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疾風!プレステイル  作者: やくも
第六話 危険な夜道
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6-7 とある頭痛のタネ

 朝だ。

この上ない程に清々しい朝だったがベットの上のセツナは機嫌が悪かった。

理由は寝不足やら何やら色々と考えられるが、一番は相棒であるバーディの存在だろう。


「……オイ」

「うむむ、あと5分だけ……」


 静かな怒りを隠そうとせずにバーディを睨む。

セツナは小さく寝息を立てるバーディをベットの上から蹴り落とす。


「きゃっ!」


 床に落ちたバーディを見下ろす。

バーディは自分の身に一瞬何が起きたか理解出来てなかったようだ。

これで歴戦の勇者だと言うのだ、笑うどころか逆に呆れる。


「ーーセツナ、何をするんだ?」

「それはコッチのセリフだ。 お前、何考えてるんだよ」


 セツナが冷たく見下ろす先には1人の年端もいかぬ幼い少女、バーディ。

それも素っ裸、隠そうともしていない。

恥も外聞も無いとは正にこの事を言うのだろう。


「たまには私もベットで寝たいのだ」

「お前は僕を社会的に抹殺するつもりか」


 私は見られても構わないぞ、とキョトンと言うバーディ。

僕にとっては一大事なのだが?ーーセツナは頭を抱える。


 今、クオンがいなくて本当に良かった。

彼女に見られたならば誤解に誤解を重ねて、有る事無い事勘違いされるはずだ。

ナプキンを使ったことがないような幼女であろうと構わず喰っちまう鬼畜ヤロウ、と。

セツナは重ねて思う、本当にクオンがいなくて良かった、と。


「ーーしかしまぁ、スッキリしない朝だ」


 ため息をついた。

なんと憂鬱な朝なのだ。

この憂鬱さの原因は恐らく昨日に気掛かりを残してきたことも含まれているかもしれない。


 結局、あの後宇宙海賊エグスキの戦闘員とは遭遇しなかった。

ケイの推理は間違っておりセツナ達は無駄足を踏んだ事になる。

最も過度な期待はしておらず、出来れば出てくれば良いぐらいにしか考えて無かったが。


 そもそも部外者のケイに協力してもらい、それが外れたからといって責めるのは御門違いなのは十分に承知だ。

いつナユタがターゲットとなる可能性が無いとは言えないが、毎日でも見回りすればいつかは遭遇するだろう。

ーー非常に面倒ではあるが、いや、回りくどく呑気な事ではあるが、手掛かりがない現状ではこれが彼女を守る確実な方法だろう。


「……ひたすら地道な作業だな」

「足を使うのも私達の使命だからな」


 そんな思考の流れを中断させるかのように玄関のチャイムとノックが彼を呼び叫ぶ。

だが、セツナは面倒臭そうに頭をかくだけだ。


「セツナ、客が来たようだぞ。 出ないのか?」

「いや、なんか相当嫌な予感だけしかしないんだ」

「では、……私が出迎えても良いという事だな……!」


 バーディがドキドキと固唾を呑む。

彼女の姿を見る。

目を子供のように輝かせており、ウズウズと落ち着かない様子だ。

ーーそんなに出迎えたいのか……しかし、それは色々な意味で困る。

やはり、自分で行くしか無いのか。


「バーディはここで待ってろ」


 その産まれたままの姿で出迎えようとするバーディを頭から押さえ付け、代わりに自らが招かれざる客を出迎えるために玄関に向かう。

玄関の扉の向こうから過度なノックとよく聞きなれた声。


 セツナはため息をついた。

今の自分の格好が起きたままのジャージ姿である事を思い出したが、彼女であるならば特に気を使う必要は無いだろう。

ドアノブに手を掛け一気に無慈悲に開け放つ。


「ふきゃ!」


 昨日の朝と同じく鈍い音とドアの外にはうずくまる少女1人。

言うまでもなくナユタだった。


「い、痛い……」

「……学習しろよ、ナユタ」


 鼻を真っ赤にしながらも立ち上がる彼女。

セツナはそれを冷たく見上げる。


「今さっきので伝えようとした事がど忘れしそうだったじゃない」

「ど忘れするくらいなら大した用事じゃ無いだろうが」


 あ、とナユタが何かに気が付いたのか素っ頓狂な声を上げる。

その視線はセツナのジャージ。


「ーーやたら可愛いジャージだね……」


 今、彼が来ているのはレディスのジャージ。

セツナの体型は男性、少年としては小柄であり、メンズのジャージでは大き過ぎるのだ。

故にそれよりも小柄なサイズのレディスを羽織っている訳である。

最も幾らセツナが中性的な顔立ちをしているとはいえ、男性が着ていると知ると違和感しか残らないのだが。


 セツナは眉間にしわ寄せ、明らかに不機嫌そうに言う。


「何か用があって来たんじゃ無いか?」

「一瞬忘れるところだった! セツナくん急いで!」


 その一言にナユタはハッとして慌ててセツナの手を掴み引っ張る。

彼はバランスを崩しつんのめる。


「お、おい! いきなり何だよ」

「ケイちゃんが……ケイちゃんが大変なの!」


 寸のところで持ち直し改めてナユタに問いただす。

しかし、焦っているのか要領を得ない。

セツナがただ冷静にため息をつく。


「……まずは深呼吸しろ。 ーーどういう事か説明しろ、分かりやすくな」

「ケイちゃんが例の不審者に襲われたの」


 一瞬ナユタが何を言っているのか分からなかった。

セツナが知る限りでは昨日エグスキの戦闘員は現れていない。

百歩譲って現れていたとしても何故彼女が狙われた?

彼女の推理は外れていたのではないのか?

そもそも一度会っただけで襲われる要素など無かったはずだ。


「ーーセツナ、今はそれを気にする時ではあるまい」

「バーディちゃん!」


 背後からの声、振り返るとバーディが腕を組み立っていた。

彼女の存在がセツナを思考の波から引き上げる。

確かに今は考えても答えは出ないだろう。


「そうだ。 行こう、彼女の所へ」


 そう言って先陣を切る彼女の肩を掴む。


「何をする? 放すんだ」

「ちょっと待て、バーディ。 ーーそのままで行くんじゃないだろうな」

「わたしでもそれをファッションと言うには大胆すぎると思うよ」


 セツナは冷たくため息をつき呆れ、ナユタは頰少し赤らめて照れ照れと困った顔をした。

バーディの服装、いや、身に纏っているのはシーツを安全ピンで留めただけの簡素なものである。


「……ダメか?」


 アホ宇宙人めーーセツナが思いっきり毒付いた。


………

………………

………………………


 目の前にはケイが自室のベットの上で寝息を立てていた。

死んだように寝ている、であればまだ見ている彼らにのしかかる深刻さは軽減されていただろう。

彼女は時折辛そうに呻き唸っていた。

生と死の間を彷徨っているようで……彼らはとても見ていられない。


「ケイちゃん……」


 隣のナユタが悲痛に声を出す。

バーディは眉間にしわを寄せ険しい表情をしている。

恐らく自分も同じく険しい表情をしているのだろうと、セツナは思った。


「……まさかこれはーー」


 バーディが一人つぶやき、そのまま黙ってしまった。


 昨夜、19時頃ケイの母親に『少し出掛けてくる』と言い残し家を後にした。

今思えば、彼女の様子は、思い詰めているようで……おかしかったとケイの母親は言う。

ひどく心配していた父親が探しに行ったところ、風見鶏公園の西側区画、自然公園で彼女を見つけた。

ケイはひどく衰弱しており、父を見つけると安心したかのように意識を失ったと言う。

それが23時頃……丁度セツナ達が張り込みを諦め切り上げた頃だ。


「僕の、所為だ……」


 セツナが噛みしめるように吐露する。

近くにいながら何故気がつくことが出来なかったのか。

後悔ばかり。


 何のためにいたのか意味が分からない。

例え責められたとしてもそれも当然のことだ。

声無き声の力とは、正義のヒーローとは言えない。


 ここから目を逸らし逃げ出したかった。

しかし、それはできなかった。

プライドが許さないなどそんなチャチな言い訳では無い。

一度は覚悟したはずの『力』と言う名の責任が足枷のようにセツナに纏わりついている心地だ。


「ーーん……」


 ケイが薄く、目を開ける。

何処を見ているか分からない程に視線は虚ろだ。

その中でナユタとセツナを見つけると唇を震えさせ、枯れた声を絞り出す。


「ーーナユタ、さん……カガミさん……」

「ケイちゃん!」

「来て、くれたのですねーー」


 ナユタが彼女の手を握る。

目頭が光って見えた。


「朝、ケイちゃんが呼んでるっておかあさんから聞いた時、すごい心配したんだからね」


 それを聞いてセツナは自己嫌悪に陥りそうだった。

自分には彼女を心配する資格なんて無いと一人俯くセツナ。


「アサミズギ先輩、ゴメン」

「ーーそれは、お互い様、です」


 ケイは笑うが力弱く、痛々しく思えた。

それがセツナを更に惨めにさせる。


「これを受け取って、ください……」


 彼女がナユタに握られている手とは逆の手をセツナに伸ばす。

その手には手帳、セツナは逡巡した。

自分なぞが触れていいものか、と。


 辛いはずなのに微笑むケイに促され、渋々受け取る。


「……カガミさん、ごめん、なさ…い」

「ケイちゃん!」


 まるで糸が切れた人形のようにケイの力が抜け、ナユタが慌てふためく。

バーディが冷静に彼女をなだめる。

セツナには何もかける言葉が見当たらなかった。


「大丈夫、気を失っただけのようだ」


 だが……、と続ける。

苦虫を噛み潰したような横顔だった。


「セツナ」


 バーディが彼自身を見上げ、その姿に何故かホッとしている自分がいた。

その拠り所の由来をセツナ自身知る由は無かった。


「ーーセツナ、私の記憶が確かならば恐らくこの症状はオペレッタ星人のものによるものだ」


 知っているのか、とセツナ。

彼女は静かに頷く。


「その者の手に掛かった者は昏睡の内にやがて死に至ると聞く」

「嫌にすっきりしない言い方だな」


 彼が言うとバーディは静かに返す。


「ああ、私も初めて見るから」

「そんなことはいいよ! ……助かるの?」


 二人の間に割って入るナユタ。

バーディは少し考えて、答える。


「……確証ではないが」


 オペレッタ星人は相手の血を、生命力を奪う時にとある毒を牙から流し込む。

その毒は生命力を奪い易くする作用と同時に別の作用がある。

命を奪う力であれば、逆に命を還元することができるはずーーつまりは毒にして唯一の特効薬であるのだ。


「ーーでも、それじゃあ……」


 ペタリとナユタが座り込む。

そう、奴を探し出し倒すしか無い。

手掛かりが無いに等しい今では雲をつかむような話。


「……ナユタ、もう健忘症にでもなったんじゃないだろうな」


 セツナが座り込み絶望に沈んだ彼女の頭をペシペシと叩く。

ナユタが不機嫌そうにそれを払う。


「なってないよ、もう……。 ーーあ、そっか」

「やっと思い出したか?」


 セツナがいつもの調子でため息をついた。

その手にはケイから託された手帳。

やっと光明が見えた気がした。


「きっと手掛かりがあるはずだ」


 ケイが意味もなく託したはずもない。

そして、その託された意思を無駄にすることは出来ない。


「必ず見つけ倒す。 そして、助け出すだけだ」


 静かに寝息を立てる彼女を見る。

先程とは違い心無しか安らかに見えた。

だが、安心は出来ない。

安らかな死は彼女にゆっくりと忍び寄っているのだ。


「わたしに、……できることはないかな」


 ポツリとナユタがつぶやく。

だがセツナは頭を横に振り、キッパリと言った。


「んなもんねーよ」

「でも……わたしも力になりたいのよ」


 彼女がどんなに真剣な表情でもセツナには響かない。

何の為に拒否してるか考えてくれよーー彼が冷たくナユタを見る。


「ナユタ、お前を囮に使うわけには、な」

「むぅ……。 でもセツナくん、どうやってエグスキを見つけ出すつもり?」

「そりゃ、先輩が残した手帳を頼りにーー」


 ふふんと勝ち誇ったようにナユタ。

何故そんな得意げな表情をするのかセツナには思い当たらなかった。


「だって、犯人は女の人の前にしか現れてない変質者なんだよ? いくらセツナくんが女の子っぽく見えても無理だとおもうな」

「む、じゃあ、相棒を……」


 バーディは首を横に降る。


「私は……止めといた方がいい」


 何故だ、と言う疑問にバーディは答えた。

幼い見た目とは裏腹に冷静に淡々と続ける姿は妙にシュールに思えた。


「非常時に変身出来ないとセツナが困るだろう。 ……それにーー」


 バーディが目を伏せる。

その瞳は何処か遠くを見ているようで虚ろだった。


「奴が出て来て、もしこの幼子ボディの私に欲情してたら、私が、耐えられない」


 ゾワリと鳥肌を立たせ震える彼女にある意味納得した。

セツナとしても変態とは戦いたくない。

暴走し手元が狂って跡形も無く吹き飛ばす自信しかない。


 ただの敵ならばそれでも良いが、今回に限ってそれは出来ない。

……牙を手に入れる必要があるからだ。


「じゃあ、わたしの出番ね! バリバリお役に立つよ!」


 暴走する可能性があるならば、バーディと言う手は使えない。

ならば、ナユタに頼る他に無いのか。

彼女がフンスと鼻を鳴らす。


「……セツナ、ナユタ。 私にいい考えがある」


 嫌な予感がした。

とてつもなく。

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