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疾風!プレステイル  作者: やくも
第六話 危険な夜道
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6-10 とある夜風

「ーーなんだよ、これ」


 眼を開ける。

いや、本当に開けているかすら確信を持てない。


 眼を開けた時に広がっていたのは、黒一色の空間。

月も、街灯も、遠く輝く星々さえも輝き方を忘れたように静まり返っていた。

自分の手さえ見えないそれはまるで、墨のプールに投げ込まれたような、そのような気さえする。


「ようこそ、夜の世界へ。 ーー歓迎しましょう、盛大にね」


 ウェスペルジオの声が闇に響く。

その声を頼りに宝剣を振るうが、空を裂く手応えしかない。


「私はここです」


 別の方角からまた聞こえ、再び宝剣を振るう。

だが、風切りの音だけ。


「ここにいますよ」


 言葉を遮るようにまた一太刀。

虚しく風が凪ぐ。

反芻する声、一つ一つを断つ。

プレステイルは方向感覚はもちろんの事、精神さえも徐々に狂っていく感覚さえした。


 殺意は周囲を満たし切っていると言うのに、攻撃の気配が全くしない。

それほどまでにウェスペルジオにとって圧倒的に有利な空間なのだろう。

何も見え無い恐怖はプレステイルを焦らせ、憔悴させていく。


 恐怖を感じている?

そんなバカな、とプレステイルはその想いを断ち切ろうと深淵を無茶苦茶に裂く。


「ーー隠れてないでかかって来い!」


 例え、意味の為さない行動であってもそれで良かった。

気がまぎれるならば。


「これは避けることが出来ますか?」


 一際強い殺気。

宝剣を盾のように構える。

刹那の風切りの後に甲高い金属音。

防げた事に一瞬の安堵。

次の瞬間には肩に鋭い熱を感じた。


「ーーッ!」


 細剣で突かれた事に気が付くのに一寸もかからなかった。

痛みを堪えて反撃に転じる。

殺気はまだそこにいる。


 だが、手応えなど無い。

空気を斬る音だけが虚しく鳴り、代わりに全身を貫かれる痛みがプレステイルを襲う。

ドッと片膝をつき、倒れ込むのを宝剣で支える。


 即死級のダメージでは無いにしろ、確実に追い詰められていた。


 見えない、当たらない、だが確かに存在する敵をどうすれば倒せる?

これがバトル物の漫画ならば、心の目で捉える、などと言う陳腐な発想になりそうだが現実はそれだけで倒せるなど甘くはない。

それは現に気配のみを頼るしかないプレステイル自身がよく分かっていた。


「ーーそこか!?」


 振るう宝剣、引き裂かれる空気。

耳に届くのは嘲りの声。

目の前は不安と憔悴を写していた。


「貴女のすべて、見えていますよ。 ーーその心さえもね」


 ウェスペルジオが言う通り心の底まで見透かされているような心地だ。

風斬る音、反応が遅れてしまった。

無理矢理身体を捻り急所を攻撃から守る。

奔る激痛、だが、まだ、それは致命的では無い。

激痛から異物が消え、代わりに声が響く。


「ーーふむ、避けましたか。 しかし、貴女に私の存在を刻んでいると考えるだけで……心が踊る心地だ!」


 ウェスペルジオの狂喜する様が暗闇でも見えるようであった。


 なす術が無い。

攻撃が通用しない。

視界を奪われ防衛するのもギリギリ。

その上、肉体的にも精神的にも追い詰められている。

発狂でもして現実逃避が出来たらどんなに楽か。


「ーーナユ姉……」


 ポツリと呟くプレステイルが諦め目を瞑ろうとする。

だが、それはナユタの笑顔に阻まれた。


 そうだ、僕はあの笑顔をまだ見ていたい。

こんなところで躓いてたら二度と見ることが出来ない。

悲しむ顔が見たいんじゃない。

まだ、一緒にーー。


「まだ、貴女の風は吹くと言うのですね」

「あぁ、なんたって僕はヒーローに成りたいからな」


 強がってはみたもののどうしたものか。

自分の状況だけでも、身体は既にボロボロで立ってるのがやっとだ。

冷静さはある程度取り戻したものの、視界はゼロで的確な判断を下せるかと言ったら無理難題。

芳しくない。


「その燃える正義の風、素晴らしい。 是非、私のモノにしたいですね!」

「言ってろよ、ヴァンパイア」


 サッと辺りに殺気が立ち込める。

殺気の濃度が段違いであるのを鑑みるにこれでトドメを刺すつもりなのであろう。

はっきり言って、倒す術など無いに等しい。

だからと言って諦めるつもりなど毛頭無い。


「足掻いてやる、徹底的にな」


 それがプレステイルに残された最期の手段。

追い詰められたネズミが何をするか、それを見せてやるーープレステイルは力を振り絞り宝剣を構えた。


 生温い悪寒。


「ーーならばこれならどうでしょうか」


 背筋に悪寒が奔るが、疲労は反応を鈍らせる。

一瞬のうちに霧が首に絡み付く。

痛みも圧迫感もない。

だが、それは確実に生死に結ぶ付く行動だ。

プレステイルは振り払おうとするが所詮は霧だ。

振り払う手は空を切るだけ。


 真綿で首を絞められるような優しい、だが確実の死が歩み寄る。


「ふふ、これなら貴女の能力を使用しても意味が無いでしょう」

「グッ……!」


 ウェスペルジオが耳元で囁いた。

首に、上半身に圧迫感、捕まえられている事には一瞬気付けなかった。

宝剣を振るいもがくが、打ち払われ宝剣が深淵の底に飲み込まれていく。

唯一無二の武器は重厚な音だけを残すだけであった。

逃げようにもがっちりホールドされている今では、加速能力を使用して逃げる事は叶わない。


「貴女は私の中で永遠に生き続けるのです」


 ウェスペルジオが口を大きく開け、額のアメジストに光が灯る。

紫の光に照らされた牙が白銀色に見えた。

ゾッとする。

求めていた牙がすぐそこにあると言うのに。


「さぁ、私に総てを委ねよ」


 ドクリと心臓が跳ね上がる。

牙が、プレステイルの首筋に迫り、そして、暗闇に、赤い花が、パッと咲いた。


 深淵が崩れ去るように、月の銀の光が周りの暗闇を静かに溶かして行く。

優しい光だ、ぼんやり思った。

思わずナユタを探す、見つけた。

何か言っているように見えた。

ここからでは聞こえないが、心配でもしてくれてるのだろうか。

本当に静かだった。


 永遠とも思えた時間は一瞬で過ぎ行く。

月に照らされグラリとよろめく一つの影。

もう一つの影はその影をジッと眺めていた。


「ーーまた、油断……してしまいました、ね」


 片膝をついていたのはウェスペルジオ。

額の宝石(アメジスト)には硬質化したナイフのような羽根によりヒビが入っており、時折スパークしていた。


 確かに捕らえられた状態ではプレステイルの加速能力は使えない。

だが、捕まえている以上ウェスペルジオもまた霧状化能力を使うことができない。

それはプレステイルとってピンチでもあるのだが、それが最大のチャンスなのだ。


「これで本当に形成逆転、だな」


 制御器官さえ破壊すればこちらのものだ。

プレステイルは片膝をつくウェスペルジオを尻目にはたき落とされていた宝剣を拾う。

未だに動けないところを見ると、ダメージが思ったより大きいのか、ショックが大きいのか。

或いは両方か。

いずれにせよ、これで終わらせる。

プレステイルの額の宝石が赤く灯る。


加速(ブースト)ーー巻け、旋風」


 プレステイルが手をかざすとウェスペルジオの足元が歪み、次の瞬間空気が渦巻く。

しまったと思った刹那にはもう遅い。

吹き上げる暴風がウェスペルジオを月の夜空高く打ち上げる。


「ーーこれしきの風……!」


 暴風から逃れようと翼を広げるが、その荒れ狂う暴風により身体の自由を奪われている。

或いは金縛りか、十字架に架けられたか。


 プレステイルが身動き一つ取れないウェスペルジオを見据え宝剣を軽く振る。

ゴォと刀身に嵐を纏う。


「……ライドーー」


 脚に力を込めて跳躍した。

額の宝石(ルビー)が激しく輝き、宙で反転、そしてウェスペルジオに突進する。


「ーーオンーー」


 嵐の宝剣が唸り上げる。

その刀身が秘めた力に腕が弾かれそうだ。

だが、それだけに威力は絶大、今現在の最大火力だ。

宝剣が吠えた。


「ーープレステイル……!」


 刀身の嵐が解放され緑の閃光の束がウェスペルジオを断ち切っていく。

声すら上げる暇さえ与えずに斬り抜ける。

この緑の奔流に巻き込まれたならば、それが全ての終焉。


 プレステイルが一回転二回転、街灯照らす夜道に着地すると、それと同時にウェスペルジオが緑の光の爆発に飲まれる。

力を解放しきった宝剣を右の腰に当てると、それは光の粒子になって散った。


「ーー僕の、勝ちだ……!」


 光の爆発が収束し、やがて静かな月夜を取り戻す。

プレステイルはフゥ、と息を吐くと光に包まれ変身を解除、少年の姿を取り戻す。


「セツナく〜ん!」


 声の方を見るとナユタが手を振り駆け寄ってきていた。

少し彼女の目がウルウルしているのにほんの少しの罪悪感と安心感を感じた。


「セツナくん、大丈夫? 大丈夫なんだよね?!」

「一応、な」


 ナユタがホッと安堵しつつペタリと座り込む。

その表情は安心が見えて明るい。

セツナがその感情がこそばゆくてポリポリと頬をかく。


「見守ってくれてありがとな」


 つぶやく。


「え? セツナくん、何か言った?」

「何も言ってない」


 プイとそっぽ向く。

顔が熱くなるのがわかる。

やはり慣れないことをするんじゃなかった。


「そーいえば、セツナくん」


 ナユタが、思い出したように言う。

ようやく収まった熱、セツナはナユタを見た。

彼女は首を傾げていた。


「悪役みたく完膚なきまで倒しちゃってたけど大丈夫なの?」

「あ……」


 そうだった。

一言余計だが、ナユタの言う通りだ。

完全に吹き飛ばしては意味がない。

今回、戦った目的は第一に牙を手に入れてケイを助けることだったはずだ。

ぶっ飛ばすのは二の次であったのだ。


「……フッフッフッ、流石は私が見込んだ女性(ひと)だ」


 聞こえる、甘美でそれでいて二度と聞きたくない声が。

反射的に振り向くと倒したはずの男が……既に変身は解けていたが……街灯に寄りかかり立っていた。


「ウェスペルジオ! ーーまだ続けるのか?」


 セツナはフェザーエヴォルダーを素早く構える。

ウェスペルジオ……いや、ムルシュラゴは変わらず耽美な笑みを浮かべていた。


 倒したはずのムルシュラゴが何故そこにいるのか?

踏み込みが浅かった?

それとも攻撃を避けられた?

そんな事よりも体力を失った今の自分が戦う事が出来るのだろうか?


「敗者の分際で、勝者の道を阻みませんよ」


 ムルシュラゴがそう微笑む。

確かに殺意は感じない。

世紀の詐欺(ペテン)師であるなら分からないが……。

何にせよ、変身アイテムを手放すつもりは無い。


 警戒心全開のセツナに彼は困ったように笑い、手のひらを差し出す。

その手の上には白銀の結晶が握られていた。

まるでそれは月の光を集めて創ったかのような美しさだ。


「これを貴女に託します」

「爆弾とかじゃないだろうな」


 逡巡する。

疑り深いですなーー肩をすくめる。


「これは私の生命を結晶化したもの。 貴女の思うようなものではありませんよ」

「何故、これを僕に?」


 手渡された結晶を警戒を解かずに夜空にかざす。

月明かりに静かに煌めく。

益々、こんな物を渡す意味が分からない。


「セツナくんの気を引きたいの? 駄目だよこの子はわたしのものだもん」

「おぉ、美しき姉妹(スール)……っとそんなことじゃありません」


 ナユタが後ろからセツナをキュッと守る。

セツナはそれをそれとなく拒否した。

ーー取り敢えずコイツら殴る。


「これは貴女の強さ、そして、美しさを永遠にするものです。 その為には私の命も喜んで捧げましょうぞ」


 要約すれば、自分に勝ったから証をやろう、そんなところだろうか。

そんなものありがた迷惑だが。


「それを使えば貴女はまだ強く美しくなる」

「何故、敵に塩を送るような真似をする?」


 ムルシュラゴは笑う。

宇宙海賊エグスキの目的はプレステイルを倒しこの地球を手に入れる事だ。

だのに、敵を手強くしてしまうとは意味がわからない。

いつでも全面侵略で地球を手に入れることが出来るというアピールなのか?

そうだとしたら、気に入らない。

目の前の吸血鬼も何処かで見ているであろう狼男も。


「心残りなのは美しく舞う貴女を見守ることしか出来ないと言う事ですね」


 乾いた笑いを零す。

真意はわからない、ムルシュラゴの言う通りにこれを使えばプレステイルの力は数段パワーアップするだろう。

だが、彼の言いなりになるのはシャクだ。

これは、セツナ達の本来の目的の為に使わせてもらうとしよう。

彼の言葉を信じるならば、この結晶を使えばケイを助ける事が出来るはずだ。


 僅かな沈黙、ずっと指摘しようとしていたが忘れていた事がある。


「今更だが僕は男だぞ」


 セツナはそう言うが、顔付きはまるで少女で体格は華奢で小柄、極め付けは白のワンピース。

まるで説得力が無い。

一目で男であると見抜ける人はそういないだろう。


「またまた、御冗談をーー」

「冗談じゃないよ、ホラ」


 後ろに立っていたナユタが白い布をピラリとめくる。

真正面に立っていたムルシュラゴが何を見たかはご想像にお任せする。


「ウニャッ!?」


 短い悲鳴と共に顔が真っ赤のセツナ。

反射的に彼女を小突く。

軽くうずくまるナユタ。

セツナはキッとムルシュラゴを睨んだ。

心なしか涙目にも見える。


「……な、なるほど。 しかし、これはこれで新しい世界が開く気がーー」

「ンなもん永遠に閉じとけ!」


 一足飛びにムルシュラゴに駆ける。

彼が背もたれてる街灯諸共蹴り抜く。

見惚れるほどに鮮やかな曲線を描く上段回し蹴りだ。

脚が直撃しゴィンと鳴り響く街灯。

傾いていた気がする。


「ーーチッ……!」

「では、またの舞台で会いましょうーー」


 そう言ったムルシュラゴが光の粒子になり弾け消えた。

霧になって消えたわけでは無い。

正真正銘、倒した、はずだ。

倒した、気がしないが。


「あぁ、もう! ーーこの行き場の無いモヤモヤ如何してくれよう」


 このモヤモヤは暫く治りそうもない。

後ろでうずくまっているナユタに何かしらの埋め合わせでも要求するとしよう。

恥をかかせた罰だ。


「ーー取り敢えず、眠い」


 セツナは欠伸一つ、戦利品である手の中で輝く結晶越しに月を透かす。

月の銀の光が灯っていた。


 一件落着と言ったところか。

エグスキの真意は理解出来ない。

だが、戦い勝ち残っていればいずれ分かることだろう。

取り敢えず、疲れた眠い。


 セツナは時計を見てため息をついた。

ーー道理で眠いはずだ。

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