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疾風!プレステイル  作者: やくも
第八話 探し物は見つけにくいものですか
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8-2 しゃくねつぢごく

 バスから降りるとそこは大空市立公園前(しゃくねつじごく)だった。

空は真っ青なキャンパスに白い絵の具の塊を零したかのよう。

まだ、朝の8時半だと言うのにアスファルトは揺らめいている。


 近くの街路樹からは蝉の多重奏が響き渡り、ちょっとやそっとの声はかき消される。

もっともここの喧騒はそれにも負けてはいない。

道路を行き交う車に、公園の奥に建つ体育館までの道で客引きに精を出す出店、暑さに負けない元気な子供の声……。

お祭りかと思うほどの活気がここに集まっていると言っても過言ではない。


 圧倒的な活気に気圧される。

てっきり、昨夜のクオンの飄々とした態度から精々地区大会レベルだと高を括っていたのだが、どうやらこの大会はそのレベルでないようだ。


 この空手選手権大会に優秀な成績を収めることが出来れば、全日本空手選手権大会への切符を手に入れることができる。

これはセツナが知らない事であるが、この大会に優勝する事は全日本で優勝する、とまで言われるほどのジンクスが存在する。

その為、この大会為だけに努力してきたという空手少女も少なくない。

真偽はどうであれ、ここほどに全日本への夢を追う空手少女達の苛烈でハイレベルな試合を観ることが出来る場所はないであろう。


「アイツ、どんだけ心臓に毛が生えてるんだよ……」


 セツナ自身ここまで大きな大会には出たことはないが、出るともなれば前の日は緊張で眠れないだろう。

それに対しクオンは平常運転だった。

もしかしたら緊張はしていたのかもしれないが、ここまで兄妹で差が出てしまうとは少しばかり自信をなくしてしまう。


「どったの? 行こ?」


 そう言って丸いオシャレメガネをかけたナユタが彼の顔を覗き込む。

黒いノースリーブから覗く白い肩が眩しい。

今日は少し大人な雰囲気だ。

セツナは視線を落とすと無地のトートバッグが目に入る。

本日のお弁当セットだ。


「忘れもんしてないかなって思ってさ」

「散々、家で確認していたじゃないか」


 と、白いセーラーワンピースをふんわり翻しながらバーディ。

彼女とナユタは手をギュッと繋いでおり、仲の良い姉妹といった趣きで心和む。

心和む、が、同時に暑苦しさを感じる。

ひんやりして気持ちいいんだよ、とはナユタ談。

だからと言って、他人を冷えピタ代わりにするのもどうかと思うが。


「セツナは応援しに来たんじゃないのかい?」


 結果的に見るならばバーディの指摘通りであるが、どうも足が向かない。

公園の奥に小さく見える体育館へと続く石畳の道が蜃気楼のせいで酷く過酷な道に見える。

気が向かない事こそ、真に苦難の道だとセツナは思うのだ。


 クオンの事は好きか嫌いかと問われると嫌いと答えるだろう。

いや違う、実際はセツナ自身、彼女の事はそこまで嫌っていない。

正確には、苦手と答えた方が近しいだろう。

しかし、その違いの意味をセツナは理解出来ていない。


 バーディがやれやれと息をつく。

そして、セツナのトートバッグを持ってない方の手を引く。

バーディを真ん中に挟んで手を繋いでるかたちだ。

目をパチクリさせるセツナを余所にナユタに言った。


「行こう、ナユタ。 もう、始まるのだろう?」

「うん、行こ行こ。 お手手繋いでね〜」


 ナユタはニパっと笑い、ワイドパンツをそよがせ歩を進める。

バーディもそれに倣い、大手を振って歩き出す。

セツナはと言うと当然の事ながら2人に引っ張られるような状態だ。


「……行くから引っ張るなっての……」


 セツナの抗議は宙に消え、既にナユタとバーディは談笑を始めていた。

ヒマワリのような笑顔は抗議する気持ちすら薄れさせて行く。


 彼女の手を振り払う訳にもいかず、仕方無しに観念する他ないがこれは予想以上に恥ずかしい。

側から見れば、姉と弟が小さい妹を手をいるだけに過ぎない、が、下手すれば若い夫婦とその子供とも見えるだろう。

彼らの見た目年齢的にはその最悪な勘違いだけはないと思われるが、あまり人には見せたくない姿だ。

幸い、体育館へと続く道を歩く人は程よく多く、上手く紛れる事が出来ている。

願わくば、知り合いに出会わぬよう。


「ーーらっしゃい、らっしゃ……え〝、セツナん!?」

「セツナん言うな!」


 どうしてこう、速攻でフラグを回収して行くものなのか。

無視して進みたかったのだが、体が勝手にツッコミをしてしまう。

あぁ、こんなところで会いたくもない奴に会ってしまった。


「あ、スミゾメくんだ。 おひさです」


 爽やか青年のスミゾメ・シュンが、お久しぶりです、と会釈した。

セツナにとっては1秒たりともここに居たくはないのだが、2人が立ち止まったので彼もそれに倣うしかない。

不機嫌さを隠す事なく、彼をジッと見る。


「ーー何でお前がこの世にいるんだ」

「いきなりヘビー級な挨拶(ジャブ)だな。 ーーところでその子は?」


 シュンはセツナとナユタの間の少女を見る。

ついて欲しくないところを的確についてきた。

バーディはどうやら屋台の大きな鉄板にご執着である。

これは何なのだ、これは何をするものなのか、これは何を焼いているのか、これは、これは、これは……バーディは矢継ぎ早に質問を展開する。

これではまるで子供……いやーー。

忘れがちであるが彼女は宇宙人、地球の文化には少々疎い。


「ナユタ、この食欲魔人の相手を頼む」


 質問の矛先はナユタに向かう。

ナユタは質問の一つ一つを笑顔で丁寧に答えていく。

ここで問題なのは彼女は決して博識でないと言う事だ。

メルヒェンな解釈が多分に含まれているため、微笑ましいが頭が痛くなる。

セツナはため息一つついてから、目の前の爽やか男に思いっきり侮蔑の視線を投げかけてから口を開く。


「こいつはーー」

「あぁ! 皆まで言うな、皆まで言うな!」


 シュンが右手のコテでセツナの口を塞ぐ。

イライラと、コテをそんな風に使うんじゃねぇ、とツッコんだ。

彼はそんなセツナを軽く受け流し、腕組みワザとらしく悩む。


「ーーまさか、セッツんとヤマブキ先輩の愛の結しょーーって何をする!?」

「いや、熱された鉄板があるからそれに押し付けてやろうかと思ってな」


 彼の手を取りグググと下の方向に力を込める。

その先には熱された鉄板。

具材がジュゥジュゥといっている時点で熱さはお墨付きだ。


「もう、危ないよ?」


 セツナの残虐行為手当(フェイタリティボーナス)に呆れたようにナユタがやんわり止める。

このままシュンの手を鉄板に押し付けても良いが、何より興醒めだ。

舌打ちし、彼の手を離す。


 シュンは、助かった、とがっくり肩を落とす。

後に彼は語る。

あの時のセツナの目は本気(マジ)だった、と。


「それにしても2人の愛の結晶、かぁ。 ーーうふ、うふふ」


 ナユタはぼんやりそんな事を呟くとすっかりお花畑にトリップしてしまったようだ。

彼女の幸せ家族計画など知った事では無い、今度はセツナが呆れる番である。


「ナユタ、少し、怖いぞ」


 軽く彼女の頭を小突く。


「はっ、一体わたしは何を……!?」

「ま、まぁ! お二方がいつも通りで良き事かな」


 と笑うシュンである。

色んな意味で癪に触るので致し方ない、のでもう少し灸をすえるとしよう。

彼からしたら完全にとばっちりであるのは否めない。


「して、スミゾメよ。 知ってるか?」

「ツナよ。 その聞き方は卑怯だと思うが、知らん」


 ツナ言うな、とツッコミながらもドSにポツリと言う。


「……本校の生徒は全面的にアルバイトを禁ずる」


 ヒクつくシュンの笑顔。

セツナ自身かなりうろ覚えであったが効果は抜群であるようだ。

正確には、本校の許可を得た場合を除く、の一文が追加される。

校則を熟読している人など皆無である為、問題無い。

彼の反応から許可を得ているとは考えにくい。


 シークタイム中でも焼きそばの香ばしい匂いが漂って行く。


「い、いや、これは……そうコスプレだし!」


 そう言う、彼の格好はTシャツにジーンズ、その上にエプロン+バンダナ。

極め付けは手にはコテと完璧だ。

どこからどう見ても焼きそば屋のにーちゃん、これで働いていないと言うのならば逆に賞賛するほどである。


「あぁ、まぁ、その、さ……」


 見ていて少し憐れに思えてきた。

彼がそこまで真面目とは思わなんだ。


「別にチクるつもりはないさ」

「そ、そうか。 だったら助かる」


 安堵の表情を見せるシュン。

だが、それもお前の誠意次第だ、とその彼の目の前に2つ指を立てる。

一つ目は今日の事は他言無用であること。

もう一つはーー。

チラリとバーディを見る。

相変わらず興味津々にコテで廻される焼きそばを見ている。


「コイツはワケあって家で面倒を見ている。 ーーコイツにもっとちきゅ……いや、日本の文化を教えてやりたい……分かるな?」

「り、了解……」


 悪い笑みは止まらない。

自分よりもデカいヤツを見下す快感。


「最初と最後にサーをつけるんだ」

「サー、了解ですサー! ……楽しんでるだろ、おめぇ……」

「バレたか」


 セツナのその笑みに対しシュンはがっくし肩を落として、やれやれと呟く。


「まぁ、これ以上ガッコにバレたらヤバいしなぁ。 背に腹はかえられないっしょ」

「……何やってんだ、オマエは」

「何でも良いじゃねぇかっ」


 その彼の爽やかスマイルがある意味怖い。

何処か悪寒が奔るような心地がした。

危ない橋だけは渡らないでいただきたいものだ。

何かあったらテレビで『前から怪しいと思っていました』とコメントせざるをえない。

それだけは面倒臭いので遠慮したい。


「頼むぜ、スミゾメよ」

「お、おう? 腕によりをかけて焼きそば作るぜ」


 微妙なニュアンスの違いが伝わらなくてツラい。


 何にせよ、バーディにこれを食べさせれば微妙に足りない昼食も皆に渡るだろう。

……もっともバーディが実体化しなければ、もしくはコンビニで弁当を買い足せば、何も悩む必要は無い。

自分が作る食に対しての自信か、飢えさせてはならないと言う使命感か、そんな考えに至らないセツナであった。


「そんなことよりもお前、急いでるんじゃねぇの?」


 既にバイトモードとなったシュンがコテを華麗に捌きながら言うのだ。

セツナは、引き止めたのはお前じゃないか、と毒づく。


「不本意ながらもそうだよ」


 すぐにでも離れたい。

なのでさっきから静かなナユタを促す。

だが、彼女は明後日の方向を見て固まっていた。

不審に思い彼女の視線を追う。

公園の外、近くの高層マンションに辿り着いた。


 様子がおかしい。

黒煙が上がっており、火事だと一目で分かる。

マンションの15階辺りから出火していたが、如何に鳥人的な力を持っていたとしてもあくまでもセツナは一般的な高校生、出番は無い。

ここは消防士の出番だ。


 一般的に梯子車の梯子は地上31m、階数にして10〜11階である。

つまりは届いていない。


 この場合、スプリンクラーで対処したり、消防隊員が直接火点まで登り直接消火にあたる。

基本的にはそれで対応できる。

日本の消防法と建築基準法をあまり侮ってはいけない。


「火事だな、せっつん」

「見れば分かるっての。 あとせっつん言うんじゃねぇよ」


 確かに問題は無い。

しかし、この胸騒ぎは何なのだ。


「セツナくん、アレって……」


 ナユタが指差す方を目を凝らすと出火先のベランダに人影が見えた。

見えた事への感心よりも先に胸騒ぎの正体に気が付く。

白い骸骨、ホルシード兵が一瞬見えたのだ。

であれば。


「セツナ!」


 バーディの顔は既に呆けていない、戦士の引き締まった顔だ。

言われるまでも無い。

宇宙海賊退治の専門家は地球上で1組だけだ。

セツナとバーディは駆ける。


「セツナくん、こっちはわたしに任せて!」


 ナユタはその遠ざかる2人の背に手を振り激励する。

彼らが戦いに赴くと言うならば、自分の出来ることはせめて彼らが帰ってくる場所を用意することだ。


「頑張ってね」


 背が見えなくなって手を止める。

心配、ではあるが、思った以上に心配はしていない。

それはナユタ自身驚いていた。


「……ヤマブキ先輩、母親みたいな顔してるっすよ」

「ふぇっ!? ほ、本当に?」


 頷くシュン。

指摘されて気が付く、微笑んですらいた。

確かに子供を見送る母親の気持ちとはこんな気持ちだろう。


「恥ずかしいなぁ、もう……」


 一足飛びに母親とは、顔が赤くなる心地でもある。

シュンはその様子を見ながら言うのだ。


「あいつの事、そんなに想っているってことでしょ? 羨ましいなぁ」


 シュンがコテを返すと焼きそばの香りが広がった。

ナユタは小さく赤くなっていく。

彼は此方側の状況には疎い、しかし、言っていることは図星である。

それ程までに分かりやすいと言うことだ。

それが彼女を更に気恥ずかしくしていく。


 彼が悔しがるように呟く。


「にしても俺もバイトが無ければ行きたかった……!

俺の勘が噂のヒーローの出現を告げているのにどうしてくれよう!?」


 グッと拳握り締め思いっきり悔しがる。

噂のヒーローとは言うまでもない、プレステイルのことである。

勘が鋭いのか、鈍いのか、それはナユタには分かりかねた。


 マンションを見ると相変わらず黒煙が上がっている。

緑の閃光が黒煙の1番濃ゆい所から突入していった。


「あぁあ、俺も行きたい〜! 今日は来る気がするんだよ〜」


 嘆く彼を見てナユタは眉を8時20分に下げるしか無かった。

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