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疾風!プレステイル  作者: やくも
第六話 危険な夜道
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6-3 とある晩餐会

「……や、やれやれ、近頃の女性はやんちゃで困る」


 常闇の中に男が舞い降りた。


 そう書けば雅に現れたように思えるが、現実は厳しい。

実際は鳩尾の痛みを堪えフラフラよろけながら歩いていたに過ぎない。

髪をサッとかき上げる仕草や表情は恐ろしい程に耽美的なのだが、節々に何処と無く残念さが漂っていた。


 思い返せば、最近とことんツイてない。

ある時は不審者扱いされ、またある時は問答無用で警察呼ばれ、この間は有無言わさずに逃げらた。

そしてついさっきは油断していた所に鳩尾突きでダウン・アンド・リバースだ。


 ただただ女性に声をかけただけなのに、こんなにも失敗するものか、と流石に落ち込む。

……別に下心が無かったワケでは無いが。


「!ーー私としたことが」


 暗い廊下に腹が鳴く。

ハッと辺りを見渡す。

しかし、辺りは闇ばかりで誰もいない。

彼が、恥をかかずに済んだと息をつき壁に手をついた。

パネルが現れ、それを手慣れた様子で操作すると目の前の壁が音を立てずに静かに開く。

空いた壁の奥は更に暗い深淵、その奥の窓には星の海が映し出されていた。


 ここ最近まともな食事にありつけてない。

この星の諺で、武士は食わねど高楊枝と言うが流石に限度がある。

そろそろ本格的にエネルギーを摂取しないと危ない。

ため息をつき一歩部屋に入ると後ろの扉が静かに閉まる。


 違和感。

誰かの気配がする。

この部屋には自分しかいないはずだ、よもや三下程度が入れようもない。

暗闇に影の微かな心音を聴き取る。

正面、ソファーに誰かの影。


「ーー私にも休息が必要なのですがね……!」


 言うが早いか、その手に細剣を精製しその影に突き付けた。

影は驚く様子を見せずに一つ二つ手を叩く。

彼が眉間にシワを寄せた。


「流石だ、ムルシュラゴ」


 彼の本名を呼ばれハッと目を瞬き、剣を収める。

そこには彼がこの世界で唯一忠誠を誓った男がいた。

何故、この部屋にいるのか?

そんな疑問よりも先にムルシュラゴはひざまずき畏る。


「ーーウェアヴォルト様、ご無礼をお許しください」

「ここには誰の目は無い、だから真名で呼んだのだが?」


 それもそうだ。

ここは宇宙船アルカディア号のムルシュラゴの個室、幹部部屋、彼の他には誰もいない。

彼は立ち上がり部屋を見渡し照明を点ける。

その光の中、目を細めて見るとラウはまるで自室でくつろぐが如くソファーに腰掛けていた。

ムルシュラゴは呆れながらも彼に疑問をぶつけた。


「何故ここに?」

「少しばかりお前の事が心配になった」

「ラウ、貴方らしくもない」


 らしくない答えに小さく笑いながらも手際良く客人の為に茶を淹れる。


「ーーフランボワーズ……あぁ、いや、地球の紅茶で良いかな?」

「いただくとしよう」


 茶葉のポットに湯を注ぎ、1、2分も経つと良い香りが部屋を包み始めた。

ムルシュラゴを、まるで酒に酔うように、その甘酸っぱい香りが彼を酔わせ恍惚とさせるのだ。


「ーー私が負けるとでも?」


 テーブルの上にティーカップ2つ、1つはラウの前にもう1つは自分の前に置く。

紅茶で口で潤すと爽やかな酸味が口の中に広がった。


「そうは言ってない」


 ただ……ーー口を濁すラウ。


「お前は(プレステイル)を甘く見過ぎている」


 そのセリフにピクリと小さく反応し、ティーカップを音静かに置く。

どうやら彼にはお見通しのようだ。


 何も答えずにいると彼は心配しているのか、呆れているのか、静かに言葉を続ける。


「お前が必要とすれば2、3人捉えるなど造作もないが?」

「私にも私なりの吟味がある」


 ムルシュラゴは微かに笑う。

儚げにも見えたが、そこには確かな自身の現れが見て取れた。

確かに彼らに頼れば食料は簡単に手に入るだろう。

が、しかしそれは自分のプライドが許さない。

ムルシュラゴは自分に言い聞かせるようにつぶやき目を瞑る。


 ーーそう、私は狩人なのだ。

施しを受けるなど、それ既に狩人であらず。

『生』か『誇り』を選べと言われたならば、私は『誇り』と言う名の死を選ぼう。


 だが……、とまだ食い下がるラウを切れ長の目で捉える。


「貴方も私を甘く見ているようだ」


 私ではプレステイルが役不足と言う事かーー冷たく言い放ったその目は耽美さはない。

最早、獲物を虎視眈々と狙う怪物(ナイトウォーカー)だ。

ラウはその目に安心感が入り混じった感情を覚える。


 いくら弱体化していても宇宙海賊エグスキの幹部。

確かにこの状態でもプレステイルの相手にならないと言う事はないだろう。


「私なりにも貴方の真意を察しているつもりだ」


 全てを見透かしたような視線はラウに突き刺さる。

ラウは無言で、やがて一言。


「俺を軽蔑するか?」


 ムルシュラゴは顎をさすりながら小さく唸る。


「……考えたことなかったよ」


 その答えに一瞬呆気に取られるが、しかし、ラウは豪快に笑い飛ばす。

彼の力に怯え信頼しているのではない。

友人として無上の、全幅の信頼を寄せている。

見返りさえ求めずに。


 優雅に流れる時の中、ムルシュラゴが急に思い出したように言う。


「聞けば中々の上玉らしいではないか?」


 一瞬、ラウにはムルシュラゴが何を言っているのか分からなかった。


「……それはもしかしなくても(プレステイル)の事か?」

「それ以外誰がいようか」


 そう力強く言うムルシュラゴにラウは呆れたじろぐ。

彼の素顔を思い浮かべる。

戦士にしては線が細く弱々しいが、確かに中性的で一見して少女にも見えなく無い。


「俺は気にした事はないが、例えるならば変幻自在の『風』だな……戦い方が」


 ラウの言葉にムルシュラゴは目を輝かせる。

そして、腕を組み何かを噛みしめるかのように頷き続けた。


「風! ふむ、風とは良いな! 時に薫風(くんぷう)のように心地良く、時に(おろし)のように冷たく突き放し、時に吹花擘柳(すいかはくりゅう)のように優しく包み込み、時に夏疾風(なつはやて)のように爽やかで、時に色風(いろかぜ)のように艶めかしく迫り、時に業風(ごうふう)のように激しく追い立てーー。 ……そして科戸(しなと)(かぜ)のように人を浄化させると妖精だと言うのか」

「……時々お前の語彙力に嫉妬するよ」


 ラウが呆れつつ言う。

ガッと彼の手を両手で掴み上下にシェイクする。


「女性の素晴らしさを凝縮したような素晴らしき少年ではないか!」

「分かったから離してくれ」


 ハッと彼に謝り、手を離す。

だが、昂ぶる気持ちは抑えれそうもない。


「俄然やる気が出てきた。 すぐに出撃する」

「……休む為に帰還したのではなかったか?」


 邪魔している俺が言うセリフでは無いが……、そう付け加える。


「そんな暇は無い。 プレステイルが私を呼んでいるのだ!」


 勢いよく立ち上がり、ラウに背を向ける。

すまないが戸締まりを頼む、とだけ言い残して文字通り飛び出すように部屋から出て行った。

彼の声が遠くに消えていく。


「ふむーーあいつにそんな趣味があったとは、知らなんだ」


 彼とはそれなりに長い付き合いである。

女好きであることは知っていた、いや、周知の事実だった。

まさか彼が少年愛にまで目覚めていたとは衝撃だ。


 ふと視線を落とすとティーカップの琥珀色の水面に自分の顔が写り込む。

嗤っていた。


 これで野望にまた一歩近づく事になるだろう。


「友よ、すまない」


 その狼の瞳が狂喜に煌めいた。

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