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疾風!プレステイル  作者: やくも
第七話 赤と青、それから緑
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7-7 独り寝の夜にユー・セイ・グッバイ

「ごちそうさま〜!」

「うむ、満足っ」

「今日も美味だったよ、セツナ」


 空になった皿を前に三者三様の言葉を次々繰り出す。

それに対しセツナは無関心を装い、目の前のコップに注がれていた白湯を一口含む。

喉に柔らかな感覚が通り過ぎた。


「ーーどういたしまして」


 自分が作った料理を食べて貰って、美味しいと言ってくれる事が嬉しくないわけではない。

むしろこれだけの人数、作り甲斐があったと言うものであり、所謂照れ隠しであるのが大きい。


 セツナは目の前の怪我人、ギンロウを見た。

彼は中華粥の入った茶碗を持ったまま上の空である。

その視線の先にはナユタ、レキ、バーディらの女子グループだ。

彼女らは既にセツナとギンロウが見えていないかの様に他愛のない談笑に花を咲かせていた。


「……ここは居酒屋じゃねぇっての……」


 セツナが力無くボヤく。

3人はまるで現在進行形で嵐だ。

井戸端会議もさる事ながら、食欲も男顔負けであったのだ。

思い出される先程の光景……まさにアレは夕食という名の特大ハリケーンだった。

ともかく、凄まじい、としか言いようがない。

確かにギンロウの為に消化良い物しか用意しておらず一般的には物足りないのかも知れない。

『イッパイタベルキミガスキ』とは言うが限度があるので無かろうか?

端から見ていてもその光景は間違い無く呆気に取られること間違い無し。


 それはギンロウにとっても同じことであろう。

ただしそれは彼女らは食べっぷりに関心しているのか、それとも別の意味で引いているのかはわからないが。


「……賑やかな食事も良いものだな」

「正気か」


 別の理由であった様だ。

セツナのツッコミで、やっと視線に気がついた様で茶碗に残った中華粥を胃に流し込む。

そして、無表情ながらも満足気な顔で言った。


「美味かったーー御馳走様」


 間の抜けた応えにセツナが小さく肩を落とす。

無論、そう言った言葉が欲しくて見ていたわけではない。

疲れさせる為にワザとやっているのだろうか、そんな変な勘ぐりだけが浮ぶ。


「ハイハイ、お粗末さまでした」


 もっとも彼が聞きたい事を今、この場所で言われても非常に面倒なのだが。

セツナがチラリとレキを見た。

彼女はナユタとバーディをも巻き込みつつお話タイムだ。

何も干渉が無ければしばらくはこのままであろう。

プランB、致し方あるまい。

セツナは、コホン、とワザとらしく大きく咳をする。


 その咳に反応したのはバーディだ。

表情は少し硬い。

一瞬のアイコンタクトののち意を決した様に大声で、かつ棒読みで思い出したかの様に叫ぶ。


「アアッ、オ皿片付ケナイトッ!」


 立ち上がり、空になった皿をギクシャクと重ねまとめ出した。

カチャカチャと小耳の音が響く中、築かれていく皿の城。

一人で片付ける、と言うのも酷な話だろう。


「わたしもやる〜」


 と救いの手を伸ばしたのはナユタ。

どうやら邪魔者1号は釣れたようだ。

彼女は別にいてもいいと思うが、ここにいると話が進まなくなる。

ナユタも一緒になって皿を持つが、それでもまだ多い。

バーディが少し潤んだ目でレキをジッと見る。

彼女はやれやれと言った具合で、幼女の涙には敵わん、と言って立ち上がった。


「ーーんで、少年は?」

「まだ強制労働させるつもりか、ーー僕はギンロウと男同士の会話でもさせて貰うぞ」

「少年は男だったんだな」

「……一応聞くがどう言う意味だ、それは」


 レキは意味あり気に微笑むだけで何も答えず、ただ皿の城を崩していくだけだった。

気が付けばナユタもバーディも各々の分の皿を持って開け放たれたドアの前に立っていた。


「レキちゃん、行くよ〜」

「おうさ。 ーーギンロウよ、少年には気を付けるがよろし」

「取って食わねぇよ!?」


 レキは笑い声だけを残しバタンとドアが閉じていく。

遠ざかる3人の声と足音、そのまま2人は帰ってくれれば万事解決なのだがな、とセツナがため息をついた。

完全に気配が無くなったのを見計らってギンロウの方に向き直る。

彼は先程と変わらずそこにいて、だがしかし表情は険しい。

一瞬の緊張感。


「ーー知りたいのは俺の事か? それともエグスキか」


 話を切り出したのはギンロウであった。

その低い声は、リビングにいる彼女らに聞こえないようにする為にトーンを落としたのではない。

警戒しているのだ。


「聞きたい事がよく分かったな?」

「俺を見る目がレキ達とは違っていた。 何処か当為の感情を感じた」

「……よく見てらっしゃる」


領地を踏み込ませるのを拒絶しているのか、それとも近付かせまいとしているのか……似ているようで全く違う。

ただ一つ言えることは我が事は己のみで完結させるつもりと言う事だ。


「だが俺はお前達を巻き込みたくない」


 セツナはため息をつく。

言う前から分かって貰えるとは思わないが、決して興味本位だけで首を突っ込んでいない。

今やセツナは、……いや、プレステイルは宇宙海賊エグスキのターゲットだ。

言わば関係者、無関係と言えないだろう。


「互いの手札も知らずに力不足と判断するのは早いと思うのだがね」


 その言葉に彼は仕方ないとばかりにセツナの後ろを指差す。

セツナは指の指し示す方向を辿る。

その先には窓辺に飾られた青々ととした小さなサボテン。


 それは先月バーディが、この部屋は殺風景極まりない、と無理矢理飾らせたもの。

彼女が小まめに世話をしている所を見ると、相当可愛がってはいるようだが、どうもセツナには育てる方には興味は持てなかった。

むしろどう調理するか、そんな風に考えてしまうからだろう。


 ギンロウが念じる様に目を瞑る。

異様な雰囲気に寒気が奔った。


「!!」


 開眼と同時に発せられる熱波。

その熱波はサボテンを炎に包む。


 自然発火? いや、その線は無い。

間違いない、彼の仕業だ。

だが、どうやって?

セツナはオレンジの光を浴びながらも冷静に現象を理解しようとしていた。


「ーートリック? いや、PKか……」


 呟いて気が付く。

超常現象に慣れ過ぎた自分に。

ため息と共に頭を抱えると、オレンジの火はフッと意志を持っているかの様に消えた。

鉢の上にはウェルダンに焼けたサボテン。


「……ステーキはいらないぞ。 もう腹一杯なんだ」


 からりと窓を開け換気、あいつにどう説明しようか。

考えがまとまらないまま、ギンロウに向き直る。

彼は少しだけ申し訳なさそうな、それでいて真剣味を帯びた表情をしていた。


「すまない。ーーだがしかし、関わるとこの程度では済まない」

「忠告はありがたい。 が、僕にとっては今更だよ」

「これは俺の問題なんだ」


 ギンロウはセツナと話している内にヒートアップしてきたのか、テーブルから身を乗り出すようにそれを叩く。

その振動で陶器製のマイコップがグラリと揺れ、テーブルの淵から消える。


「ーーすまな……」


 ギンロウが目を見開く。


「どうした? 何も驚くことは無いだろうよ」


 コップはテーブルの下の床に転がってもおらず、割れてもいない。

それどころかコップは現在進行系でふわりふわりと真綿のようにゆっくりと降下していっていた。

やがて、コトリと小さな音を立てて床に降り立つ。


「ま、変身して無いとこの程度だろう」


 セツナはひょいと何も無かったかのようにコップを拾い上げ、テーブルの上に置く。

カラリと涼しげな音が響いた。

ギンロウはまさに奇跡を目の当たりしたかのように目を丸くしている。


「何をした? ーーいや、お前は何者だ?」


 何のことは無い。

セツナはただプレステイルとしての力を行使しただけだ。

下に落ちていくコップに上向きの加速を与えた。

結果コップは割ることはなくゆっくりとした速度で床に降り立ったのだ。

変身して無くともーー正確にはバーディと一体化して無くとも、この程度の芸当は出来る。

セツナは悪戯っぽく笑った。


「そうか、お前が……」

「そう言う事だ。 このまま次の段階(ステップ)に行きたいとこだがーー」


 次の瞬間、ガラスが割れたような甲高い音が響く。

この部屋ではない、何処か遠くーー下の階からだ。

下の階ではナユタ達が皿洗いをしている筈だ。

セツナとギンロウはほんの一瞬だけ目を合わせ、飛び跳ねるように音が聞こえた一階のリビングに駆け降りる。

割れたのは皿では無いのだろう、割れたのはもっと大きなものだ。

動悸が早い。


「ーーナユ姉!」


 リビングへのドアを開け放つとゴウと風が廊下へ流れ出る。

庭に通じるガラス戸は無残にも割り開けられ、そこから風が吹き込んでいるようだ。

庭の中央にはスポットライトに照らされて佇む様に一つの大きな影ーーホルシード兵、その小脇にはナユタ、そして、ついでにレキだ。

気を失っているのか、グッタリ人形の様に動かない。


 敵意を向けるよりも先に弾ける様に飛び出す。

が、しかし、一瞬遅れて後悔する。

ホルシード兵の骸骨を思わせる顔、その大きく窪んだ両眼にエネルギーが集中していく。

光線(レイガン)、もしくは粒子銃(ビーム)ーー何にせよ避ける術は無い。

如何に戦う手段があるとは言え、今はまだただの少年だ。


「ーーカガミ!」


 そのギンロウの声は危険喚起させる様な怒号ではない。

後押しをする声だ。

セツナはその声に応える様に飛び出した勢いそのまま拳を突き出す。

ホルシード兵の両眼からセツナを撃ち抜かんと光が放たれた。

閃光ーーしかし、着弾前に光は拡散しセツナの身体から逸れていく。

その様子は朝日に照らされる細氷のようだ。


 一撃を繰り出す最中、セツナは感心しながらも感謝していた。

自身のミスを瞬時でフォロー、その判断力を心強く思う。

後はそれに応えるだけ。


「ーー!」


 宙から打ち下ろすかのように繰り出される拳。

ーーだが、(ホログラフィ)を殴ったかと錯覚したかと手応え無く空中を切る。

着地と同時に見上げ睨む。

その先には月光の下、ホルシード兵が攻撃を避けたままの姿勢で彼を見下していた。

時間にして一瞬だろう。


『ーー野蛮な地球人だな』


 機械人形のスピーカーから聞き覚えの無い声。セツナの後方、構えているギンロウに視線を投げ付ける。


『だが、目的は果たされた』

「ーー待て!」


 そう呟くと月影に紛れる様にホルシード兵が消えて行く。

着地した姿勢から無理矢理飛びかかるが、既にそこに機械人形の姿は無い。

無論、ナユタとレキも、である。

躓きながらも踏み止まる。


「何処だ! 隠れてないで出て来い!」


 夜空に響くセツナの怒号。

その声を軽く受け流す様に静かに黒に響く声。


(クリムゾン)(ブルー)よ』


 セツナにとって初めて聞く言葉、しかし、ギンロウは知っているようだ。

ギンロウはその言葉に緊張……いや、恐怖を抱いているかの様に動きを止めていた。

その姿に不満気に宙の声は言葉を続ける。


演技(あそび)は終わりだ。 そこの少年、プレステイルを倒せ』

「ーー」


 ハッと息を飲む。

騙されていた? いや、そんなことよりもーー。

ギンロウの視線が背中に刺さるようだ。

冷や汗がたらりと流れる。

紫煙を吐くようなゆっくりとした息遣いが聞こえた。


「……その為の人質と言う事か」

『全てが終わった後は2人は解放すると約束しよう』


 ギンロウの問いに闇の奥で頷く気配がする。

卑怯な奴らだーー口を真一文字に結んだまま毒吐く。

ギンロウと事を構えるか?

いや、ナユタの安全が確認出来てない現状では下手に動く事は出来無い。

よしんば勝てたとしてもナユタがさらなる危機に晒されるだけだ。

負けてもーー。


「断る、言いなりにはならない」


 デフレーションな思考を止めたのはギンロウの声だ。

空の奥の声はただ静かにしていたが、続く声は断られたと言うのに何処か弾んでいるように思えた。

父親が息子の反抗に成長を見るように。


『ーー彼女らがどうなっても良いとするか?』

「その前に俺たちが助け出す。 俺は1人ではない」


 それは自分自身に言い聞かせているようだ。


『まぁ良いだろう。 ーー月と共に考える事だ、答えは朝日と共に我が研究所で聞こう』


 空の奥の声はそれだけ言うともう何も言わなくなった。

気配は、星の空に紛れたようだ。

セツナはずっと構えていた拳を解き、息を一つ、開け放たれたリビングのガラス扉に回れ右。

よくもまあ綺麗に割ってくれたものだ、ガラス片に注意しつつリビングに上がる。


 それにしても大仰な事を言っていたものだ。

かの研究所ーーの場所は知らないが、十中八九罠だ。

罠じゃ無い方が可笑しい。

普通だったら行きもしない近づきもしない。

だが、ここには馬鹿はいる。


 自覚しているからこそ小さく肩を落とす。


「カガミ」


 そう言われて顔を上げる。

その先にはギンロウの申し訳なさそうな顔があった。


「勝手に決めてすまない」

「……」


 そう謝られたら、立つ瀬が無い。

セツナだけでは何も打開策は出なかったのだ。

謝るにしても、感謝するにしてもこちらの方だ。

だのに……、やつあたりと分かっていてもその態度が気に食わない。


「どうしたんだ、ムスッとして?」

「なんでもない。 それよりアイツら見捨てるとか言わないよな?」


 応える代わりに頷く。

ならば次の行動は決まった。

何度も何度もトラブルに巻き込まれ拐われる某桃のお姫様の如き姉を助けに行く。

ついでにレキも助けに行こう。

決意し顔を一層引き締める。


 と、大事を思い出した。

破顔したような、面倒に感じたような、ともかく急に脱力したような顔で部屋の隅に向かうセツナ。

先程の襲撃の所為で家具や食器が散乱している。

訝しむギンロウをよそにゴソゴソと漁ると白く細い足を掴み上げる。


「きゅぅ〜」


 その足は言うまでもない、バーディだ。

ワンピースがめくり上がりパンツが丸見えで宙ぶらりんと目を回している彼女をこのまま投げ飛ばしそうになる感情をグッと抑え、代わりに頭を思いっきり小突く。

あたッ、の声とともに目を二、三度しばたかせ慌てて言う。


「セツナ、奇襲だぞ!?」

「……それはどっちの意味だ?」


 ジトりとした目から避けるようにバーディが目をそらす。


「わ、私も戦ったのだ!」

「瞬殺されていてよく言うよ」

「あう……」


 押し黙るバーディ、ため息のセツナ。

一瞬で誰が見ても聞いてもわかる事である。

彼女の役に立たなさには、戦闘能力有無に関わらず、怒りを通り越して呆れる事さえも超越して哀れにも思えてくるのだ。

頭をひとかき、何にせよ助け出す算段を立てねばなるまい。


「分かった、今回お前は全く役に立たないようだからせめて利用ぐらいはさせてくれ」

「面目ない……後は任せた」


 バーディの申し訳なさそうな声を適当に返事すると彼女に身体が緑の光に包まれる。

ギンロウは思わず目を細めた。

一瞬の光が収まった時バーディは消え失せ、代わりにセツナの手には一本の小さな鞘が握られていた。

フェザーエヴォルダーである。


 ギンロウは目をこすり、今起きた事に驚きを隠せなかった。

当事者に声をかけざる得なかったのだ。


「今のは……」


 セツナはその声で自分が失念していたことを思い出した。

そしてすぐに、今更驚かれると思わなんだ、と俯き呟く。

彼の事がまるで雛鳥のように思えた。


「ーー止めとけ止めとけ、一々疑問に思ってたら明々後日まで帰れなくなるぞ。 そしたら僕らの負けだろうよ」


 ボヤきながら空を見上げる。

月は曇ることなくそこにあった。

また、睡眠時間が削られていくのか、ナユタといい生徒会長といい、精神を削るために結託でもしているのかーーそう、心に気合いを入れた。

今日も夜が長そうだ。

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