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疾風!プレステイル  作者: やくも
第七話 赤と青、それから緑
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7-9 彩る花火のように

 光が拡がっていく。

それにつれて視界も聴覚もクリアになっていく。

一瞬、何故こんな埃っぽい所にいたのか分からなかった。


 まるで重機と重機がぶつかり合っているような、活発な工事現場に放り込まれたような、打撃音が聞こえて来る。

視界の隅では紅と青の魔人が銀の狼男を相手に殴り合っていた。

どうやら先の音は彼等の戦いの名残であろう。


 そこまでぼんやり考えてセツナ、いや、プレステイルはハッとする。

気を失っていたようだ。

それは1秒か、1分か、または1時間か。

何にせよ、ギンロウ、ブレイセリオンの援護に向かうべきだろう。


『動けるかい、セツナ』


 頭の中に響くバーディの声は何処と無く辛そうだ。

立ち上がろうと力を込める度、身動き1つ取ろうとする度に激痛が身体を駆け回る。

だがやるしかないんだろう、と呻くように声を出す。

そんな声を自分で聞いて、相当酷い状況になっているのだろうと容易に想像出来る。


 フラフラと壁に手をつき立ち上がる。

パラリとコンクリートの欠片が落ち、今し方居た場所を見、ゾッとする。

コンクリートの壁はまるでマンガのように抉れ砕けていた。

彼の渦巻く心模様は、よく何とか生きていたという感嘆が2割と簡単に倒された悔しさ3割、そして、残りはウェアヴォルトとの力の差への恐怖が占めていた。


「胸糞悪い、僕では敵わないのか……?」


 思わず口にした言葉は慰めを欲していたからかもしれない。

もっと強くなりたい、強くあらねば奴には勝てない。

バーディは何も言えなかった。


「ほう、生きていたか」


 悪寒が奔る。

咄嗟に声から跳び退き、腰から剣を引き抜く。

剣を構え、声の主、敵を確認する。

バオグライフだ。

突き付けた切っ先が震えるのは、蓄積したダメージの所為だと思いたい。

バオグライフはフッと笑う。


「私は狩人では無い。 手負いの獣を狩る趣味は無い。 ーーそれにしても……」


 全く構えないどころか敵意すら感じない。

それどころか、切っ先をどうしようというわけでもなく怪訝な表情をしている。

攻撃されても反撃の算段があるのか、それともーー。

情けをかけられているようで居心地が悪い。


「お前の目的は何なのだ?」


 倒す絶好のチャンスだっただろうに。

間違い無く自分だったらトドメさしている。

剣は下ろさず問い詰める。

バオグライフは口元に笑みを絶やさなかった。


「力の探求だ。 ーー最も、奴とはアプローチが違うがね」


 バオグライフが顎で指した方角、即ち、ブレイセリオンとウェアヴォルトが戦闘を繰り広げる方向だ。

思わず剣を落としそうになる。

視線の先では激闘が、いや死闘が繰り広げられていた。


 思わず声を上げた。


・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・


「ーーク……クハハッ! 割と動くではないか、紅の青ゥ!」


 ウェアヴォルトが心底愉しげに吼え、両の爪を振るう。

爪での連携は一撃一撃が確殺の威力であり、しかもそれは絨毯爆撃かの如く絶え間無くブレイセリオンに迫る。

ブレイセリオンはそれを寸で躱しつつも突破口を探っていた。

横に躱すも無理、上に逃げるも不可能、下がれば更なる追撃を許してしまう。

ならば。

魔人が吼え、胸の宝玉が赤く脈動する。


敢為邁往(かんいまいおう)!」


 爪と爪との僅かの間に身体を滑り込ませる様にウェアヴォルトの右腕を抑え込み取る。

続いて流れる様に一歩踏み込みつつウェアヴォルトの足元から上空一気に打ち上げた。


「ーーぶっ飛べッ!」


 大纏崩捶(だいでんほうすい)だ。

確かに型だけを示すならば大纏崩捶(だいでんほうすい)であるが、威力は段違いだ。

カンフー映画からそのまま抜け出したかのように錯覚する。

ブレイセリオンの大砲の様な一撃をまともに食らったウェアヴォルトは正に打ち上げられた砲弾の如く宙を舞う。


 相手が只の人間であるならば過剰過ぎる威力。

だが、相手は、敵は、地球人とは比較にならない程のタフネスさを誇る怪物だ。

これでも生易しい程だ。

ブレイセリオンはグッと足を屈させ力を込る。

左腕を中心に冷気が覆い広がり、心が熱くなっていく。

左腕はみるみる間に氷の槍と化していく。

そしていつしか氷は身体全てを覆い、紅青の身体は全て蒼く染まっていた。

言うなれば、氷の魔人だ。


「逃す…ものかッ!」


 屈した足を解放するだけで周りの風景がグングンと後ろに流れていく。

ウェアヴォルトはなすがまま宙を踊り、やがて重力に負け落ちる。

目標は狼男の胸部、心臓だ。

ブレイセリオンは槍を振りかざす。


 狼が嘲笑った気がした。


 ーー待て、ギンロウ!


 声が聞こえた。

あまり聞こえなかったのは、心に響かなかったのは、単純に距離があっただけでは無いだろう。

疎ましく思うのは心を闘争心が支配していたからだ。

この一撃で終わるのだ、文句はあるまい。


 突する槍は止まらない。

だが、貫かんとする瞬間だ。

ウェアヴォルトの胸部まであと数センチ所で穂先は止まっていた。

狼男がニヤリとブレイセリオンを見下す。


「なんだと…!?」

「講釈の時間だ、紅の青ーーいや、完全なる蒼よ」


 氷の槍を一筋の赤い血が流れる。

ウェアヴォルトは氷の槍の一撃を防御していた、右手を代償として。

すぐさま第2の攻撃を繰り出そうと槍を引く抜く、が出来ない。

右手を貫かれてもなお、万力の如き力で槍を掴んでいるのだ。


「電撃を通し易くするにはどうすれば良いかーー分かるか?」


 ヌッと残った左腕をのばし、ブレイセリオンの頭を掴む。

氷が覆った面に爪立て、銀の体毛に紫電が奔る。


「答えは超電導だ」

「ーー!!」


 超電導など、そんなものでは済まされない程の電力に、叫び声すら出せない。

身体を覆う氷を駆け巡る紫電、全身の神経が張り裂けて身体がバラバラになりそうだ。

変身が、維持できない。


「もう終わりか?」


 視界の端でウェアヴォルトがニヤリと牙を剥く。

そして、思い出したかのように地表に引っ張られる。

重力は力を増し、加速していく。

身に纏っていた氷はダイヤモンドダストのように散って行く。

ウェアヴォルトが大きく振りかぶる。


「だがお前、中々美味だったぞ」


 轟音と共に衝撃、全てが暗転した。


・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・


「ギンロウ!」


 空気を震わせ押し寄せる砂埃、プレステイルは落下地点に駆け寄る。

バオグライフの事など、身体の痛みなど、とうの昔に忘れていた。

砂埃をかき分けるとそこにはぽっかりと大穴が覗いている。

どうやら下の階まで貫いているようだ。


 不意に銀の獣が大穴から飛び出してきた。

ーーウェアヴォルトだ。


 ウェアヴォルトはプレステイルの目の前に立つ。

表情は逆光のせいで見えない。

いや、ウソだーー身体が震えてまともに見れない。

ウェアヴォルトがゆっくりと言った。


「強くなれ、カガミ・セツナ。 ーーさもなくば俺のような悪党1人討つこと出来ないぞ」


 腹を立てる、と言う感情すらどこかに忘れてしまったようだ。

敵に塩を送られているにも関わらず。

その様子を見て、ウェアヴォルトは鼻を鳴らす。


「ーー僕は」


 言い淀むプレステイルにクルリと背を向け、変身を解く。

もう満足したとでも言いた気だ。

ウェアヴォルトーーラウの背中は強大で大きかった。

追い掛けるべき、超えねばならぬ、巨大な壁だ。

ーー僕は奴を倒す事が出来るのだろうか。

力が欲しい、打ち砕くための力が。

手に入れねば討つことは叶わないだろう。


「やる、やらぬはお前の勝手だ。 だが俺は、お前が極上の料理(ディナー)になることを期待している」


 それだけ言うとラウの背は消えてしまった。

重圧から解放されたプレステイルはペタリと座り込む。

悔しい、と言う言葉だけでは表現出来ない。

だが今出来たのは呪詛を吐露しながらコンクリートの床に拳をぶつけることだけであった。

コンクリートを抉る拳よりも別の箇所の方が痛かった。


「ーーそうだ、ギンロウは……」


 ヨロヨロと立ち上がり、大穴を覗き込む。

砂埃と薄闇が渦巻いていた。

プレステイルはその大穴に向かって飛び降りる。

独特の浮遊感はまるで巨人に丸呑みされたような心地がする。


 床が近付いたところで両腕の翼を広げ、1回、2回と羽撃き落下速度を殺す。

小さな音を残し降り立つ。

4、5階分は降りて来ただろうか。

見上げると降りて来た大穴の口から青空が見えていた。


 ……ギンロウを探さなければ。

フロアは薄暗く、砂埃が舞って視界が悪かったが直ぐに目が慣れゾッとする。

シリンダー状のカプセルが所狭しと整然と並べられており、その中身には映画の中でしか見た事が無いような怪物が蠢いていた。

すぐに倒れた彼を見つけたのは幸運だっただろう。

変身は既に解けており、身体中血だらけ小さく呻いている。

プレステイルはすぐさま駆け寄り、彼の上半身を抱え起こす。


「ギンロウ、しっかりしろ!」


 その声にギンロウは薄めを開け息も絶え絶えに答える。

彼の命はもう息を吹きかけるだけで消えてしまいそうだ。

咳には血が混じっている。

素人目に見てももう時間の問題としか言えなかった。


「ーー負けてしまった。 すまない、カガミ……」


 謝るのはこちらの方だ。

僕が早々に負けなければ、僕がこんな戦いに巻き込まなければ、僕がプレステイルになってなければ、僕がーー。

ギンロウの言葉に過剰に卑屈になってしまう。

そんな自分が嫌で、嫌悪して、また卑屈になって……。

負の螺旋を一気に駆け下りる精神。


「傷を舐め合う、という機能を私は教えたつもりはないがね」


 ゾクリと殺気とは違う悪寒が奔る。

声の方向にはバオグライフが立っていた。

敵意を確認すると片手でギンロウを支えつつ、剣を引き抜きバオグライフに向ける。

剣が重い。


「奴に認められるとは中々面白い素材だ」


 奴とはラウ・ルクバーの事だ。

曰く、ラウが相対した者を見逃すなどないらしい。

例外無く死闘を繰り広げ、例外無く死を与え続ける。

それがラウと言う男の血生臭い生き方。


 唯一の例外はプレステイルだけだ。

3度相対し、その全てに温情をかけている。

これを宿敵になるであろう者として期待していると言わずに何と言う。


「ーー故に、私は私の矜持を捨て、研究者としてお前を試したくなったのだ」


 バオグライフが右手を掲げる。

ボゥと浮かび現れる炎の玉。

焼けた鉄板が迫ってくるようにジリジリと熱い。

あの炎の玉を喰らえばひとたまりも無いだろう。


 肩で息をしながらも状況を整理していく。

フロアは薄暗く、シリンダーが整然と並べられている為に動ける範囲は多く無く死角は多い。

敵は見えている限りでは5m先にバオグライフが1人。

ただし前述通り死角は多い為、そこに他の敵が潜んでいる可能性がある。

数の上では此方に利はあるが、自分は重傷、ギンロウは死に体である事を忘れてはならない。


 戦うよりも撤退の方がまだ希望がある。

目配せして逃走経路を見繕う。

1つはプレステイルが降りて来た大穴。

これは却下、自分1人であるならそこから脱出は出来る。

だが、ギンロウを連れては無理だ。

もう1つは後方10mに窓があり、そこから飛び出せば、或いは……。


 問題はそこまで行くまで敵がぼんやりしているだろうか。

いや、するはずもない。

如何様に切り抜けるか、逡巡する間にも炎の玉は収束していき発射体制に移行していく。


「ーーカガミ、お前は逃げろ」


 そんな時だ、バカな事をギンロウが言ったのは。

プレステイルは呆気に取られながらも反論する。


「それは僕のセリフだろうさ。 狙われてるのは僕だからな」


 だから、逃げていてくれ。

バオグライフは既に炎の玉を撃ち出す秒読み段階に入っている。

ギンロウを見捨てるわけにはいかない。

腹をくくり立ち上がる。

震える剣をギュッと構え直す。


「ライド・オンーー」


 深呼吸、剣が唸り緑の粒子を纏う。

唸りは次第に大きく、粒子は刀身に逆巻く。

そして、顕現するは竜巻の剣。

これぞまさに全身全霊の一撃。


「私に可能性を見せてみよ!」


 放たれる炎の玉、迫る熱量。

先ずはここを凌がなければ命は無い。


「ーープレステイル!」


 剣は吠え唸る。

纏った竜巻を解放、吹き荒れる破壊の暴風。

激突する炎と竜巻。

2つのエネルギーは周りの空気を震わせる。

間に生まれる圧倒的破壊力は余波だけで近くのシリンダーにヒビを入れ砕く。


「この程度か?」


 急に、であった。

急に力が抜け、剣は霧散し片膝をつく。

頭によぎる、時間(エネルギー)切れと明確な死と言う2つの言葉。


 大口を開け飲み込まんとする炎を眺めるしかなかった。

粘り過ぎたか、避けていたならば。

後悔するも後の祭りだ。


「ここは任せてくれ」


 炎とプレステイルの間に割り込む影ーー言うまでも無いーーギンロウだ。

驚愕する暇も無く彼が炎の玉を受け止める。

どうして、とプレステイル。

身体はもう戦えなかったはずだ。


「打破するにはこれしか無かった」


 受け止める炎の玉は次第に小さくなり消滅した。

ギンロウはその目でバオグライフを睨む。

立っているだけでも辛いはずだ。

バオグライフの表情は驚愕と狂喜が混在しているようだ。


「私の知らない能力に目覚めたのか!?」


 ギンロウの胸に宝石が浮かび、それは青く輝き放つ。

対照的にその身体は赤く熱を帯びていく。


「ーー変身(メタモルフォーゼ)……炎化(フレイムオン)ッ!」


 熱は炎に、炎は身体に、血肉と命を糧に燃やし目覚める炎の魔人。

火のブレイセリオンはチラリとプレステイルを見て笑った気がした。


「俺の生き様、見ていてくれ」


 冷たい空気がプレステイルの足元を流れる。

ハッとした時には周りに氷の壁が築かれていた。

それは氷のドームと表現出来るだろう。


 プレステイルは叫んでいた。

全てを悟ったから。


「勝手な事を言うな! お前となら僕は…!」

「その先は言わないでくれ。 行けなくなってしまう」


 ギンロウの笑みが重なった。

ブレイセリオンはバオグライフに待たせたとばかりに向き直る。

残された鳥人は氷の壁を殴るがビクともしない。

ここで行かないならば、彼は確実に死ぬ。

同じ志を持つ仲間、いや、友人が犠牲になると言っているのだ、平気でいられようか。


 氷の壁が赤く滲む。

拳が壊れてもいい、命に比べれば安いものだ。

誰かが振りかぶった拳にそっと手を重ねる。

緑の髪が揺れるーーバーディだ。


「離せ、バーディ」

「セツナ、彼の信念を愚弄するつもりか?」


 彼女の方は見ずに言う。

彼女は彼の血が流れる拳をギュッと掴んで離さない。

いくらやっても離すつもりは無いらしく、やがて観念してその手を振り払うように下ろす。


「……僕は戦士じゃないんだぞ」


 セツナは力弱く呟く。

ならば友人として見届けてやれ、とバーディは真っ直ぐに言う。

それが君のつとめだ、と。

セツナは、顔を、拭った。


 氷の壁の向こうではブレイセリオンとバオグライフが戦いを繰り広げていた。

否、戦いとは到底言えない。


「クックック! もっと見せてくれ、成長したお前の性能を!」


 次々と放たれる炎の玉はブレイセリオンに命中、そして爆散していた。

回避を失敗しているわけではない。

むしろ、回避するつもりがない、そう見えた。

着弾の衝撃を物ともせずに一歩、また一歩と歩を進める。

傷付いても止まることはない、限界などとうの昔に超えているだろう。

やがてーー。


「この距離ならばーーバリアは張れないな」


 ゼロ距離。

ついにブレイセリオンは大きく手を広げ、バオグライフを摑まえる。

炎の魔人のベアハッグは万力、いや、そのものだ。

その最期の力はバオグライフの強化骨格でさえ軋み、ここまで聞こえる。


「す、素晴らしいぞ、(クリムゾン)(ブルー)! 流石は私の最高(じまん)傑作(むすこ)だ!」


 遂には翼さえも手折られる。

ブレイセリオンは身体をさらに紅く燃やしつつ締め上げていく。

苦痛に歪むバオグライフを見ながら静かにその闘志を燃やしていく。


「俺は紅の青じゃなければ、お前のおもちゃじゃないんだぜ、博士(おやじ)


 蝋燭は消える一瞬が一際明るいと言う。

さながらブレイセリオンは燃え上がる。

ブレイセリオンは咆哮する。


「俺は、銀朗ッーーブレイセリオンだッ!!」


 激しい閃光と音、そして、衝撃が広がっていった。

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