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疾風!プレステイル  作者: やくも
第八話 探し物は見つけにくいものですか
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8-1 静かなる攻防・黎明編

「ネェ、セツナぁ?」


 蒸し暑い夕食時、彼の双子の妹であるクオンが思い出したように口を開いた。

セツナは不機嫌に素麺をすするのを止め、不機嫌に反応する。


「……んだよ?」

「実は明日、空手の試合があるんだよね〜」


 興味無さげに相槌を打つ。

そうしてまた素麺をすする。


 今日の夕飯は素麺とゴーヤのサラダである。

調理時間は準備時間+素麺の茹で時間と、時間がない時でも重宝する最強のお手軽メニューだ。


「……で?」


 クオンはぱんっと拍手(かしわで)を打つ。


 素麺の調理は言うまでもなく簡単である。

だが、しかし、簡単であるがゆえに腕の振るいどころでもあるのだ。

水の量、茹で方、流水での揉み方……奥が深いものだ。


「お弁当作ってくださいっ!」


 セツナは祈り倒すクオンを無表情で見ながらゴーヤを一切れつまみ口の中に放り込む。

シャクリとした食感が嬉しい。


 様子を伺うようにチラッとセツナを見るクオン。


「……コンビニ行けよ」


 クオンの祈るような視線を無視して冷たく言い放つ。


 ゴーヤと言えば、強烈な苦味があると言うのが一般的な見解であろう。

だが、このゴーヤサラダはレモン汁を加える事によりエグ味を中和している。

結果、ゴーヤ自体は塩揉みも湯通しも無しに食べやすいほろ苦さに変化しているのだ。


「そっか、それじゃしょうがない」


 あっさりとお願いを引き下げ、また、箸を持つ。

クオンは素麺の上にゴーヤサラダを乗せ、豪快にすすった。


 ゴーヤサラダは素麺の添え物として調理したのではない。

それぞれで食べれば、これらはただの料理に過ぎない。

だが共に食す事により、ゴーヤのほろ苦さは食欲を邁進させ、シャキシャキ感は素麺の喉越しを一際引き立たせるのだ。

そして、その喉越しは更なるゴーヤの呼び水となっている。

これはある意味、無限機関を表しているのでは無いだろうか。


「……えらい物分かりいいな」


 今度はセツナの箸が止まる。

てっきりゴネるかと思ったのに。

クオンは自分の分の素麺を一気にかき込んだ。


 見る見る間に無くなっていく彼女の分の素麺とゴーヤサラダ。

混ざり合った2品が胃袋に消えると幸せそうに深く息を吐く。

美味しそうに食べてもらえるならば、栄養となる生命(しょくざい)も少しは報われるだろう。


「でしょ? ご馳走さまでしたっ」


 そう言って箸を置き手を合わせる。

席から立ち上がり自分の分の食器を下げていく。

クオンが炊事場に消えると流水と食器の音が聞こえてきた。

それに加え、彼女の鼻歌まで聞こえてくる。


 チュルリと素麺をすすりながらも、セツナの胸の奥は疑惑で覆われていた。

彼女が、こんなに聞き分けが良い妹であるはずはない。

むしろ彼女ならば屁理屈でも捏ねて無理矢理でも作らせるはずだ。


 それがどうだ。

今回は素直に引き下がったではないか。

これは何か裏があると疑っても良いだろう。


 クオンが自分の分の皿洗いを終え、タオルで手を吹きつつ炊事場から出てくる。


「そんじゃ、明日に備えて早めに寝ますかねぇ」


 と言いつつ、伸びをする。


 油断させようなど思わない事だ。

お前の考えはマルッとお見通しなのだぞ。

今の僕を騙す事など出来やしない。


 セツナは最後の一口をすすり、箸を置いた。

合掌しながも彼女の動向を観察する。

そんな警戒も他所にクオンは上機嫌に鼻歌しながら横を通り過ぎて行く。

とりあえず、彼女が何事も無くこのリビングから出て行けば警戒を解いても良いだろう。


「さぁ、明日はナユ姉にカッコいいとこ見せちゃうぞ!」


 出口まであと数歩の所で声をあげたのだ。

ナユタの名前を聞いたならば、反射的に反応してしまう。

それがどんなに狡猾な罠であっても。


「ちょっと待て」


 彼が振り返ると、クオンはシャドーボクシングをしていた。

ただしその動きはふざけてやっている事は速攻で見抜ける。


「ん? どったの?」


 目だけでセツナの方を見る。

クオンはシャドーボクシングを止めない。


「ナユタが応援に行くのか?」


 彼女にはなるべく手の届く範囲で大人しくしていて欲しい。

だが、彼女の行動パターンから言うとそれは酷な事であろう。

ならば、同行しトラブルメイカーを余計なトラブルから守るのも自分の役目であるのだ。


 全く、余計な仕事をさせてくれるーーセツナがため息をついた。


「会場は何処だ? 微弱ながらお前の勝利に花を添えてやる」


 クオンが小さくほくそ笑む。


「大空市立体育館よ。 ーーそう言うって事は?」


 その答えを知っているくせにワザとらしく言うのだ。

セツナは自暴自棄になりながらも答える。

此方の事情を知ってか知らずか、最初からこれが目的だったのか。


「弁当作ってやると言ってるんだ」

「イヤッフゥ! ナユ姉の分まで用意するなんて素敵よ、セツナ! 愛してるぅ!」


 ぴょんと跳ね、口惜しさに棒立ちになっているセツナに勢いよく抱きつく。


「ーーふげっ」


 だが、途中で空手チョップで撃ち落とされる。

額を摩る彼女は、妹にチョップかますなんて……妹がかわいくないの? 、と訴える。

むしろ、彼女から手にぶつかりに来たのだが。


「お前の愛など要らぬ見えぬ撃ち返す」


 セツナ自身知る限り全開の冷たい目で言い返した。


 とりあえず、といま現在家にある食材を思い返す。

冷蔵庫に卵数個は確実にある。

他には牛乳が0.5パック、えのき茸が一株、ベーコンとハムが半パックづつ、それとーー。

野菜は、玉ねぎ1玉、レタス小玉、キュウリ1袋と言ったところだろうか。

冷凍庫には常備している刻みネギ、それとこの間の余りのアイスクリン最後の1本。

この間、僅か0.3秒。


「あぁん、セツナのいけずぅ」


 クネクネと身をよじるクオン。

更に視線を冷たくするセツナ。


 思い返したが調理するには問題がない食材の量である。

だが、料理としては問題だ。

メインを張れる食材が卵くらいしか無い。

そも、メインにするには量の絶対数が足りない。

スーパーに買い足しに行くか?

いや、今から自転車飛ばして行ってもギリ間に合わないだろう。

それにクオンの為に気を張るのは少々苦痛だ。

この間、僅か0.2秒。


「……キモいなお前」

「えー、素で答えないでよ〜」


 その仕草も他人から見ればまた変わった意見が出るだろうが、対身内ではひたすら寒い。

ただ湧き上がる感情は、何やってんだコイツ、である。


 弁当をクオンの分だけ作るなら、日の丸弁当に厚焼き卵をポンと入れただけで済ませる。

問題は彼女1人でない事だ。

何故かナユタの分まで用意しなくてはならないらしい、どうも。

恐らく多分、十中八九クオンはナユタに、アイツが全部用意するから心配しなくていいよ〜、とでも言ったのだろう。

ナユタに質素極まり無い弁当を食べさせるのも心苦しいが、コンビニ弁当で済まさせるのも何故か申し訳ない。

この間、僅か0.1秒。


 セツナが心底疲れたようにため息をついた。


「あーもー、面倒臭い。 ちゃんとするからさっさと寝ろ」

「しょうがないね。 ーーじゃ、明日宜しくネ」


 事素早く、クオンは身を翻してバイナラとリビングから出て行く。

1人残ったセツナは静かに閉まるドア見ながらゆっくりと息を吐いた。


 それまで無言を貫いていた頭の中のバーディが口を開く。


『……セツナ、もしかして……』

「あぁ! もちろん思いっきり乗せられちゃったんだよ!」


 セツナは頭を抱えた。

安請け合いは全く得にならないものだ。

どうしてこうも面倒ばかり舞い込んでくる?


『と、とりあえず、冷静になるんだ!』


 ーーそうだ、相棒の言う通りだ。

落ち着こう。

残っていたアイスクリンでも食べて頭を冷やそう。


 セツナはフラフラと冷蔵庫に急ぐ。

食材は心許ないが、如何にかなるだろう。

そう、ここまで来たら自分の腕を信じるしか無い。

冷凍庫の戸に手をかけ、そしてーー。


「ーーあのバカ(いも)めッ!」


 冷凍庫からパラリと一枚のメモ用紙が落ちた。


『アイスクリン、ごっそさんDEATH。 byあなたのクオンより(はぁと)』


 流れ出る冷気がひたすら物悲しくさせた。

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