、その日は担当者全員がすぐ帰宅した。
大体の人はKKSの翌日は休むらしい。あの新沼やあんなにクールな岡沢も見事に休むらしい。彼らも1人の日本人。こんなことをやっていていいのか?という思いと、けど、火星に送らなければ日本人はアメリカと中国によって殺されてしまうんだ…。という思いがぶつかりあっているんだ。
そりゃあ、このアメリカと中国がウイルスで攻めてくるという事を知っている人物はだれしも奇跡を信じて、後16年でワクチンを開発すれば、地球版日本(この言い方は、本当に好きじゃない)に1億2000万人で残れる―。
と、思うだろう。
だが、あの堅AC0001型コラーゲンが邪魔をする。そのコラーゲンがある為、ワクチンの開発はとてつもなく難しいのだ。
誰なんだ、一体―
日本のものであった、堅AC0001型コラーゲンを外国に流失させたのは―
第3回KKSは、9月1日。
その回は、連行したのが武藤っちと新沼と岡沢で説明が上本と前野だった。
第3回KKSは、53人。
第4回KKSは、9月15日。
その回は連行が前野と岡沢1。
KKSをするのは、戸籍で抽選するらしいのだ。
それで、KKS担当公務員が、その人をKKS会場に強制送還して、KKS会場から俺ら正社員が人を運ぶ、そういうものだった。
この作業を見学させてもらったが、見ていて本当に辛いものだった。
「いやだ、やめて!」と泣き叫ぶ家族やKKSされる本人、そしてそれを辛そうに見守る赤の他人―。
そして、仕事だと思って割り切って必死になってがんばる新沼たちもまぁみじめなものだった。
それを見て、俺は泣いた。泣きじゃくった。こんな仕事をやってていいのか?日本人の夢や希望と、金はどっちが大切なんだ?二つとも、天秤にかける様なものではないが、やはり、日本人の夢や希望をとった俺は、4人を止めようとして、誰だったか忘れたが止められて…
その後は、覚えていない。
俺は自殺しようかと思った時もあった。だが、毎日通帳を見る度に500万ずつ増えるのを見て、やめようと思う時もあった。また、生きたいと思っても生きられない人や、あのKKSされた人を見ていると、自殺する期が失せる時もあった。
本当に、この仕事をやってていいのか?
900104500円の金が入った通帳を見て思った。
だが、金を見る度に、やる気がなくなっていた俺にやる気を蘇らせてくれる。
そんなこの仕事をやってていいのか、迷った時、初めてのKKSを任命されたのであった。
「KKSをやる!?」
新沼とは仲がいい。もう早タメ口である。新沼は笑顔で「第5回KKSをやれ」そう言ったのだ。
「もう、玉田も入社して3カ月。もうそろそろうち等の本格的な仕事に慣れてもわないといけないからね。」
KKS実行日は第3回KKSがある10月15日。あと、8日だ。
「嫌です、まだ心の準備が…。」
「そんな事いわれてもなぁ…社長命令だよ、社長命令。この仕事に慣れてもらわんと困るんだよ」
おれは、何回やってもこの仕事は慣れないだろう、そう思った。
「そうっすね…頑張ってみますか!」
それは表面上で、日給500万ももらっているのにやらないとは…
と、思ったからだ。
やらないと、もう9億ももらっているのに、罪悪感がつのってきたから、という理由である。
「それで、同行してくれる人は?」
「まず、力ずくで引っ張るのが、俺と武藤。家族や親戚、友人への説明が上本と上野とあんただ。」
「説明、ですか…」
「初めてだからな、普通説明は2人なのだが、今回は3人にした。」
「説明の方が、簡単なんですか?」
「基本的は、な。ただ、よほど別れたくない人は、嫌でも騒いで喚きまくる。」
「そうですか…」
「KKS会場には、基本的に刃物や貴金属を持ってこないことになっているが、たまに検査をかいくぐってそういうのを持ってくる奴がいる。できるだけ、金属検査は厳しくしているんだがな。だから一応、これを持っといてくれ。1万分の1でも可能性はあるからな。」
ビビった。殺されるかもしれない、そう思ったが怖さは顔に出さないようにした。恐怖を顔に出したら、自分のこころや身体に、負けそうな気がしたからだ。すると、新沼が俺の気持ちを読み取ったのかしらないが、
「ビビんなよ。」
と言った。
「いや、ビビってなんかないすよ。音かなんですから。」
「本当か?」
と新沼はにやりと笑い、まぁ、そうだよな。と納得した顔を見せた。
「俺は、生きるという事に精一杯の目をしている奴しか選んでないからな。まぁ、そういう奴は大体仕事には真剣に取り組んでくれるからな。だから、お前も命がけでやってくれるんだろ?」
なんか違うな、そう思った。俺は、そりゃあ仕事となると真剣に取り組むタイプ。だけど仕事に命をかけられるかと言うと………。ちょっと違う様な気がした。
「さぁて、昼飯何食おうかなぁ!」
今までの事がなかったみたいに、事務所を出て行った。
KKS1日前になって、初めて、面接希望者がやってきた。
20代前半位の女性だ。静かそうな感じがする。
その人は、俺の面接の時と同じように応接室へと入って行った。
30分後、二人はでてきた。
そして、新沼がこう言った。
「面接の結果、この子が採用となった!新しく入ってきた大森凛華ちゃんだ!みんな、拍手!」
拍手の渦が巻き起こった。
そして大森とかいう人は、
「よろしくお願いします!」
と言った。見かけによらず、まぁ上野程ではないが、結構明るい感じだな、って言うのが第一印象だった。
そして、新入社員お迎えの恒例、レクを行った。結構楽しかった。
大森は、20歳。仕事が見つからず、この仕事を選んだらしい。この仕事がどれだけの苦痛をもたらすか(まだ俺も本格的なKKSはやっていないのだが)、このことを知らずにきている。明るくて、どこにでもいそうな20歳の女の子に、この仕事が務まるのだろうか(まだ、だから俺も仕事やってないんだけど。)この子、結構明るくて、いい感じの人だ、そう思った俺は、大森の第一印象を、を良いイメージを持つ事が出来た。そして少し惚れたのも事実である。