6-4 とある推理
「ーーと言うワケで、あの人は私をキャトルミュートレーションしようとしたのでは無いかと思います」
ケイがフンスと自信ありげに鼻を鳴らす。
セツナとナユタの2人は今現在ケイの家、リビングにいる。
調査の基本はやっぱり聞き込みね! とはナユタの談である。
「キャトルミュートレーションってアレか?」
「そう、まさしくアレです」
セツナは頭をかいた。
聞き慣れない言葉に頭が痛むのを感じる。
隣に座っているナユタをチラリと横目に見た。
「ーーきゃ、きゃとる?」
頭から煙をあげていた。
どうも彼女には難し過ぎたようだ。
もっとも、ため息混じりに彼女を見るセツナ自身も実はいまいち理解できていない。
何故、事情聴取しに来ただけなのに推理を聞かされなければならないのか。
何故、ありのままを話せば良いのに小難しい専門用語が出てくるのか。
理由も必要性も分からない。
だがこれだけは、いや、セツナだからこそ言える。
宇宙人の、むしろ宇宙海賊エグスキの仕業だと。
「……僕も重症だな」
ポツリとセツナが失笑した。
確実に毒されてきてるな、と。
頭の中のバーディが、正義の自覚が現れてきたか、と言いたげに嬉しそうにしているのが苛立つ。
「? 何か分かりにくい事がありましたか?」
「あ、いや、何でもない」
セツナは言い繕い咳を一つ。
キンキンに冷えた麦茶を一口、喉を潤す。
「少し話を整理したい」
昨晩、21時過ぎの事だ。
図書館から帰宅中、不審者に詰め寄られた。
その場は抵抗し何とか切り抜け逃げ出すことができた。
その後偶然居合わせたシュンに同行してもらい現場に戻ったところ、不審者の姿はおろか、存在した形跡すらなかった。
同様の事柄がこの数ヶ月前……エグスキ襲来に前後して起きており、いずれも太陽が沈んでからの19時から23時にかけての一人歩きの女性が狙われている。
今現在分かっている時点では実害こそ出ていない。
だが、エグスキとの関連性が疑われるため、早急に解決する事が望まれる、と言ったところだろうか。
「ーー総合してみるとだな」
「エグスキの仕業か!?」
タイミングを見計らったようにナユタが大声で叫ぶ。
「うっさい黙れ」
「ふにゃっ!」
セツナのチョップが彼女のデコに炸裂した。
タイミング良く復活してくるなよーーノビるナユタに冷たい視線を送る。
きゅぅ、と静かになる彼女を心配したケイには、峰打ちだから問題ない、とだけ言って続きを口開く。
「まぁ、簡潔に言うと暑さに気が触れた変態の仕業だよ。 先輩」
「でも、最近巷を騒がせていると言う宇宙人という可能性も……」
セツナ自身それで納得してもらえるとは思ってない。
だが、ここは納得してもらわければなるまい。
「先輩の推理は凄いとは思う。 だが、間違いがある」
「間違いとは?」
ケイがオウム返し聞き返す。
「宇宙人なんていない。 いいね?」
そうだ、いないのだ。
いきなり現れたのは何処かに隠れていただけで、前触れもなく現れたのではない。
証拠もなく消えたのもケイが現場を間違えただけ、気が動転して夜間ということもあれば考えにくい話ではない。
巷では宇宙人がいるとかいないとか噂にはなっているが、そんなのまやかしだ。
エグスキの名を持つ犯罪シンジケートの本部がこの近くにあるという方が、まだリアリティーに富んでいる。
「しかし……」
どうもケイは納得してないようだが、これで納得してもらうしかない。
セツナは自分の説得スキルの低さを恨んだ。
「ま、単なる変態なら警察にでも言っておけば何とかしてくれるだろーー」
「ここでヒーローに出番ね!」
再び復活したナユタが勢い良く立ち上がる。
どうしてコイツを連れてきてしまったのかーー後悔、ため息のセツナ。
「……また口を塞いでやろうか? 物理的に」
「まうすとぅまうす?」
「ふざけんな」
すっぱりと切り捨てるとナユタは残念そうに席に着く。
ナユタがいる以上、自分のもうひとつの姿、プレステイルについてボロが今にも出そうで恐ろしい。
「大丈夫ですよ! 私は目隠ししてるのでお構いなく! どうぞ熱く情熱的に激しくお願いします!」
興奮気味に言うケイを見ると、彼女は両手で目を覆っていた。
手はパーの形でどう見ても丸見えであったが。
ひたすら面倒だ、このノリーーセツナが頭を抱える。
「ああもう、ともかく! 先輩は警察やらヒーローやらに頼って大人しくしていてくれ!」
麦茶ご馳走様でした、とだけ言って今度はセツナが勢い良く席から立ち上がる。
そして踵を返しリビングから出て行く。
カランとコップの氷が崩れて底に落ちた。
「……どうしたのでしょうね、カガミさんは」
「いつものツンデレ期なのよ」
やれやれとナユタが言う。
セツナは少し苛立つながらまた踵を返し、今し方出てきたリビングに向かって叫ぶ。
「ナユタ、行くぞ!」
「ん、りょうかい。 ーーじゃあね、ケイちゃんっ、後はわたし達に任せなさい!」
自身満々に言う胸を叩くナユタに向かって、お前が言うなと急かす。
「ーーナユタ!」
「はいは〜い、今行きま〜す」
ナユタがバイバイと手を振り後にする。
ケイは何かまだ納得して無いような様子であったが、追求される前にここから逃げ出したい。
しかし、彼女は本当に鋭い、とセツナはしみじみ感じた。
限られた情報で彼らに講釈をするほどの推測をしたのだ。
密かに頼もしく感じるとともに、恐ろしくも感じる。
出来れば彼女を敵に回したくないものだ。
全てを鵜呑みにするわけではないが、今は彼女の推理を基に行動しても問題はないだろう。
「じゃあね〜」
「はい、それではまた」
ケイに見送られ彼女の家を後にする。
この一連の事件、はやく解決しないと非常に厄介なことになりそうだ、そんな気がした。
セツナは照る太陽を恨めしそうに眺めた。
………
………………
………………………
2人を見送った後の玄関でケイは、ふむ、と考えこむ。
「……やはり善は急げ、ですね」
ケイが思い詰めた表情、キュッと口を真一文字に締めた。
2人がいる時には一度も見せたことがない表情だ。
そうして必要最低限のモノを頭の中にリストアップする。
これだけあれば考えうる状況に対応できるはずだ。
無謀だとしても、私は……ーーケイはクルリと玄関に背を向け一歩を踏み出した。




