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疾風!プレステイル  作者: やくも
第七話 赤と青、それから緑
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7-2 真夏の不祥事も君次第

 ギラギラと目が眩みそうな太陽に手をかざす。

雲一つない青い空を見上げる少女1人。

赤いセルフレームのメガネがキラリと反射した。

ハネズ・レキだ。


 レキが辺りを見渡す。

打ち寄せる穏やかな青い波に、白くきらめく砂浜、潮騒の音と夏の香り運ぶ爽やか風、そして笑い声と海水浴を楽しむ人々。

ここは大空市から電車に乗ること30分、青海市海水浴場だ。


 バカンス、と言うには地元過ぎて羽根を伸ばせる気分はしない。

しかし、ビル街の喧騒とは違う、人々の明るく響く声に心地よさすら感じる。


「が、しかし……流石シーズン、多いな」


 レキがブツブツと呟き縁石に腰掛ける。

赤いパーカーから覗く白い肌が彼女の健康美を際出させていた。

折角の海だ、パレオの水着でも着なければもったいないと言うもの。

だからと言って別に泳ぎに来たと言うわけでもない。


「おねぇちゃ〜ん」


 少し先の波打ち際で砂遊びをする幼い姪っ子が手を振っている。

レキは小さく笑って手を小さく振り返す。

今日は家に遊びに来ている姪っ子を連れて保護者代わりに海に来ているのだ。


 柄にも無くほっこりする。

オモチャのスコップで砂の山を作り、それに無心でトンネルを掘っていた。

そんな砂遊びはとうの昔に卒業してしまった彼女には何が面白いか分からない。

だが、姪っ子から感じる懸命さと何かしらのノスタルジィを実感した。


 暑い季節ではあるものの、まるで春の陽気のようにのんびりするのも悪くはない。

そんな風に感じていた午後であったが、その日差しを遮る一つの影。

レキがその影を見上げる。


「か〜のじょっ、ひとり?」


 声を掛けてきたのは背が高く細マッチョの小麦色の金髪男。

どこからどう見ても遊び人だ。

それ以外の選択肢はない。

ふわふわと落ち着きのない馬鹿っぽい声にどうしようもなく苛立ちを覚えた。


「俺と遊ばない?」


 この世で一番嫌いなモノが目の前にある。

それはチャラ男だ。

カッコ付けてそれが滑っていることにどうして気が付けない、そんな所が薄ら寒さを感じてしまう。

下心を隠すように爽やかを気取って笑うが、逆にそれが倍増して見える。


「断る」


 取り付く島を与えずに拒否の意を示す、これ以上分かりやすくない程に。

だが、食い下がるチャラ男。


「えぇ〜、いいじゃん。 俺だって誰彼構わず声掛けてるわけじゃないしさ〜」


 レキはフゥとため息、パーカーのポケットに手を突っ込み姪っ子に視線を送る。

相変わらず、一生懸命に砂遊びしていた。

気にいる、気に食わない以前の問題に姪っ子を一人にして離れるわけにはいかないだろう。


「私だって誰彼構わず断っちゃないよ。 ーーじゃあね、次はまともな誘い文句でも考えてくれよ」


 そう言って立ち上がり、軽く見下しつつチャラ男をチラ見する。

だからチャラいのは嫌いなんだーー落ち込んでる男を尻目に真っ直ぐ姪っ子の元へ。

フッた事に罪悪感を感じ居心地が悪くなったわけではない。

かわいいかわいい姪っ子に病原菌がうつったら大変だ。

感染予防に努めなければ。


「お姉ちゃんとあっちに行ってみようか、ユカリ」


 少し遠くの小さな岩場を指差す。

そこならば間違っても真夏の不祥事は起きることはない。

……別に病原菌があっても力尽くで排除しよう、そうしよう。


「どうして?」


 不思議そうに首をかしげる姪っ子。

唐突に言えばそうなるだろう。

子どもなら尚更だ。


「咳コホコホにはなりたくないだろ?」

「それはヤ」

「じゃあ、お姉ちゃんと探検しよっか」


 うん、と本当に楽しそうに頷く。

それで納得出来るのかと愛おしく思いながらも、姪っ子の歩幅に合わせてゆっくり歩く。

姪っ子の楽しそうな童謡をBGMに、ちらっと後ろを見た。


「ーー俺って女の子の盾になるようなタイプだし」


 ……知らんがなーーフられたダメージから復活したチャラ男はまた別の女の子に声をかけ、また轟沈していた。

あの調子じゃ色んな意味でダメだろう。

呆れてため息しか出ない。

まぁ、気に留める程でもなかったが。


 姪っ子と手繋ぎたどり着いたのは小さな岩場。

今は丁度干潮、ここは生物の宝庫。

姪っ子は趣味が男の子っぽいところがあり、昆虫採集や探検が大好きなのだ。


「ヒトデさんいるかな! ヒトデさん!」


 目を眩しいくらいに輝かせている。

今は海辺の生物に熱を上げている、という姉情報には偽りはないようだ。

姪っ子がワクワクとタイドプールをそっと覗くのを至福に目を細める。

やっぱり連れてきてよかった。


「カニさんがいるよ、おねえちゃん!」


 姪っ子はカニを器用に素手で捕獲し、それをレキに見せてくれた。

天使のような笑顔に癒されながらも内心はハラハラしている。


「それは……イソガニだね」

「そーなんだぁ!」


 姪っ子が目をまん丸に嬉しそうに驚く。

分かったことがそんなに嬉しいのか、その名前を歌う。


「いっそがにさん、いっそがにさん♩ じゃあね〜いそがにさん!」


 静かにイソガニを元のタイドプールに帰す。

しっかりとマナーを知ってる、流石は我が姪っ子だ。

レキが関心するように頷く。


「おねえちゃん、あっちみてくるっ!」

「ちょっと、ユカリ?」


 姪っ子はレキの心配をよそに岩場から岩場へヒョイと軽く飛び移った。

この野生児っぷり誰に似たんだか……ーー彼女は呆れたのか、関心したのか、分からぬ程にドキドキしながらその様子を見守る。

危ないからやめなさいと口で制すのは簡単だが、ただそれは彼女の可能性を潰してしまうことになるのではなかろうか。

……言う前に姪っ子が先に行ってしまったというのも主な理由でもあるが。


「きゃっ!」


 小さな悲鳴、姪っ子の悲鳴だ。

ようやく追いつき、何があったのかと彼女の顔を覗き込む。

血の気が引いた真っ青な顔だ。

姪っ子の視線を辿る。

大きな岩を背に、不釣り合いな肌の色。

そのリアルな人形にゾッとする。

思わず姪っ子を抱き寄せた。


「海辺の生物図鑑には……載ってないな、流石に」


 引きつりながらも言っては見たが、自分でも面白い冗談とは思えなかった。

それが人形であったらどんなに良かったろうか。

それならば悲鳴をあげてしまっても笑い者になるだけで済む。

しかし、あれはまぎれもなく本物の人間だ。

動くこともない、蝋人形……死体だ。


 あれは人形だと自分に言い聞かせながらも目を逸らそうとした。

しかし、視線の動かし方を忘れてしまったかのようにそれに釘付けであった。


 夏の日差しに混じって零下の風が背筋をなぞって消えた。


 声もあげることもできずに、姪っ子を抱き寄せながらその場にへたり込む。

情けないな、私……ーーきっとそんな自笑は無意味だろう。


 真夏の日に震える最中、あっ、と姪っ子が声を上げた。


「次はなんなのよ……」


 声まで震えてる。

姪っ子がレキの手を振り解き、その蝋人形のような死体に駆け寄る。

咄嗟に引き止めるが、情けない事にそれに近づく事は叶わない。

彼女が振り返るとレキを一生懸命手招きして呼ぶ。


「おねえちゃん! このひと、いきしてる!」


 姪っ子の一言で一瞬時が止まった気がする。

確かに落ち着いて見てみればこの距離からでも胸が静かに上下しているのが見えた。

生きている事にホッと胸を撫で下ろすと急に恥ずかしくなった。

私らしくもなく取り乱してしまった、と。


「おねえちゃん……」


 やっと元死体に近寄ると姪っ子がキュッとパーカーの裾を握った。

不安そうにレキを見上げる。

元死体、いや、青年の身体には大きな傷。

素人目で見ても早く手当てしなければ命に関わる事が分かった。

歳はレキと同じくらいの彼は、眉をしかめ小さく呻く。


 何処から来た、いや、何が彼の身に襲いかかったのか分からない。

だが、今はそんなことを詮索する必要はない。

手当て……いや、助けを呼ぶ方が確実か。


 ポケットの中のケータイを掴む。

コール、繋がる救急センター。


『ーーハイ、こちら消防署。 火事ですか? 救急ですか?』

「救急です!」


 救急であることを伝えると、彼が薄目に開く。

まだ意識が朦朧としているであろう彼に言う。


「今、助けを呼んでるからなーーって何!?」

『ーーどうしましたか?ーー』


 彼はレキのケータイを持っている方の手を掴み首を横に降る。

救急センターの声が2人の間の虚空に響く。

人を呼ぶな、そう訴えているように思えたが、だからと言ってはいそうですかと従う訳にはいかない。

目の前にいるのは紛れも無い怪我人なのだ。


「ーー余計な事はするな」

「そんなこと言っても……!」


 低く唸るような声に反して彼の手を解くーーいや、出来ない。

これが男女の差か、がっちり掴まれた手は思いっきり振り解こうとしても振りほどけそうもない。

満身創痍の身体であるにも関わらず、その瞳には力強さを感じる。


「……分かったよ、人は呼ばない。 ーーだから手を離してくれ」


 遂に根負けして電話を切る。

彼がそれを確認するとゆっくりと力を緩め息を静かにつく。


「……一応、聞いておくが、ーー本当に大丈夫か?」


 レキが恐る恐る声に出す。

視線は鮮血に染まった彼の傷痕……あんなに小さかっただろうか。

きっとさっきは気が動転していた所為で見間違えでもしたのか。

レキの思案を他所に彼が落ち着いて答えた。


「ああ、この程度は問題ないらしい」

「らしい、って……」


 言葉を失いそうになる。

自分の身体の事であるのにまるで他人事を言っているように感じた。

暫しの沈黙、彼が口を開く。


「君が俺をーー?」


 一瞬、呆気に取られ何を言っているか分からなくなるが、首を横に振り答えた。


「ああ、それなら私じゃないよ。 この子に言ってやってくれ」


 レキの影に隠れている姪っ子が様子を伺いまたサッと隠れた。

彼の様子が怖かったのだろう。

彼が不器用ながらも精一杯の感謝の意を込めつつ言う。


「ありがとう。 助かったよ」

「……!」


 姪っ子はパーカーの影に隠れてしまう。


「すまないな。 この子、照れてるみたいだ」

「そう言ってもらえると助かる」


 姪っ子が何か決心したように砂浜の方向へ駆けて行った。

直ぐに引き留めようとするが、早いもので姪っ子はもう視界から消えてしまう。

追いかける足を止める、怪我人をほったらかしにしていいものか。

もちろん姪っ子の事は心配であるのだが、逡巡する。


「ーーどうした? 追いかけなくてもいいのか?」

「是非ともそうしたいが、ねぇ?」

「俺のことなら問題ない」


 怪我人が彼女の意思を促す。

促すとは言ったが、いや、どこか彼女らを遠ざけようとしているようにも感じる。

それは冷たい感情では無く、むしろーー。


「おねえちゃん、かえってきたよ!」


 一瞬の思案は姪っ子の声で妨げられた。

彼女は急いで戻って来たのか息を切らしている。

その小さな両手には彼女のピンクのポーチが大事そうに抱きかかえられていた。

姪っ子はペタリと座り込みそのポーチから小さな絆創膏を取り出す。


「はい、おにいさん」


 絆創膏を彼に手渡す。

彼はキョトンとしてそれを受け取る。


「わざわざありがとう……」


 不器用どころではない。

それはぎこちなく、他に例えようもなく滑稽で、まるで初めてするような、だが、紛れも無い彼の笑顔であった。

にっこりと天使のように微笑み返す姪っ子。


 なんと微笑ましいのか、レキも頬を緩ませる。

彼の怪訝な視線に咳払い一つ、頬が熱い。

様子を伺い、チラ見。

彼の冷たい視線の中に呆れも感じる。

違和感……傷、何処にあっただろうか。


「キャアァァッ!」


 一つの悲鳴が、絹を裂くような悲鳴が聴こえた。

砂浜の方向だ。

続いて怒号や叫び、人の負の悲鳴が次々と……。


「ーーヤツらか?!」


 言うが早いか、彼は飛び跳ねるように起き上がり砂浜の方向へ駆け出す。


「お、おい! 何がどうしたんだよ」


 未だ状況を把握出来てないレキの声に足を止める。

冷たい激情、まるで獣のような眼だ。

背筋に悪寒が走る、反射的に身の危険を感じる。

彼はそれでも安心させようとしたのか、静かに、ゆっくりと、しかしはっきりと言い放った。


「ーー君達はもう俺に関わらないでくれ」


 それだけ言うと、まるで中国雑技団か野獣のような身のこなしで砂浜へ跳躍して行った。

関わるな、と彼は言うが……。

姪っ子が震えていた。

子どもは機知に機敏だと言う、ならば良からぬ事がこの先で起こっているのだろうか。

知らぬ振りでここから離れるか、……それとも?


 レキは屈み、不安げに見上げる姪っ子の視線に合わせる。


「ーーユカリ、いいかい? ここから離れるんじゃないぞ」


 姪っ子が頷く。


 ……やっぱり放っておけない。

好奇心、と言ってしまえばそれまでだが……彼の背中は誰かに似ている気がする。

厄介事を何でも自分一人で背負い込み、誰の助けも借りず、ただ一人で足掻く背中だ。

レキはそんな背中をしている奴を彼の他に知っている。


「おねえちゃん、ひとめぼれ?」

「……違うよ」


 思わず素で答える。

突拍子もない、と言うかマセてるというのが彼女の感想。

こんな突拍子もない発言は彼女の親友である誰かを思い出してならない。


「わかった。 いいこにしてるね」


 ため息一つ。

姪っ子を一人残すのは心苦しい、だが、ーー実のところ半歩踏み入れているがーー彼女はまだ蚊帳の外だ。

わざわざ危険に会わせる必要ない。


 岩陰に隠れたのを見送って、彼を追いかける。

砂浜に近付くにつれて声や何かがぶつかるような衝突音、そして彼女自身の動悸が大きくなる。

ーーこの先で一体何が……。

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